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12.同じような存在





やっとの思いで屋敷内へと辿り着いた私は、こんなことをしてきた元凶にお暇を伝える為に、屋敷内の廊下を1人で歩いていた。


ウィリアム様の顔なんて見たくもないし、訳のわからない道を1時間も彷徨っていたので、疲労感もすごく、さっさと帰りたいのが本音だが、そういう訳にもいかないのが現状だ。

ウィリアム様よりもアルトワ家のレイラ様の身分の方が下である以上、礼儀は通さなければならない。


私は疲れた体に鞭打って、ただただウィリアム様がいるであろうウィリアム様の部屋を目指した。




*****




少し歩いて、やっとウィリアム様の部屋の前まで辿り着いた。

中から人の気配を感じるので、おそらくここにウィリアム様がいるのだろう。


さっさと挨拶をしてお暇しよう。


そう思ってウィリアム様の部屋の扉をノックしようとしたその時、中からわずかに聞こえてきたとある人物の声によって、私の手は止まった。




「お前は次期公爵だ。全てが完璧でなければ、お前に存在価値などない」




扉からの向こうから聞こえてきた酷く冷たい声はシャロン公爵家現当主、ジャック・シャロン公爵様のものだ。

血の繋がった我が子に向けるものとは思えないあまりにも冷たすぎる公爵様の声音に私は息を呑んだ。




「それでお前の婚約者、アルトワの娘はどうだ?あの娘はお前が認める完璧な令嬢だったのだろう?代わりの者でも変わらずか?最近我が家でいろいろと問題を起こしているようだが」


「はい。以前と変わらず彼女は優秀ですよ。レイラが我が家で問題を起こすのも我が家に慣れ、リラックスしているからでしょう」


「…ならいいが。だが、決して忘れるな。何もかも完璧でなければ、お前には存在価値などないのだ。婚約者でさえも、完璧な者でなければならない。それがシャロンの名を継ぐということだ」


「はい」




こんなにも冷たい会話が本当に血の繋がった親子の会話なのだろうか。

変わらず公爵様の声音は冷たく、それに応えるウィリアム様の声もどこか感情を感じさせず、無機質だ。


そんなことを考えていると、ウィリアム様の部屋の扉の向こうから、こちらに向かってくる誰かの足音が聞こえてきた。

状況的におそらく、公爵様がこの部屋から出る為にこちらに向かっているのだろう。


ここで立ち聞きをしていたとバレると印象が悪くなる!


私は慌てて身を隠す場所を探した。

だが、しかしウィリアム様の部屋の近くにはそもそも部屋がなく、物もなく、開放的な場所になっていた為、私は身を隠す場所を見つけることができなかった。


ガチャリとドアノブが回され、開かれた扉の先から公爵様が現れる。

そしてそんな公爵様と身を隠せなかった私はバッチリと目が合ってしまった。




「こ、こんにちは。公爵様」




目の合った公爵様に私は慌てて、ついこの前授業で習ったばかりの貴族のご令嬢の挨拶をしてみる。

ドレスを両手で軽く持ち、片足を斜め後ろに引き、両膝を軽く曲げる。カーテシーというものらしい。

突然の実践だったので、授業のようにはいかず、少々ぎこちないものになってしまった。




「…レイラ嬢か。久しいな。私は用事があるので、これで」




こちらを一瞥して、さっさと私から離れる公爵様。

ニセモノの私と会うのはこれが初めてだったが、公爵様も息子であるウィリアム様と同様に私をレイラ・アルトワ様として扱う気のようだ。


まぁ、そうでなければ、今頃レイラ様とウィリアム様の婚約は解消されていただろうし。


ここで私はふと思い出した。

『君は俺と同じだね』と微笑んでいたウィリアム様のことを。


私とウィリアム様は境遇は違えど、ウィリアム様の言う通り同じだったのだ。

たった今聞いてしまったウィリアム様と公爵様の会話によって、私はウィリアム様が私に言った言葉の意味を何となく理解した。



『周りの期待に応えるしかない。応え続けなければその価値を証明できない。哀れで哀れで不愉快だね』



あれはきっと私と自分に向けての言葉だったのではないだろうか。




「そんなところで突っ立っていないで、中に入っておいで」




公爵様の背中を何となく見つめながら、そんなことを考えていると、ウィリアム様の部屋から柔らかいウィリアム様の声が聞こえてきた。

なので、私は「…失礼します」と言い、おずおずとウィリアム様の部屋へと入った。

部屋に入って、まず目に入ったのは、大きなソファに腰掛けるウィリアム様の姿だった。


あんなことを言われた後だと言うのにウィリアム様はいつも通りで、優しい笑みを浮かべている。

けれど、何故かその笑みに感情を感じることができず、ウィリアム様の美しさもあり、まるでそこに座っているウィリアム様が、美しい何の欠点もない完璧な人形のように見えた。



ーーーー早く要件を言って帰ろう。



先ほどの公爵様との会話を私が聞いていたことをウィリアム様も察しているはずだ。

正直、今のウィリアム様に私が言えることなんてない。

聞いていなかったフリをしたほうがいい。




「ウィリアム様、今日は…」




ありがとうございました。私はここでお暇します。

そう言いたかった。だが、それをウィリアム様の言葉が遮った。




「聞いていたんだよね、レイラ」


「…」




聞いていなかったフリをしたかったが、それはどうやら無理らしい。

微笑むウィリアム様に私は思わず押し黙る。




「無言は肯定と一緒だよ」




そしてこれがウィリアム様の言葉への肯定になってしまった。


苦し紛れにでも「聞いていない」と言えなかった少し前の自分の行動に後悔する。

そんな私なんて気にも留めずに、ウィリアム様は「こっちにおいで」と自身が座っているソファの隣をぽんぽんと手で軽く叩いた。

ウィリアム様を無視することなんて私には当然できず、私はウィリアム様に言われるがまま、ウィリアム様の傍に行き、ウィリアム様の横に腰を下ろした。




「俺はシャロン公爵家の次期当主だからね。完璧であり続けないと存在価値なんてないんだ。君と同じでね」




自身の横に座る私を嬉しそうに見つめながら、ウィリアム様が私の髪を優しくすくい上げる。




「だけど、君と俺は違う。俺には君がいる。完璧ではない俺の傍から離れられない君が。君には誰もいないのに」




ふわりと本当に嬉しそうに笑うウィリアム様に私は複雑な気持ちになった。


ウィリアム様は完璧な自分をずっとずっと追い求め、強要されてきたのだろう。

その中で徐々に自分を見失い、傷ついていた。

そんな時に幼馴染であり、婚約者である大切な存在、レイラ様を失ったのだ。

心の拠り所を一つ失ったウィリアム様にどれほどの悲しみが押し寄せたのか。


けれど、文字通り、ウィリアム様とよく似た存在の私が現れた。

完璧ではない自分を受け入れるしかない初めての存在にウィリアム様は救われたのだろう。


レイラ様の穴を埋めるように現れた私に嫌悪感を持ち、嫌がらせをしていると思っていたが、どうやらそれだけではないようだった。





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