13.俺だけの完璧な婚約者 sideウィリアム
sideウィリアム
この国の王家とも並ぶ力を持つ、三大貴族のうちの一つ、シャロン公爵家の跡継ぎは完璧でなければならない。
何もかも全て。婚約者に至るまで、だ。
俺の完璧の一つだった完璧な婚約者のレイラが半年前、バカンスに行く途中で、馬車で事故に遭い、おそらく死んだ。
行方不明扱いになってはいるが、こんなにも月日が経っているので、生きている方がおかしいだろう。
この国の同世代の中で一番完璧だった彼女はもうこの世にはいないのだ。
シャロン家がアルトワ家との婚約を望んだ理由はひとえにレイラの存在が全てだった。
完璧な跡継ぎには完璧な婚約者を。ただそれだけだった。
アルトワ家のレイラがいないのなら婚約は解消…そう思われたが、アルトワ家は何事もなかったかのように行方不明だった〝レイラ〟を改めてこちらに紹介してきた。
半年前に事故に遭い、記憶を失ったレイラ。
それが彼女だった。
初めて彼女に会った時、レイラとは瓜二つだが、どこか雰囲気の違う少女だと思った。
レイラが完璧で近寄りがたい美しい高嶺の花のような存在なら、彼女は美しいながらも親しみがあり、愛さずにはいられない存在という印象だ。
彼女の状況は彼女に会う前から父上に聞かされていた。
彼女はレイラのニセモノだ。
レイラを見つけられなかったアルトワ家は、ついにレイラ自身を探し出すことを諦めて、レイラによく似た没落寸前の男爵令嬢を養子にし、レイラとして扱うことにしたのだ。
そんなレイラに対して、父上の反応はあまりにも父上らしかった。
ウィリアム・シャロンの婚約者がこの国一完璧なご令嬢であるのなら、それが例えニセモノのレイラ・アルトワでも構わない。だが、もし、今のレイラ・アルトワが以前のレイラ・アルトワのように完璧なご令嬢でなければ、婚約は破棄する、と。
父上の言葉を思い出しながらも、何となく自身の部屋の窓から外を見ると、ちょうどここシャロン公爵邸から帰ろうとしている彼女の姿が目に入った。
レイラなら絶妙に選びそうにない、高級感のある白いシンプルなドレスを身にまとい、低い位置で二つに結ばれた髪を揺らしながら歩く彼女はやはりレイラと似ているようで似ていない。
彼女の話ではどうやら彼女の全身は弟であるセオドアが決めているようで、そこにセオドアの意思を感じた。
まず一つは彼女を自身の姉、レイラと同じものには絶対にしないという意思、そしてもう一つは本当に彼女に似合うものを選び、自分の好きなようにしている、というものだ。
最初の意思は正直どうでもいいのだが、彼女を好きなように扱われていることについては、あまり気分のいいものではなかった。
彼女はあくまで俺の婚約者で、俺のものなのだ。
それを外野から、自身のものだと主張されているようで面白くない。
じっと彼女のことを見ていると、ふと、彼女がこちらを振り返り、遠目ながらも目が合った。
俺と目の合った彼女は一瞬、驚いたような表情を浮かべて、引きつりながらも何とか笑みを作ると、ぎこちなくこちらに一礼する。
何と愛らしい少女なのだろうか。
レイラとは違い、完璧さはまだないが、その愛らしさ故に自身の婚約者として繋ぎ止めておきたいと思ってしまう。
だからこそ、父上に俺はいつも嘘をついていた。
彼女こそがこの国一のご令嬢なのだと。
顔を上げた彼女は未だに引きつった笑みを浮かべている。そんな彼女に俺はふわりと微笑み、ゆらゆらと手を左右に動かした。
彼女は当然ながら俺のことが苦手だ。
理由は俺から毎回毎回嫌がらせを受けているからだ。
だが、どんなに俺のことが苦手でも彼女は完璧なレイラとして、俺から離れられなかった。
やはり、あの愛らしい存在は俺と同じだ。
完璧な何かにならなければならない、そうでなければ存在価値のない、哀れな存在。
俺は生まれながらに持っているものも多く、常に完璧で一番だったが、そうでなかった場合のことをいつも父上や母上に言われていた。
『完璧でなければ、完璧になれるまで、お前を幽閉する』
『完璧ではないお前など、誰も見向きもしない』
『完璧ではないお前に価値などない』
これが父上によく言われていた言葉だ。
完璧であるからこそ、誰からも羨望の眼差しを受け、大切にされている俺だが、もし、その完璧さがなくなれば、俺はどうなってしまうのだろうか。
ふとそう思い、不安になる夜もあった。
それでも俺には希望ができた。
彼女こそ俺の唯一の希望になった。
自分と同じ完璧な何かにならざるを得ない可哀想な存在の彼女。
最初はそんな彼女が哀れなもう1人の自分を見ているようで、どこか不愉快だった。
だが、その不愉快な思いを彼女にぶつけると、その思いは形を変えた。
彼女は俺から嫌がらせを受けても、こちらを怒りのこもった瞳で睨むだけで、数日後には変わらぬ様子で俺の前に現れたのだ。
完璧ではない俺を見ても彼女は変わらなかった。
それが嬉しくて嬉しくて、俺を受け入れるしかない彼女の存在が、完璧ではない俺を肯定しているようで堪らなかった。
だから彼女に会うたびにいろいろな嫌がらせをした。そしてそれでも俺から離れられない彼女を見て、俺は安心した。
完璧ではない俺を受け入れられる存在がこの世にはたった1人だけいるのだ、と。
俺を睨む顔、俺からの嫌がらせに泣きそうになる顔、どれもどれも哀れで哀れで愛らしい。
彼女はたまたまだが、父上と俺の冷めた会話を聞いてしまった。
彼女はあの時どんなことを思っていたのだろうか。
自分と同じ存在の俺に同情した?
一緒なのだと仲間意識ができた?
どうであれ俺には彼女の本音はわからない。
ただ彼女は今まで見てきた彼女の表情の中で、一番感情の読み取りづらい、複雑な表情を浮かべていた。
これからはそんな彼女にもっと優しくしてもいいのかもしれない。
それからまた気まぐれに彼女に嫌がらせをして、変わらぬ彼女の存在を確かめてみよう。
大丈夫。彼女はどんなに嫌なことをされても俺から離れられない。
彼女が完璧なレイラであり続けるのならば、俺の婚約者であり続けることが必須だから。
「ふふ」
彼女のことを思うと自然と笑みが溢れた。
こんなにも自然に柔らかく笑える自分がいたとは驚きだ。
また2日後には彼女に会える。
足早に帰ろうとした彼女にそう約束を取り付けたから。
2日後に会える彼女のことを思って俺は笑みを深めた。
ーーーああ、早く会いたいな。俺だけの完璧な婚約者に。