15 じゃなかったら(挿絵あり⭐️)
12月21日、日曜日の午後。
注文していた、プレゼントの品が仕上がったと連絡を受けたので、かっぱ橋道具街の知り合いの店に寄り、上野駅まで戻った後、特に予定もないので、ぶらぶらと神田の方まで歩くことにした。30分もあれば神田駅のあたりまでたどりつく。
散歩は良い。
頭がすっきりして、何なら、新しい料理のアイディアも浮かんでくる。行き詰まった時、何度も助けられた。座って考えるより、絶対に良い。
街はすっかりクリスマスムードで、あちこちの街路樹にイルミネーション用のライトが巻き付けてあった。どの店の看板も、赤と緑に染め上げられ、クリスマスフェア、クリスマス特別企画、クリスマス用品……。
流れる音楽も、定番のJPOPのクリスマスソングから、聴いたことない洋楽でサビだけ「クリスマス」と聞き取れる曲まで、とにかくクリスマス一色だった。
あんまり今まで意識したことがなかったけど、こんなにクリスマスだらけなんだっけ。何だか、若干、赤と緑に酔っぱらいそうになりながら、ふと顔を冬空の方に上げる。
秋葉原と神田の方向に向かう道のり。
何でもないビルの谷間。
その方向にある小さな、小料理屋。
その場所が、もう、自分の心の大半を占拠してしまった。
少しずつ、その方向に歩みを進める。次第に広がっていく、見慣れた街並み。
その街並みの一角が、ぱっと明るく光ったように見えた。
なんだろう、と思って、その方向に視線を送った。
綺麗な女性が、こっちを見ていた。
ふわふわしたポンチョに、チェック柄のワンピースを着て、胸元くらいまでの、少し長めの髪を品よく二つ縛りでおろしている。艶やかな髪の毛は、月の午後の乾燥した日差しを、柔らかく反射していた。
「橋本……さん?」
それが杏奈だということについて、声を聴いて、それから、バッグに付いている目玉焼きのキーホルダーを見て、ようやく、脳の処理が追いついた。
***
「少し、髪切ったのか」
「あ、はい。だいぶ伸びてたし、急だったんですけど、井上さんにお願いしちゃって……」
あー、何てことだ。
月曜日に備えたのに……なんなら、この服は、クリスマスパーティ用に井上さんに借りた物だったのに……!
まぁ……でも、髪を整えてもらったばっかりだし、綺麗な状態ではあるはず……。
井上さんの言いつけどおり、眼鏡を外してるから、あんまり周りは良く見えないけど……。
「お出かけしてたんですか?」
「ああ、ちょっと、頼んでた物があったんで」
「頼んでた物、ですか?」
「ま、特注品でね。河童橋のあたりって行ったことある?」
「有名ですよね! 私行ったことはなくて……」
「じゃ、今度連れてってやろうか。面白い料理道具、たくさんあるぞ」
「やった! 約束ですよ」
ああ、と橋本さんが笑った。
優しい笑顔だった。
どうしよう。
まだ、一緒にいたい。
でも……迷惑じゃないだろうか。せっかくの休みに、邪魔をするわけには……。
「上野から歩いてきたんだ」
「え、結構遠いじゃないですか」
「予定も無かったし、散歩は良いレシピが頭に浮かぶから」
おお、流石……休日も料理のことを。
あ。
でも、予定無いんだ。
「冬とは言え、あー、えーと。喉が乾いたんで、コーヒー飲んで帰ろうかと思ってさ」
え!
「予定無いなら、その……」
ない!
予定無いです!
橋本さんが、何やら考えあぐねている。
「……お茶のみに行こうって、なんか、これ、古いナンパみたい?」
そこか!
そんなこと……。
「行きます! 予定無いです!」
私は、ひょいと橋本さんに近づいた。
あ、でも待てよ?
なんか、ナンパに軽々しく乗ってる女みたい?
これはいけない、そこははっきりしとかないと。
「あ、橋本さんじゃなかったら、ナンパなんて、付いてかないですから」
ん?
「え?」
「え?」
あれ?
これ、言ってること、合ってる?
なんか、橋本さんがフリーズしている。
ごほん、と咳払いが聞こえた。
若干、通行の邪魔になっていることに気づいた私と橋本さんは、慌てて移動した。
「とりあえず、寒いし、店に入ろう」
そそくさと、橋本さんが私に背を向けた。




