手紙
「やぁ? 僕と付き合う気になったかい?」
そう微笑む男はいやという程、神を味方に付けている。
ー
秋の風が顔を出し、葉が綺麗に色付いてきた頃だった。
勇者様とは、よほどの暇人なのだろう。なぜって毎日欠かさず、私に恋文を送ってくるのだから。旅の道中であろうと、必ず送られてくるのだ。
高級そうな真っ赤な蝋を封筒に押し、聡明さを感じさせる青いインクで便箋にズラリと並んだ愛の言葉。まだ付き合ってもいないのに、これは如何なるものなのか。毎回最後にある決め台詞は、《僕と付き合う気にはなったかい?》。
私はそれを横目で見て、ゴミ箱に投げ捨てた。
「いいえ、全く」
そして私は今日も今日とて、閑古鳥の鳴く酒場の受付嬢をするのだった。
ー
さて、時は回りまして。
桜が雨のように散る季節になりしました。
恋文は山のようの枚数になっています。毎日のようにこれを運んでくる郵便屋さんも、流石に不憫に思えてくる頃。すこし止んだ手紙ラッシュで、これも終わりが近づいてきたと思ったのも束の間だった。なんでって、それは……
ついに届け物は、100本の薔薇の花束となりました。
それに埋もれたメッセージカードには、《遂に魔王を倒しましたよ、お姫様!》と書かれている。茶化した文章と内容には、もう驚かずに私は花束をどうしようかと頭を抱える。花瓶もここまで沢山の花が入るわけではない。しかし、花に罪はない。
そして私は、近くの骨董屋まで花瓶を求めて出掛ける羽目になった。
ー
さて、数日が過ぎた頃。
桜は葉桜へと変わり、春の匂いがより一層強くなりました。
そんな素晴らしい季節に、私の気分は地に落ちている。
それは古びた酒屋の樽の上に肘をつく、似つかわしくない男のせいで。
彼は嘘のように綺麗な銀髪に、コルクのような茶色の瞳。服の上からでも、鍛えていることがわかる程綺麗な体つき。ついさっき凱旋パレードが終わり、髪につく紙吹雪を邪魔そうに払う、勇者様だ。
いよいよ本格的に、彼は暇なのだろうか? と思い始める。こんな辺境の地にある酒場に来るなんて。
今日も郵便が来たかと、鳴らされた鐘の音を聞いてドアを開けると、彼は立っていた。心臓が一瞬、ほんの一瞬たが止まりそうになったのは記憶に新しい。
ニコリと微笑み、ヒラリと手を振るイラつく男。どこまでもぶれないその男は、開口一番「僕と付き合う気にはなったかい?」と厚かましく聞いてきた。
「いいえ、全く」
と私が返すと、肩眉を器用に上げてそうか、お邪魔するよと店内に入ってきた。私は本当に小さな声で、いらっしゃいませと返事する。
そしてわざとらしく店の真ん中にある樽に、肘をかけるた。そして一番高いワインを、値段も見ずに頼んだかと思うと、突然冒険談を語り出した。そして壮大な最後を迎えたかと思うと、彼はワインボトルを手に持っていってきた。
「そこで思ったよ! 僕の人生を共に過ごしてよいのは、やっぱり君だけだってね。僕と結婚しよう!」
ワインボトルをこちらに差し出しながら、彼は声を張った。しかし、私の口からはため息しか溢れなかった。それを彼は不思議そうな目でこちらを見つめてきた。
「なぜ、ため息をつくのかい?」
「貴方私が付き合うのも許していないのに、結婚するとでも思ったの?」
「嗚呼、そうさ。僕は君を愛しているからね。」
「あのね貴方の話によると」
「うん」
「私ほど魅力的な人は居ないって?」
「そうさ、間違いない」
「きっとそれは幼い頃からのつき合いだったし、私しか同年代が居なかったから……親愛と恋情が混ざっているだけよ。それに貴方は剣の稽古ばかりしていたのだから、仕方がないわ」
「いいや? それは間違いさ。僕は確かに君を愛している」
真っ直ぐな目でこちらを見てくる彼は、いやという程美しい。ああ、これを素直に愛せたのならどれだけ幸せだったことだろう。
「貴方、もとも小さくとも貴族なのだから、沢山の求婚状が来ているでしょう?」
「ん? そういえば執事がそんなことを言っていた気がするね。まぁ僕は君一筋だから、心配しないで」
…………
「……いいから、用がすんだのならばここから出ていってくれる?」
私は苛立ちが抑えきれない声でそう怒鳴りそうだった。その代わりに、とても冷たな声が出たが。
「ええーーー! 君とまだ話したいことが」
「いいから、出ていって!」
私は少し強引に喚いている彼を店から追い出すと、ずるずると床に座り込んだ。
魔王を討伐し、貴族の出である彼ならば私を好きにできるだろう。それくらいの権力はある筈だ。
でもそれでも、それをしない。私を待っていてくれる。私の返事を。
それだけ私の事を大切にしてくれている。その事実がとても嬉しく、胸に響いた。
ー
時は流れるように過ぎた。
何度も季節は巡り、また紅葉の季節がきた。
毎日のように、私の机の上には恋文が置いてある。あのときと変わらない、蝋に便箋にインクに内容。しかし、最後にある決め台詞は、《僕と結婚してくれてありがとう》
と綴られている。
そして私は黒いインクをペンにつけ、その手紙の返事を書くのだった。
拝啓 旦那様へ
読んで頂きありがとうございます。
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