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奈落の果ての異譚集  作者: 黒瀬雷牙
権能:チート 無敵のクロス
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普通の人生を歩むんだ

【サンライズシティ 冒険者ギルド】

 東の島国から、伝説のパーティの唯一の生き残りであるムラサメが十八年ぶりに舞い戻ってきた。

 長い旅路を経て、再びギルドの扉をくぐった彼は、まず受付に目を向ける。見たことのない若い女性が立っている。


「すみません、ムラサメと言いますが……情報を確認したいのですが」


 声をかけるムラサメに、受付の女性は淡々と応じる。


「ギルド証はお持ちですか? お名前だけでは受付できません」


 その瞬間、奥の扉が開き、ゆっくりとロズベルが姿を現した。深く頭を下げ、最敬語で口を開く。


「ムラサメ様……お戻りくださるとは、光栄に存じます。どうか、ギルドにおかれましては何卒ご容赦を」


 ギルド内はその名に凍りつく。しかしムラサメは軽く笑みを浮かべ、肩の力を抜きながら答えた。


「そんなに固くならなくていいさ。弟子に全て伝えてきた。もう一度、奈落に挑むために戻ってきたんだ」


 その言葉に、ロズベルはしばし目を細める。

 そして静かに告げる。


「ちなみに……ご存知でしょうか。亡きジーク様とグロリア様のご子息が、今や奈落で大活躍なさっていることを」


 ムラサメは驚きの表情を浮かべる。

 久しく耳にしていなかったかつての仲間の名を、彼の子どもたちが今も受け継ぎ、冒険者として輝いている。その事実に、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「そうか……かつての仲間たちの想いは、次の世代にしっかりと繋がっているんだな」


 ムラサメは穏やかに微笑み、心の中で決意を新たにした。


【サンライズシティ 墓地】

  静寂に包まれた墓地。秋の風が枯葉を舞わせ、石畳を軽く擦る。

 仲間たちの墓参りをしていたムラサメは、ふと一人の少年の姿に気づいた。


 近づくにつれ、少年の表情に見覚えがあるような気がしてきた。


「……君は……もしかして、ジャンか?」


 ムラサメの問いに、少年は目を瞬かせる。


「え……? 俺……?」


 まだ二歳だった頃に、一度だけ会ったことがある。その時は小さな手を握り、笑顔を見せてくれた幼子。もちろんジャンは覚えていない。


 ムラサメは穏やかに微笑み、そっと話しかける。


「覚えていなくてもいい。あの頃、君の父のギルバートとは親しかった。少しだけ、見守らせてもらったんだ」


 沈黙のあと、ジャンはぽつりと口を開く。


「俺の妹が……奈落病にかかってしまって……治すために、俺は奈落に入ってるんです」


 話す声には焦りと決意が混ざっていた。ムラサメは真剣な眼差しで聞き入り、すぐに頷いた。


「そうか……なら、俺が代わりにやろう。百薬の水を探してくる。それで妹さんを救おう」


 ムラサメの言葉に、ジャンの目がわずかに潤む。二歳の頃に見た幼子の純粋な笑顔と、今の苦悩が結びつくように強く響いた。


 「ありがとう……でも、俺も妹を救いたいんです」


 ジャンの声は震えたが、どこか誇らしげでもあった。俺は少年の肩に軽く手を置き、微笑む。


「安心しろ。俺に任せておけ。百薬の水が手に入るのは雪原の第八層…いずれにせよ、君では行くことすらできない。百薬の水を見つけて、妹さんを治してみせる」


 そう言い残し、ムラサメは単独で旅立った。

 その背中には、幼き頃の想い出と、仲間を守りたいという強い意志が重なっていた。


 凍てつく雪原を越え、幾多の魔獣との死闘を潜り抜けた末、ムラサメはついに「百薬の水」を手に入れた。

 それは、わずか数滴で命を救うといわれる奇跡の雫。危険な奈落素材を抱えて無事に帰還した彼の手によって、ジャンの妹は奇跡的な回復を遂げた。


 喜びに沸く家の中で、ムラサメは静かにジャンの方へ歩み寄る。その瞳には、かつて肩を並べて戦った友…ギルバートの面影が重なっていた。


「……もう、冒険者である必要はない。これからは、普通の人生を歩むんだ」


 その言葉は、命を懸けて奈落を進んできた者だけが持つ、重みと優しさを帯びていた。


 しばし黙っていたジャンは、妹の安らかな寝顔を見つめ、静かに口を開く。


「……そうですね。もう、俺が戦う理由はなくなった。これからは、家族と一緒に生きていきます」


 その声はどこか晴れやかで、吹き抜ける秋風のように穏やかだった。

 こうして、ひとりの青年は長い戦いの果てに、ようやく「日常」という名の未来を手に入れたのだった。


【サンライズシティ 冒険者ギルド前】


 数日後、ジャンは晴れやかな表情でギルドを訪れ、クロスのもとへと歩み寄った。

 その瞳には、かつての焦燥も不安もなく、静かで力強い決意が宿っている。


「聞いてくれ、クロス。妹は……もう完全に治ったよ」


 満面の笑みとともに放たれた言葉に、クロスは目を細めて頷いた。長い戦いの果てに掴んだ奇跡。その重さを、彼は誰よりも理解していた。


「本当に……ありがとうな。正直、お前がいなきゃ、俺は二度は死んでた。命を張ってまで助けてくれたこと、絶対に忘れねぇ」


 ジャンは拳を握りしめ、言葉を続ける。


「もう俺は、冒険者じゃなくてもいい。現場作業員として生きていくよ。でも……これからも、俺たちはダチだ」


 その言葉に、クロスはゆっくりと口角を上げ、無言でジャンの肩を叩いた。


「ああ。どんな道を選んでも、絆は変わらないさ」


 静かに背中を押すその一言は、別れの言葉ではなかった。それは、互いの人生が再び交わる未来への約束。


 こうして、妹を救ったジャンは冒険者を引退し、新たな人生を歩み始める。

 その背中には、仲間との絆が確かに刻まれていた。

十八年前の大決戦について


奈落第十層・神殿エリアで、伝説級の冒険者パーティ6人は〈奈落六大将〉と激突する。

しかし六大将の圧倒的な力の前に次第に劣勢となり、仲間のヒーラー・アシュリーが倒れたことで戦況は一変。

リーダーのジークはムラサメに「この脅威を外へ伝えろ」と命じ、自らは命を賭して時間を稼ぐ。

仲間たちの犠牲の中、ムラサメは聖なる魔法陣へと逃れ、六大将の存在を世界へ知らせるため奈落を離脱した。

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