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ウィリアム様の「送るよ」とは、公爵家の馬車で伯爵家まで、という意味だった。

初めはアルトワ伯爵家の馬車までだと思い、共に馬車まで向かっていた私たちだったが、馬車まで辿り着くと、ウィリアム様が私をシャロン公爵家の馬車に乗せようとしてきたのだ。


そこからまたあの2人の口論だ。




「姉さんと一緒に帰るのは僕なんですけど。アルトワの馬車で」


「送ると言ったよね?それはシャロンの馬車でアルトワ邸までって意味だよ?」


「結構です。アルトワの馬車がありますので」


「そう。じゃあセオドアだけその馬車で帰りなよ。俺はレイラとシャロンの馬車で帰るから」




お互いに譲らない口論は何分も続き、最終的に私とセオドアがウィリアム様のところの馬車に乗せてもらい、伯爵邸まで送ってもらうということで話は落ち着いた。


公爵家の馬車に揺られながら、何となく馬車内を見つめる。


上質でシンプルながらも気品のある雰囲気の馬車内。

さらに私たちが座る椅子の柔らかさは、まるでベッドのようで、横たわればすぐに寝られそうだ。

間違いなくフローレス男爵家で私が使っていたベッドよりもふかふかで、もう慣れてしまったが、最初は座るたびに感動した。

アルトワ伯爵家の馬車も他の家に比べると随分立派だが、やはりシャロン公爵家のものとなると、そのさらに上をいく…気がする。


没落寸前の男爵家の娘からすると、どちらもとても立派で、公爵家のものの方がおそらくいいものなんだろうな、くらいしか違いがわからないのが本音だ。




「王都に新しいクッキー専門店ができたんだって。今度一緒に行かない?」




そんなことを思っていると、私の隣に腰掛けるウィリアム様が会話の中でふとそんなことを言い始めた。




「くまくまですよね。実はずっと気になっていたんですよ。もうオープンしたんですか?」


「いや。まだだよ。だけどオープン前にぜひって公爵家に話があってね。あのお店はうちの事業の傘下なんだよ」


「え!そうなんですか!?」




ウィリアム様のまさかの情報に思わず、レイラ様らしくないリアクションをしてしまう。

そんな素の私を見て目の前に座っているセオドアがギロリとこちらを睨んできた。


セオドアの視線が語っている。

「姉さんはそんなはしたない反応はしない」と。


ごめんなさいね。と心の中でセオドアに適当に謝って、すぐにレイラ様らしい微笑みを浮かべる。




「…まさかあのくまくまがシャロン家の傘下とは知りませんでした」


「まあ、公には言ってないしね。オープン前の訪問では、全ての味をぜひ食べて欲しいって」


「そ、それは本当ですか!」




ウィリアム様の言葉に思わず目を輝かせる。


な、何と素敵なご提案!オープン前に全種類を食べられるなんて!夢しかない話!




「姉さん」




嬉しくて嬉しくてニヤニヤしていると、また目の前にいるセオドアに睨まれた。

今度は酷く低い「姉さん」付きだ。

そんなセオドアに私は「…ごめん」と小さく笑いながら謝罪した。


わざとではないんです。

ウィリアム様のお話が素敵すぎるんです。




「それでレイラ、そのお店に一緒に行かない?」


「ぜ、ぜひ!行きましょう!」




喜んですぐに頷いた私にウィリアム様が「じゃあ決まりだね」と優しく微笑んでくれる。




「いつ行こうか?来週の水曜日の放課後と日曜日なら俺は終日大丈夫だけど」


「…そうですね。早く行きたいですし、水曜日の放課後は…」


「水曜日はダメだ。僕、予定あるから」




早速、一緒に行く日を決め始めた私たちだが、そこに何故かセオドアが冷たい表情のまま割り込んでくる。




「日曜日の方が都合がいい。王都の店をいくつか回って、その後、ウィリアム様と合流して、そのお店に行くのはどう?」


「へ?」




何故か自分も行く気満々、さらには他のことまで一緒にしようとしているセオドアに思わず間の抜けた声が出てしまった。


な、何で一緒に行くつもりで話をしているんだ?




「セオドア、俺の言い方が悪かったね?クッキー専門店には君の姉さんだけを誘ったんだよ?」


「はい。わかっております。僕はその姉さんについて行くだけです」


「ついて来なくていいんだよ?」


「いえ、姉さんの行くところには弟である僕も行くべきなので」




おかしそうにしているウィリアム様と、こちらもおかしそうにしているセオドアを、変なものでも見るような目で私は見る。

主にこの変なものを見る視線はセオドアへ向けてのものだ。


貴族の姉弟は常に一緒にいるものらしいが、ここまで一緒にいるべきものなのか。


そんな変な会話をしているうちにシャロン公爵家の馬車が静かに止まった。

どうやらもうアルトワ伯爵邸に着いたようだ。


使用人によって馬車の扉が開かれ、まずはセオドアが馬車から降りる。それからいつものように私に手を差し伸べてきたので、私はその手を取って、馬車からゆっくりと降りた。

そして何故かその後にウィリアム様も馬車から降りてきた。




「ウィ、ウィリアム様?」




何故か馬車から降りてきたウィリアム様に思わず首を傾げてしまう。

これではウィリアム様も伯爵家に帰ってきたようになってしまうのだが。




「どうせここまで来たのならお義父様とお義母様に挨拶しようと思ってね。それにまだレイラと離れたくなくて」


「…はぁ」




私の視線を受けて、甘く微笑むウィリアム様に適当な返事をしてしまう。

何を企んでいるんだろうか、とつい思ってしまうのは、普段の素行の悪さからだ。


甘く微笑んでいるウィリアム様を見て、セオドアはまた怪訝な顔をしていた。

それから「…お義父様、お義母様と呼ばないでください」と本当に嫌そうに言っていた。


馬車から降りた私たちのすぐ目の前には、伯爵邸の立派な玄関がある。

その玄関の扉の向こう側が、何故かいつもの落ち着いた雰囲気とは違い、とても騒がしい気がした。


何かあったのだろうか?


そんな騒めきを不思議に思いながらも、私たちの傍にいた使用人に扉を開けてもらう。

すると玄関ホールには、いつも以上にたくさんの人が集まっていた。


玄関ホールの大きな階段の目の前には、伯爵様と奥方様が。それから2人を囲うように使用人や騎士が何人もいる。

彼らは全員、ある人物に様々な視線を向けていた。


こちらに背を向け、アルトワ夫妻の前に佇む少女。彼女こそがこの騒ぎの中心なのだろう。


質素な平民が着るような茶色と白色のワンピースに身を包むスラリとした体に、鎖骨あたりまである艶やかな黒髪が印象的なその後ろ姿は、見た目は平民のはずなのに、どこか普通ではない、高貴な雰囲気を持っていた。

そんな少女を見て、奥方様は泣き崩れ、伯爵様も耐えるように涙を堪え、嬉しそうに少女を見つめていた。


初めて見る背中だ。

あの少女は一体誰なのだろうか。


後ろ姿だけでは正直この騒ぎの中心にいるあの少女の正体はわからない。




「…さん」




訳がわからず立ち尽くしていると、私の隣に立つセオドアから小さな声が聞こえてきた。




「姉さん!」




セオドアの感極まった声がこの玄関ホールに響き渡る。


姉さん?


セオドアが姉さんと呼ぶ人物は2人だけだ。

1人は私、ニセモノのレイラ様に。そしてもう1人は…。


セオドアに呼びかけられて、少女がこちらに振り向く。


端正な顔立ちに星空のような青色の瞳。

そして右目の下にはセオドアと同じホクロが。




「セオ!」




少女は嬉しそうに笑うと、駆け寄ってきたセオドアを愛おしげにぎゅっと抱きしめた。





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