11 失恋した
小学生の頃から、ずっと好きな人。
か。
なるほどな。
「? どうかしました?」
「いや、何でもない」
12月15日、月曜日の営業後。
若干ぼんやりとした様子の俺に気付いた杏奈が、厨房の方をのぞき込んだ。
「明日も学校あるんだし、もう早く上がりな。後は片づけておくから」
「あ、えーと、ほんとですか? すみません、そしたら、ちょっとこの後、やりたいことがあって……」
「え? この後?」
もう23時だけど。
「どうしても今週中には仕上げたいものがあって……」
若干、何やら恥ずかしそうにしている。
「今週中、か……」
来週は、クリスマスだ。
「もしかして、誰かのプレゼントか何か?」
杏奈が硬直して目を見開いた。
「は、橋本さんには言いたくないですっ!」
顔を真っ赤にした杏奈が、どたばたと階段の方に去っていった。
***
夜風が、非常に身に染みる。
未だかつて無く、寒い。
橋本さんには言いたくない。
関係ないってことだ。
小学生の頃の杏奈には、俺は1回しか会っていない。
店で、バイト時代にビシソワーズを出した、あの時だけだ。
さすがに、あの時に、小学4年生の子が、俺に一目惚れってのは、無理筋だろう。
そりゃ、ビシソワーズは思い出の味にしてくれてたみたいだけど、さ。
え、俺、失恋した?
何だか、頭がくらくらしてきた。
とてもじゃないが、自宅に帰って一人に耐えられる気がせず、ふらふらと歩く。自然と、まぶしく賑やかな、神田の24時間営業の居酒屋に吸い込まれていった。
とにかく暖まりたくて、カウンターに座って、餃子と芋焼酎のお湯割りを注文し、ぼんやりと焼酎に口をつけたところで、自分を呼ぶ声がした。
「仕事帰りですか?」
「え? 田島警部補? 何やってんですか?」
「仕事帰りの一人飲みです。近くで面倒な捜査があったんで」
「月曜日から?」
「同じじゃないですか」
ビールの入ったコップとビール瓶を持って、俺の隣の席にどっかりと腰をかけた。
強盗事件を起こした医師の供述を引き出すためのグラタン作りの依頼から、半年くらい経つのか。久住の件の時も、御世話になったし、一見ごりごりの体育会系に見えるが、実は非常に冷静で、多分かなりのインテリ。話していて、こっちの内心まで見透かされているような気がするが、キャラクターなのか、それが嫌な感じを受けない人。まぁ、要するに俺は結構この人に好感を持っていた。
ラグビー選手のように体格の良い田島警部補が座ると、カウンターが急に狭くなったような気がしたが、その存在感が、今はかえって気が紛れてありがたい。
「あれ、何か浮かない顔ですね」
「……職質の捜査技術を悪用しないでください」
「悪用だなんて。市民の悩み相談に乗るのも、大切な警察の仕事です。あれですか、恋の悩みですか?」
「そんなわけ無いじゃないですか!」
あ、声が少し裏返った。
田島警部補が目を丸くして俺を見ている。
「……橋本さん、絶対、詐欺とか賭ポーカーとか、ギャンブル全般、手を出さない方良いですよ。向いてないから」
良い酒の肴を見つけたと言わんばかりの表情である。
「とにかく、そういうんじゃないです。俺はしゃべんないですよ!」
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