最終話 権能:チート
追い詰められていたヒルダたちのもとに、グレン部隊が駆けつけ加勢する。
「グレンさん!みんな!!」
「待たせたな、お前ら!」
瞬く間に戦況は安定し、余裕を取り戻したイグニスが鋭い目で狙いを定め、放った一撃がアンガレドの目を貫いた。
「ぐぁあああ!!」
「後は頼んだぜ、ムラサメさん!アルガード!!」
その隙を逃さず、ムラサメとアルガードが猛然と追撃。圧倒的な力の前に、アンガレドはついに倒れた。
こうして、最強クラスの冒険者たちは、第十層に向けて歩を進める。
【奈落 第十層 神殿エリア】
漆黒の隕石の前で、シャスエティは冷徹な瞳を輝かせる。
「ふふ…大魔王さえ目覚めさせてしまえば、世界を漆黒に染め上げることもできる…」
指示に従ったジェラシアとグラージャが力を注ぐ中、シャスエティは不敵な笑みを浮かべた。
「六大将が一丸となれば、冒険者など無力。全ては我らの掌の上…」
その時、クロスたちが神殿へ駆けつける。しかしシャスエティは余裕の笑みを崩さない。
「もう遅い。俺たちの力はすべて、この漆黒の隕石に注がれた」
三体の六大将は、力を使い果たしながら消滅していく。だが、その力を受け取った漆黒の隕石から、赤き眼を持つ大魔王・マリスが目覚める。
白く長く美しい髪、そして背中に生えた巨大な赤い角。威圧感に満ちた真紅の瞳が、奈落の空間を支配する。
「よく来たな、勇者たちよ……」
その気になれば国一つを消し去る力を持つ大魔王との、最終決戦が今、幕を開けた。
戦いは激戦を極め、冒険者たちは次々と倒れていく。地獄のような衝撃と、奈落の異常な魔力の奔流が辺りを支配する中、ついにクロスと大魔王マリスが対峙した。
漆黒の闇とチートによる力と、存在そのものの最強が、目の前で激突する。
「さて、存分に楽しませてもらおうか」
マリスの声は高らかで、恐れは微塵もなかった。長く伸びる白い髪が戦場の光を反射する。
「俺は……俺の力で、世界を守る!」
クロスは権能を全開にし、新月を振るう。対するマリスは拳や蹴りで対抗する。衝撃波が大地を裂き、炎と氷、雷の奔流が奈落の空間を切り裂いた。
二人の一撃一撃がぶつかるたび、地面は粉砕され、空気は震え、奈落そのものが悲鳴を上げる。
拳が交わり、蹴りが閃き、魔力が衝突するたび、巨大な衝撃波が辺りを飲み込んでいく。
「……ははっ、なかなか楽しかったぞ、勇者よ!」
マリスの笑みは消えることなく、最後まで恐怖を知らなかった。光と闇がぶつかる最終決戦…その一瞬、世界が静止したかのように見えた。
そして、クロスの一撃がマリスを打ち砕く。大魔王は粉々に砕け散り、その存在は奈落の闇に溶けていった。
だが衝撃は余波となり、マリスだけでなく、周囲の冒険者たちも、奈落そのものも、サンライズシティも、グランドリオン領も…跡形もなくすべて消え去り、広がるのは無限の灰色の空と、静寂だけ。
「……俺だけか」
クロスは自分の手を見つめる。震えることも、涙を流すこともなく、ただ事実を受け止めるしかなかった。
胸の奥には、勝利の充実も、安堵も、もはや存在しない。ただ、重く、深い孤独だけが広がる。
「マリス……最強の敵だったな……」
かすかに笑みを浮かべ、クロスは荒れ果てた大地を見渡す。
誰もいない世界。誰も頼れない世界。しかし、それでも歩き出さねばならない。
なぜなら、自分の力はまだ消えてはいないのだから。
「……まだ、俺には、やることが残っている」
クロスは静かに拳を握った。
この圧倒的な孤独と絶望の中で、彼は新たな決意を胸に、消えた世界を見据えた。
生き残った者として、すべてを取り戻すために必ず。
灰色に染まる世界に、唯一残された存在として、クロスの影が長く伸びていく。
クロスは、自身の権能が無敵ではなく、あくまでチートであることを思い出した。
目を閉じ、心の底から強く念じると、失われた世界は静かに、しかし確実に元の姿を取り戻していく。
仲間たちの笑顔、サンライズシティの街並み、グランドリオン領の風景。
全てが元通りに戻った。ただ一つ、大魔王マリスだけが、この世界から永遠に消え去った。
奈落の瘴気は完全に消滅し、空気は清らかに澄み渡る。奈落病が無くなったため、エリスの目標は思いもよらぬ形で叶えられ、フローレンスはアルガードやガイアと共に、王都への帰路についた。
そして、クロスの力によって誰一人失うことなく、世界は再び平和を取り戻した。
静寂の中、彼は小さく息をつき、微笑む。すべてを救った、唯一の勇者として。
「叔母さん、ただいま」
「おかえり、クロス。大活躍だったらしいじゃない!今日の夕飯はゴージャスよ!」
「お、やった!腹ペコだったんだ!」
チートを持つ世界最強の勇者も、この瞬間だけは、ただの青年だった。
微笑みを交わし、彼は静かに肩の力を抜く。戦いの終わりと、穏やかな日常の始まりを感じながら。
ーーー 完 ーーー
まず最初に、この物語を読んでくださった皆様に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
この小説は、代表作である「奈落の果ての冒険譚」を執筆する最中、あり得たかもしれない物語を自由に描いてみました。
チートの力や最強の敵、奈落の深淵に潜む脅威など、現実ではありえない冒険の数々を、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
そしてもちろん、原作の『奈落の果ての冒険譚』もぜひご覧ください。
こちらでは、また違った視点での物語や、原作ならではの緊張感あふれる冒険が展開されています。原作と今回の世界線を比べながら楽しむのも、また一興かと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




