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14 痛過ぎる

「ずっと欲しかった最新のタブレット、15万出して買って、駅のホームで落っことして電車に轢かれたら、どう?」


「ショックですねぇ。数日休みますねぇ」


「でも、また買うでしょ?」


「お金が貯まったらですかねぇ」


「だから、そのショックは、間抜けな自分と、戻らないお金と、諸々の設定の手間とか、そんなとこよ」


「そうですね」


 「落っことしたのが、奇跡的な確率で巡り会った、自分にだけ本当の価値が分かる、地球上で、将来にわたって、同等品も類似品もないような物だったら?」


 おー、なるほど。

 「でもそれ、恋は盲目ってやつじゃないですか」


 「私たちと違う世界が見えてる人達だから。分かるんでしょ。この人以外、いないって。だから、本当は、不安で怖いだけ。その不安で、変な風になっちゃわないか、心配じゃない」


 「なんだ、面白がってるのかと思ってました」


 「失礼な。純粋に応援してるのよ」

 

***


 12月20日、土曜日の夜の営業後。

 俺は厨房で片づけをしながら、テーブル席の方の片づけをする杏奈をぼんやり見ていた。 


 両親があれだったからか、そもそも、恋愛なんてものを、どこか遠ざけてきた。

 面倒くさい。

 そもそも、何なんだ、男女だとか、異性だとか。

 よく考えた。剣持さんのせいで、さんざん考えた。

 俺は別に杏奈が女性じゃなくなって、かまいやしない。


 側にいてくれりゃ、それでいい。


 俺は、お前のおかげで、なくしたものを全部取り戻した。

 お前がいなかったら、今頃、どうなってたんだろう。

 きっと、自宅のワンルームで、ビールを飲んで、動画見て、台所を眺めて、くすぶってた。


 だから、恋だのなんだの、置いといて。

 俺は、お前の側にいたい。

 

 それが恋なら、それでいい。


 いいんだけど。


 初恋、か。


 恋に序列があるとは、わざわざ考えたことも無かったが。

 

 まずい。

 そういう意味で、今まで、恋なんかしたことない。


 これだと、杏奈が俺の初恋の人になる。

 

 いや、それは痛すぎるだろ。


 25の男なら、恋人の2人や3人、いやもっとなのか?


 そのくらい経験を積んで、何なら、デートに連れてくのに最適な店や場所をたくさん知ってて、その……恋人的なことのあれこれもリードできて、ちょっと影がある感じで切なげに過去を語るくらいじゃないと駄目なんじゃないか?



 え……えーと……私が初恋ですか……あ、はは……あ、橋本さん、25でしたっけ? 

 はは、ちょっと、引きますね……。

 


 駄目だ。

 どう考えても、終わってる。

 どうする、ねつ造するか? サツキは……それはちょっとなんか良くない気がする。井上さん? いや、それもどうなんだ……やっぱ、嘘はダメだろ。しかも他人を巻き込むなんて。

 いや、待て、そもそもあんまり女性が浮かんでこないぞ?

   

 「ど、どうかしました? 何か付いてます?」 杏奈がエプロンをつまんで、汚れが無いかチェックしだした。

 

 しまった。


 呆然と、杏奈を見つめ続けていたことに気付いた。


 「あ、これですか?」

 エプロンのポケットに、よく見ると小さな目玉焼きが付いている。

 「こないだガチャガチャで出てきたんです。可愛くないですか? 今度バッグか何かに付けようと思って」

 「ん、ああ⋯⋯キーホルダーまで食べ物か⋯⋯杏奈らしいな」

 「あ、ちょっとディスってます??」

 少しふくれて、杏奈は片付けに戻っていった。

 

 初恋について考えてて、ぼうっと見つめてた、なんて。

 いよいよ、気持ち悪いぞ⋯⋯。


 ため息を洩らす。

 こないだの質問、誤魔化したままにしているのが引っかかっていた。

 

 余計な誤解を与えてないだろうか。

 変なことを言って、引かれても……。

 

 いや、でも、どうせ。

 こんなことも言えないくらいで、そんな関係で、本当に良いんだろうか。

 

 いつものとおり、片づけを終えて、コートを着て、玄関口に立った。


 「お疲れさまでした……。その、来週、クリスマスですね」

 セーターとスカートに着替えた杏奈が、少し視線を逸らしながら、見送りに立っている。



 「12月って早いな。師走ってなるほどなって思うよ。どんどん寒くなるし」

 


 口をついて出るのは、どうでも良い言葉ばかり。

 

 「ほんと、冷えますね……帰り道、気をつけてください。あ、これ、ホッカイロ。いっぱいあるから使ってください。その……クリスマス、楽しみにしてますから……風邪とかひかないで下さいね!」

 

 ホッカイロを受け取った。


 杏奈の笑顔で、心がはっきりと、自分の気持ちを認めた。


 「こないだの、質問」


 「え?」 


 「俺、今まで、恋したことなかったから」

 

 「……え?」


 「じゃ、また月曜日」


 心臓が爆発しそうだったので、逃げるように店の外に出た。

 夜風の冷たさが、今日はありがたかった。

 ホッカイロは、とっておくことにした。


***


 「……この時間の通話は……お金取るわよ……」


 「お願いします、三咲先生……無理……一人じゃ無理……」


 土曜日とは言え、0時15分、私からの着信で睡眠準備を妨げられた三咲は、しかし、言葉とは裏腹に若干楽しそうである。


 先ほどの橋本さんの言葉の解釈を求めた。


 「……だから、そのまんまじゃないの、それ」 「今までって……今で……恋したことなかった、だから……逆に今はしてるって、そういうことで、合ってるよね?」


 「……中学の国語の問題かなんか?」


 「でも……だからって、私かどうかは……読みとれないよね」


 「場所は?」

 「は?」


 「それ、杏奈の前で言う必要なくない? 「今まで」って」


 「……無理……月曜日、どうしよう……え……そしたら、その……もしかして、告白しても、OKもらえる可能性があるってっこと……?」


 「だいぶ、確率上がってきてるんじゃない?」


 「……明日……ちょっと髪切ってくる……ちょっと良いトリートメントしてもらってくる……」


 「あ、あんまり印象変わりすぎないようにしなよ!」

 その後も小一時間三咲を拘束し、ようやく気持ちが落ち着いてきたところでお開きとなった。

 

 なるべく、綺麗に整えて、月曜日を迎えようと思っていたけど……。

 

 結局、橋本さんとはその前に会うことになった。 

読んでいただいてありがとうございます!

今日から24日まで毎日1話ずつ投稿します!もしよければ評価・ブクマいただけたらとっても嬉しいです!

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