16 初恋の人
カフェ難民、という言葉は、都内の状況を良く表していると思う。日曜日の午後15時前。有名チェーン店は軒並み、勉強中の学生やカップル、女友達グループ、それからスーツ姿の男性、女性に占拠されていた。
「代わり映えしないけどさぁ……」
「でも、私は大好きですよ」
ということで、いつものとおり、喫茶店マールに入る。
実家の様な安心感。いや、実際実家に近いんだけど……。
「ま、何でも好きな物をどうぞ。どんな高いメニューでも気にせずに」
「ほんとですかー? 遠慮なく行っちゃいますよー?」
橋本さんと私は、笑った。
マールで一番高いメニューは、1200円のカツカレーだった。
結局、二人ともコーヒー付きの日替わりケーキセットを頼んで、それから、2時間くらい。
本当に、たわいのない話をした。
学校の話、購買部のフェアの話、三咲の話、田島警部補と橋本さんがお酒を飲んだ話(どんな話をしたかは、教えてくれなかった)、年末の営業の話、そういえば、今年関わった人たちが橋本さんの料理を食べたいって、言ってる話。
冬の夕方は短くて、外がすっかり暗くなって。 おかわりのコーヒーも、追加の紅茶も、飲み終わってしまって。
明日も会えるのに、まだ一緒にいたいと思っている自分がいた。
「あんまり遅くなると、女将さんにも悪いもんな」
橋本さんが、伝票を手に取った。
「あ、本当に払いますから、あの……お店の話もあったし、何なら打ち合わせ経費で……」
じゃ、女将さんと相談しとくかな、と橋本さんが笑って、結局私のお金は受け取ってくれなかった。
これは、ほんとお母さんに言っておこう……。
私は、橋本さんに甘えたい訳じゃなくて。
橋本さんの役に立ちたい。
側に居ても、邪魔にならないように。
橋本さんが、全力で、料理に向き合えるように。
それに、自分の味覚の力が役立つなら、もっと勉強して、料理に詳しくなりたい。
店の外、橋本さんは左、私の家は、右。
歩いてすぐそこで、ここから見える範囲。
「今日は急に誘って悪かった」
「悪いだなんて……楽しかったです」
橋本さんが、頭をかいて、私に背を向けた。
「髪型、似合ってると思う。じゃ、また、明日」
そんな急に。
去り際に、いつも、ずるい。
「橋本さん」
「ん?」
「私の初恋の人は……料理がすごく上手で……私に、世界一美味しい、ジャガイモの冷たいスープを作ってくれる人です」
言うだけ言って、急いで背を向けた。
顔が火照ってしょうがない。
「それじゃ、また明日」
家の前まで小走りで帰って、ちらりと振り向いた時、まだ橋本さんはさっきの場所でこっちを見ていたので、手を振って家に入った。
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