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14.完璧なご令嬢





sideリリー



アルトワ伯爵家のレイラ様となり、6年の月日が流れ、私ももう18歳になった。


私、リリーは変わらずレイラ様として生きており、15歳からはレイラ様が通うはずだった王立学院にも、レイラ様として通っている。

そして私は今、そんな学院内の多目的広場に貼り出されている、あるものをたくさんの生徒たちに紛れて、じっと見つめていた。


そのあるものとは、夏休み明けの実力テストの順位である。


完璧なご令嬢、レイラ・アルトワ様は、文字通りこの国一完璧なご令嬢と言われ、見た目の美しさ以外にも、教養まであるお方だった。

そんなレイラ様が約6年前、事故に遭い、数年もの間、社交界から姿を消した。

だが、しかし学院に入学すると共に、社交界へ舞い戻ってきたレイラ様は、以前と変わらず、優秀で完璧なご令嬢だったのだ。

…私の血の滲むような努力のおかげで。


最初は貴族の教養も勉学も何もかも全く触れてこなかったので、ちんぷんかんぷんだった私だが、学院入学までの3年間、家庭教師の先生といつも隣にいたセオドアのおかげで何とか理解できるようになった。

そこからさらに努力を重ね、理解するだけでは終わらず、応用まで手を出し、全てを深く理解できるようにした。

その努力の甲斐もあり、学院での成績もずっと良好だ。


今の私は貴族の教養のきの字もない、没落寸前の男爵家の娘だったとは誰も信じられないほど完璧な存在になっていた。


貼り出されている実力テストの結果も良好でほっと胸を撫で下ろす。


私の実力テストの順位は2位だった。

学院に入学して以来ずっと変わらない順位だ。




「さすが俺の婚約者だね。今回もすごいね」




私の後ろから聞き慣れた柔らかい声が私に声をかける。

声の方へと視線を向けると、そこにはレイラ様の婚約者である、ウィリアム・シャロン様がいた。


ウィリアム様が現れたことによって、周りにいた女生徒たちが黄色い声をあげる。




「ウィ、ウィリアム様よ!」


「な、なんてお美しいの…」


「まるで絵画から出てきた王子様のようだわ…っ」




きゃあきゃあと小さく騒ぐ女生徒たちの熱い眼差しを受けてもなお、ウィリアム様はいつも通りだ。


この6年でウィリアム様の身長はぐっと伸び、美しく成長していた。

柔らかそうな少し長めの銀髪とこちらを見つめる黄金の瞳は宝石のようだし、目鼻立ちがはっきりとした整った顔立ちは、相変わらず精巧に作られた人形のように完璧だ。


ついこの間18歳になった今のウィリアム様には、もう出会った頃のような幼さは残っていなかった。




「ありがとうございます、ウィリアム様。ですがさすがなのはウィリアム様の方です」


「そう?」


「そうです。だって今回もウィリアム様が1位じゃないですか。もうずっとですよ?」


「はは、まあ、そうだね」




私に褒められてウィリアム様が嬉しそうに笑う。


この6年で私たちの関係は、随分穏やかなものへと変わった。

あんなにも会うたびに私に嫌がらせをしてきたウィリアム様だったが、ウィリアム様の事情を知ったあの日以来、その嫌がらせがなくなったのだ。

たまに約束の時間に来なかったり、約束をすっぽかされたりすることもあったが、その程度だった。

ウィリアム様に紅茶をかけられることも、私のものを壊されることも今ではもうない。




「今回も頑張ったし、ご褒美が欲しいな?」


「ご褒美ですか?」




伺うようにこちらを見るウィリアム様に首を傾げる。

そもそも頑張ったって本当に頑張ったのだろうか。

ウィリアム様が必死に勉強をしている姿なんて見たことないような気がするのだが。

そもそもご褒美って一体…。


そんなことを考えていると、ウィリアム様は私の髪を手に取り、その美しい唇をゆっくりと私の髪に落とした。




「…っ!」




思わず驚きで叫びそうになるが、それを私は必死に堪える。




「ここでは貰えないから。今はこれで」




真っ赤になっている私にウィリアム様は悪戯っ子のように微笑んだ。

それから私の耳元に唇を寄せ、「またあとでちゃんとしたの頂戴ね」と甘く囁いた。


そんな私たちを見て「きゃー!」と女生徒たちが歓声を上げる。




「女神様のようなレイラ様と王子様のようなウィリアム様、完璧なお2人、お似合いだわっ」


「素敵すぎるっ」


「すきぃっ」




と、様々な女生徒たちの声が聞こえてくるが、これも日常茶飯事だ。

ウィリアム様の距離感はとても近く、いつもこんな感じなので、私にウィリアム様が何かする度に女生徒たちは嬉しそうに騒いでいた。




「公衆の面前で何をしているのですか。場を弁えてください。姉さんの評価が下がります」




そんな騒ぎの中、私たちの元に現れたのはセオドアだった。

セオドアは気に食わなさそうに私の腕を掴むと、ウィリアム様から私を引き離した。


この6年でセオドアもウィリアム様と同じようにぐっと身長を伸ばし、美しく成長していた。

ウィリアム様に比べると少し小柄なセオドアだが、周りの人と比べると全然大きい。

長すぎず短すぎない艶やかな黒髪は相変わらず綺麗で、私を睨む空色の瞳も私と似たもののはずなのに、セオドアの瞳というだけで輝いてみえた。

儚げ美少年だったセオドアは、その儚さはそのままに儚げ美青年へと見事な成長を遂げていた。




「姉さんも姉さんだ。あんなことを気軽に許すなんて。このあとはすぐお風呂に行くからね。さっさと洗わないと」


「えぇ?お風呂?まだそんな時間じゃないんだけど」


「文句なら数分前の自分に言って。あんなことさえされていなければ、これからお風呂に入らなくてもよかったんだから」


「えぇ…?」




迫力のある冷たい表情で私に迫るセオドアに文句を言うが、全く聞く耳を持ってもらえず、思わず不満顔になる。


セオドアはこの6年間、ずっとこんな調子で私に関わってきた。


姉さんならこうする、姉さんならこんなことしない、姉さんが選ぶものはこれだ、と様々な文句を言いながらも、私の全てに関わろうとするセオドアに私はずっと従ってきた。

全ては完璧なレイラ・アルトワになるために。


その結果がこれである。

セオドアは基本何でも受け入れる私に過剰なまでに干渉するようになった。

どうやらセオドアは私の演じるレイラ様を何でも自身の思い通りにしたいらしく、思い通りにするためならば、私の世話まで焼きたがるのだ。


完璧な姉さんが公衆の面前でウィリアム様といい雰囲気になり、赤面したことがセオドアは気に食わなかったのだろう。

レイラ様はそんなことはしない、と。

だからそれをリセットするために私をウィリアム様から引き剥がすし、お風呂にまで入れさせたいと考えているのだ。




「まぁまぁ、セオドア。こんなことで君の姉さんの評価は落ちないよ?むしろ上がっているんじゃないかな?」


「そんな訳ありません。公衆の面前で人の目も気にせず、あんなことをして、軽い女だと思われたらどうするんです?」


「その相手が他の男なら問題だけど俺だから問題ないでしょ?俺はレイラの婚約者なんだから」


「そういう問題ではありません。受け取り方は人それぞれですから。姉さんの悪い噂の元になるものは何一つ許せないんです」


「悪い噂にはならないよ。むしろ仲の良い婚約者同士として微笑ましく見られているからね、俺たち」


「ですが…」




にこやかなウィリアム様としかめっ面なセオドアのよく見る言い合いに私は苦笑いを浮かべる。

この2人、全く意見が合わず、会うたびにだいたい口論をしているのだ。


この6年で、2人と私の関係は大きく変わった。

未だにレイラ様が消えた穴を埋めるようにそこに居続ける私を、相変わらずレイラ様が大切な2人は気に入らないようで、嫌味や小言、小さな迷惑行為を度々私にしてくる。

それを受ける度に、私は2人のレイラ様への想いを感じていたが、2人の想いを感じるだけで、それ以上の感情はなかった。もう慣れた。


それにもうやられっぱなしの私ではない。

この6年で完璧なレイラ様になれた私は、たまにどうしても嫌なことがあれば嫌だと言えるようになっていた。

完璧なレイラ様になれたからこそできる選択だ。


最初の頃のように、もう完璧ではないレイラ様になってしまうことにも、そのことによって存在価値を証明できなくなってしまうことにも、怯えなくていい。

たまの反抗くらいなら許される、そんな関係だ。


私たちの関係は一言で言うなら、歪ながらもどこか穏やかなもの、ではないだろうか。

本当にこの6年で変な関係を彼らと築いてしまったものだ。





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