13 しお
いや。
いやいやいや。
考えすぎ、考えすぎ。
たまたま、たまたまでしょ、こんなの。
お菓子のパッケージ。
初恋サブレ。
……なんなの、このお菓子……。
見たことない……。
どこで売ってるの?
このタイミングで、こんな名前のお菓子持ってくる?
いや、勘違いするな私。
よもや、橋本さんが、例の話を聞くために、とっかかりとして、こんな見え透いた名前のお菓子を買ってくるなんて、そんなことあるわけ……。
「しかし、初恋、ね。何か古風な響きだけど。まぁ、誰でもあるものだよな。女子って、結構早いっていうよなぁ。例えば、しお。
しおじゃなくて、小学生の頃から好きとか嫌いとか。はは、男子なんて、まだ異性も意識してなかったりするのにな」
しお。
橋本さんが、変なとこで、かんだ。
まさか、小学生という単語を意識して、かんだ?
いやいや、そんなバカな。
「しお?」
「ん? しおじゃなくて、小学生」
小学生。
「やっぱ、杏奈もそういうのあった?」
さすがに、これは。
確実に、聞き出しに来てる。
「そういうのって、何ですか?」
沈黙。
静まりかえった店内に、秒針の音が響いた。
「その……」
「橋本さんはどうなんですか?」
「え?」
「あ、中はこんな風になってるんですね」
私は、初恋サブレの個包装を一つ開けた。
「橋本さんの初恋って、いつなんですか」
聞きたいかって言うと、あんまり聞きたくない話題だけど……。
自分の話をするより、まし!
ここはこれで誤魔化して……。
え?
橋本さんが、固まっている。
「ん?」
「え?」
「なんて?」
「いえ、だから、橋本さんの初恋ですけど……」
腕を組んだ橋本さん。
橋本さんが私を見ている。
無言で、初恋サブレを片づけ始めた。
「この時間に食べるのは、ちょっと重いから、まぁ明日でも、女将さんと食べてくれよ」
そそくさ、てきぱきと片づけていく。
あれ。
えーと。
「え? あの……橋本さん?」
「さて、今日もだいぶ遅いし、家に帰るわ」
「あれ……その……初恋の人は?」
な、何でそんなに誤魔化そうとするわけ?
「……杏奈には言いたくない」
そう言って、橋本さんはそそくさとコートを着て店を出ていった。
***
「……え? 何? どしたん?」
18日金曜日。
生気を失った杏奈が、非常階段にもたれ掛かっていた。
「……つ……ぉ……」
「は?」
「はつ……こぉい……の人……」
「え? 何? 言ったの?」
「私には……」
「え?」
「橋本さん、私には言いたくないって。誰が初恋の人か……」
頭を、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
このバカな子が、私の親友。
いや、頭は良いはず、なのに……。
「きっと、あれだ……私の知ってる人なんだ……。やっぱり、ほんとはサツキさんとか、いや、実は井上さん……何なら、最近なら、百瀬さくらも怪しい」
目が据わっている。
蛇のような眼で、ホラゲの闇堕ちしたヒロインのような表情で、不自然な角度で首を傾げて、私を覗き込む。
「エ? まさか、三咲……あなた……」
「ちょっと! こっちの世界に戻ってきなさい!」
ほっぺたをペシペシと両手ではたいてやる。
「はっ」
瞳に光が戻ってきた。
駄目だ、ポンコツ過ぎる。味覚がらみの鋭さはどこに行った。
「それ、さぁ。喜ぶとこじゃないの?」
「は?」
「……にわかには信じがたいけど……。橋本さん、今まで、人を好きになったことないんじゃない?」
「え?」
「だから、言えなかったんでしょ」
「じゃあ、そう言えばいいんじゃ」
あー!!
だめだこいつ!!
「だからー!!」
「へ?」
「それで、杏奈に言えないなら、初恋の相手が杏奈だってことでしょ!」
おお。
我が親友が、耳まで茹で蛸のようになっている。
「そ、それは……いくらなんでもきつめの妄想幻覚では……」
「あとはもう、本人に聞くしかなくない?」
「そんな、ありえる? 私、好きになってもらえるようなことなんて……」
「いやいや、橋本さんのためにこの1年、あんた相当色々やったと思うけど。そんだけ、自分のために頑張ってくれたら、まぁ、好きになってもおかしくないんじゃない?」
杏奈が、まじまじと私の顔を見ている。
「……本当にそう思う?」
「逆にどう思うのよ……」
「……え……えーと……」
私は、杏奈のほっぺをむにむにとつまんだ。
「ちゃんとクリスマスには告白するのよ」
***
「でも一体なんなんですかね?」
「何が? この事件の動機?」
「いえ、一樹杏奈問題です。流石に鈍すぎやしませんか? 料理の解決してる時とは別人すぎますけど」
パトカーの後部座席で、牧島警部がくすくす笑った。
「怖いのよ」
「怖い?」
「二人とも、気づいてるから」
「何にです?」
「代わりがいないって」
「おっと、よく分かりませんね」
警部殿は、どうやら推理が済んでいるようだ。
お聞かせ願おう。
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