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逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。  作者: 朝比奈未涼


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20.姉ではない人 sideセオドア





sideセオドア




アイツを、姉さんの代わりであるあのニセモノを、中身だけでも別物にしたかった。アイツが間違ってもホンモノの姉さんに成り代わらないように。

その為にも僕はアイツの傍から四六時中離れないと決めた。


そしてそう決めてから6年の月日が流れた。


この6年、アイツは努力に努力を重ね、6年前の姉さんと同じように、この国一の令嬢と呼ばれる存在へと成長していた。


きっと6年前の僕に今のアイツの周りからの評価を教えても、絶対に信じないだろうし、鼻で笑うだろう。

それだけ6年前のアイツは本当に酷かった。


仮にも男爵令嬢だったにもかかわらず、まるで教養のない平民のように何もできず、何も知らない無能で、姉さんの代わりなんて務まるはずのない、完璧とは程遠い存在、それが6年前のアイツだ。

何度、何もできない、同じ間違いばかり繰り返す無能なアイツに呆れてきたことか。


それが今では誰もが認めるこの国一の令嬢なのだ。

シャロン公爵家との婚約がなければ、アイツはおそらくどこの家門からもこぞって、求婚されただろう。

本当に未来とはわからないものだ。


見た目も艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、顔立ちもこの6年で随分大人っぽくなり、綺麗さにも磨きがかかった。

とても美しいが、その中に愛らしさまである花のような人。それが今のアイツだ。


この国一の令嬢で、完璧で愛らしい見た目。

12歳だった姉さんが、18歳に成長したらこうなるのでは、という存在にアイツは見事になれていた。


だがしかし、それでもアイツは決定的に姉さんとは違った。

まずは身に付けるものの趣味だ。

僕の姉さんが好んで選んでいたものは、淡い色合いの美しい中にも、神秘さのあるものだったが、アイツが選び、身に付けるものは、どれも色のない、質素だが、高級感のあるシンプルなものだった。


また食の好みも同じように違った。

姉さんは魚を好むが、アイツはどちらかといえば肉を好む。

さらに甘いものに全く興味を示さなかった姉さんとは違い、アイツは甘いものが好きで、特にクッキーに目がなく、今では最高の一枚を作るのだと、自分で焼いていた。

僕の姉さんはもちろん料理などしない。


その完璧さとよく似ている見た目で、上辺だけは姉さんによく似ていたアイツだったが、実際に蓋を開けてみると、アイツと姉さんは何もかもが違っていた。

そうなるように僕が仕向けたのだ。


常にアイツの傍で目を光らせ、アイツが何かを選択する度に、「姉さんはこっちの方が好き」だとか、「姉さんは実はこっそりこっちを推していた」などと、姉さんとは全く違う趣味のものをアイツが選ぶように誘導してきた。

その結果、僕は見事にアイツを上辺だけ姉さんとよく似た、姉さんとは違う別の何かにすることに成功したのだ。



そんな日々を続けていたある日のこと。

ついに待ち望んでいた日がやってきた。


僕の姉さんがついに、ここアルトワに帰ってきてくれたのだ。


玄関ホールで姉さんの後ろ姿をみつけた時、僕は奇跡が起きたのだと思った。

そしてどこかにいるであろう神とやらに感謝した。

この6年間、ずっと姉さんの帰りを待っていたが、正直、日が過ぎていくにつれ、もう姉さんは帰ってこないのかもしれない、と諦めに近い思いを心のどこかで抱いてしまっていたからだ。


「セオ!」と、6年前と変わらず、僕の呼びかけに応えた姉さんに、僕は天にも昇るような気持ちになった。


2人の時だけに呼んでくれていた懐かしい愛称を呼ぶ記憶の中の姉さんの声が、大人になった姉さんの声で塗り替えられていく。

こちらを見つめる美しすぎる星空のような濃い青色の瞳に、胸の上ほどまである艶やかな黒髪。

大人になり、さらに美しさに磨きがかかった僕の姉さんは、触れることすらも許されない雰囲気を放つ、神秘的で人間離れした美しい人になっていた。


そんな美しく成長した姉さんとの再会を喜ぶ中で、ふと僕の頭にアイツの姿が過った。


6年前までは、確かに姉さんと瓜二つだったアイツ。

けれど、今の2人はもう全く似ていない。

系統こそ似ている気もするが、僕の姉さんが触れられない高嶺の花なら、アイツは思わず触れたくなる美しい花、なのだ。


僕は改めて2人を見て、僕の今までの全ての行動に心から拍手を送った。

僕がアイツの傍で目を光らせ続けたおかげで、当初の狙い通りアイツを姉さんとは完全に違う別の存在へとできたのだ。


アイツのことは姉さんがいなくなった穴を埋める存在で、ずっと気になって仕方のない存在だった。

姉さんの場所に勝手にいる邪魔なやつ、何もできない惨めなやつなど、この強く興味を引き、目を離せられない衝動は最初はそういった負の感情からくるものだと思っていた。

だが、徐々にそうではないのだと気がついた。


アイツが笑うと僕も自然と笑顔になれるし、アイツが泣けばその原因の全てを殺してしまいたくなる。

歩く姿をみつけては目で追い、僕が決めた服やアクセサリーを身にまとう姿に〝愛らしい〟と何度も何度も思い、僕のものになったかのようなアイツを見て、満足する。


こんな感情が負の感情だとは思えない。

僕はアイツを…、姉さんの隙間に無理やり入ってきた、憎むべき対象を、いつの間にか愛していたのだ。


姉さんが帰ってきたことによって、僕は二つの恩恵を得た。

一つはもちろん僕の姉さんが帰ってきたこと。

そしてもう一つがアイツがもう僕の姉さんではなくなったということだ。


考えたくもない最悪の未来だが、もしあのまま一生僕の姉さんがアルトワに帰ってこなければ、アイツはずっと僕の姉さんの代わりだった。

いくら愛しても手に入れることのできない存在だった。

それが姉さんが帰ってきた今、姉ではなくなったアイツと僕は結婚できるようになったのだ。


お父様もお母様もアイツのことを本当の娘のように大事にしている。

姉さんが帰ってきたからといって、姉さんと同じように愛情を注いできたアイツを簡単に手放しはしないだろう。


そこでさらに僕とアイツが結婚するとなれば、また違う形でアイツと家族になれると2人は喜び、僕たちの結婚を後押しするはずだ。

そうなれば、アイツは確実にアルトワの一員として、ここにずっと居られる。

お父様とお母様。それから最愛の姉さんに心から愛する人。

大切な家族に囲まれた僕の未来は明るく、愛に溢れている。



ーーーーそう思っていたのに。


姉さんが帰ってきた夜。

いつものようにアイツの傍で過ごそうとアイツの部屋に行くと、アイツはクローゼット部屋で1人、隠れるように荷造りをしていた。それもここから出て行くために。


アイツがここから出て行く準備をしているかもしれない、そう気づいた瞬間、怒りが込み上げ、頭がおかしくなりそうになった。

そしてはっきりと「ここから出る」と言われた時、抑えきれない衝動に駆られた。

目の前にいる愛らしい存在を許せなくて許せなくて仕方なかった。


出て行くだなんて許さない。

アイツはこれから先、未来永劫、アルトワの人間なのだ。


僕と結婚してそれを確固たるものにしてやる。




「そんなことできるの?」




姉さんが帰ってきてから3日ほどが経った。


僕は今日もアイツの部屋でいつものように数人は座れる大きなソファに腰掛け、僕の隣でハンカチに刺繍をするアイツの肩に自身の頭を預けながら、何となくそんなことを聞いていた。




「うん。前は結構好きで何でも刺繍してたんだよね。ここ最近はそんな時間なくて全然できなかったんけど…」




少しだけ嬉しそうに笑いながらも、アイツはこちらに一切視線を向けず、慣れた様子でハンカチに刺繍を続ける。

アイツの手にある白いハンカチには、色鮮やかな蝶が数匹舞っており、なかなか凝ったデザインの模様が今まさにアイツの手によって作られていた。


姉さんが帰ってきて、コイツは習慣のようにいつもしていた予習復習をしなくなった。

アイツの夜の予習復習を見る、それが僕の習慣だったのだが、今ではそれが、刺繍を見る、に変わっている。




「ところでセオドア」


「何」


「何でセオドアはいつもここにいるの?貴族の姉弟は常に一緒にいるんでしょ?レイラ様のところに行かないと…」


「だからここにいるんだろ?」


「はい?」




僕の答えがあまりにもおかしかったのか、刺繍をする手を止め、アイツがこちらに怪訝な視線を向ける。

そんなアイツに僕は何でもないような顔をした。




「レイラ様はお前だろ?」


「あ、いや。そうなんだけど、そうではなくて…」


「お前が今はレイラ様だ」


「まあ、うん。そう、だね」




僕のはっきりとした主張を否定することもできず、苦笑いを浮かべてアイツが首を傾げている。

そんな間抜けな姿さえも、可愛いと思えてしまう僕はもう病気だ。


アイツに…リリーに自身の頭を預けたまま、ゆっくりと瞳を閉じる。


僕を包むリリーの優しい香りに、近くに感じる柔らかな温もり。

全てがリリーのものであるこの空間が僕は堪らなく好きだった。

そしてその全てを独占しているこの瞬間も。



ーーーー絶対、リリーと結婚する。


今日もそう強く心の中で誓ったのであった。





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