奈落化した村
【サンライズシティ 冒険者ギルド】
激闘のあと、クロスたちは無事に地上へと帰還した。ギルドの扉を開けた瞬間、受付にいたロズベルが顔を上げる。
「おや、おかえり。随分と大変だったようだね」
ジャンが一歩前に出て、深く頭を下げた。
「ロズベルさん……今回、俺たちはクロスのおかげで命拾いしました。あの死人騎士と戦ってたら、間違いなく全滅してたと思います」
ロズベルは静かに頷き、クロスに穏やかな笑みを向ける。
「なるほどね……君がいなければ、今日ここにこの子たちはいなかった。ありがとう、クロス君」
「礼なんていらないさ。俺は、やるべきことをやっただけだ」
淡々と答えるクロス。その横で、ジャンの仲間の二人。弓使いの青年と魔法使いの女性が、どこか決意を秘めた表情で前に出た。
「……ロズベルさん、私たち……冒険者を辞めようと思います」
「前回の盗賊の件も、今回の死人騎士も……もう、怖くて続けられそうにないんです」
その言葉に、場の空気が少しだけ沈む。
だがロズベルは責めることなく、二人の肩にそっと手を置いた。
「それも一つの選択だよ。命を懸ける覚悟が持てないのなら、無理に続ける必要はない。君たちが生きて帰ってこられたこと、それが一番大切なんだ」
二人は深々と頭を下げ、ギルドを後にした。
残されたジャンは、しばらく沈黙したまま拳を握りしめていたが、やがて顔を上げ、強い決意を宿した瞳でロズベルとクロスを見つめた。
「……俺は、まだやめられません。妹の病を治す手がかりは、奈落の奥にあるはずなんです。仲間がいなくなっても、俺は進みます。たとえ一人でも」
その言葉に、ロズベルは目を細めて頷く。
「立派な心構えだよ。だけど、一人で奈落に挑むのは危険すぎる。せめて、信頼できる仲間を探すといい」
その言葉に、クロスが静かに歩み寄った。
「……だったら、俺と一緒に行かないか?」
「えっ?」
「君の目的は妹を救うことだろ? 俺の目的とは違っても、向かう先は同じ奈落だ。力になれると思う」
ジャンは一瞬言葉を失ったが、やがて込み上げるものを押し殺しながら笑みをこぼした。
「……いいのか? 俺なんかと一緒で」
「“なんか”じゃないさ。生きる理由を持っている奴は、強い」
クロスの真っ直ぐな眼差しに、ジャンは静かに頷いた。
「……ありがとう、クロス。これから、よろしく頼む」
こうして、頼もしい仲間がまた一人加わった。
新たな絆を胸に、彼らの奈落への旅路は、さらに深く、そして苛烈さを増していくのだった。
ーーーー
【キキモラ村 村外れ】
それから数日後の朝。
クロスはマリーとともに、街道を北へと進んでいた。
目的地は、マリーの故郷・キキモラ村。彼女が「久しぶりに村の様子を見に行きたい」と口にした瞬間、クロスの胸に得体の知れないざわめきが広がった。
それはただの気まぐれではない。まるで、何かに導かれるような“嫌な予感”だった。
「わざわざ付き合ってもろて悪いなぁ、クロス」
「気にするな。……嫌な空気がするんだ。放っておけない」
やがて二人が村の入り口に足を踏み入れると、その予感は現実となった。
村の空気は淀み、風すらも濁っている。家屋の壁には黒い瘴気の痕が滲み、畑は腐り、地面にはところどころ魔力が吹き出したような裂け目が走っていた。
「こ、これは……病気なんかちゃう……奈落化、してるん……?」
マリーの顔が青ざめる。村はただ病が流行っていたのではなかった。地中深くから滲み出す魔瘴に侵され、地そのものが“奈落”へと変質し始めていたのだ。
「来るぞ」
クロスが剣に手をかけた瞬間、朽ちた民家の影から、死霊の群れが飛び出してきた。
腐った兵士のアンデッド、怨念をまとった亡霊、そして骨を軋ませる骸骨騎士たち…どれもが強力な瘴気をまとい、村を地獄に変えようとしている。
しかし、クロスの動きは一切ぶれない。
錆びついた剣が一閃するたび、アンデッドの首が宙を舞い、骸骨の騎士が粉々に砕け散る。
一歩踏み出すたびに、瘴気の軍勢が紙屑のように消えていった。
「な、なんて力やの……」
マリーが息を呑む。彼の戦いはもはや戦闘という言葉では足りなかった。ただ、圧倒的な力が、圧倒的な数を蹂躙していくだけ。
やがて村の中心部、古びた教会へとたどり着く。
そこでは、かろうじて自我を保った村人たちが避難していた。しかし、その身体はすでに人のものとは言いがたい。
角が生え、肌は鱗のように変質し、それでも互いに手を取り合って祈りを捧げている。
「……みんな、こんな姿になってまで……」
震えるマリーの前に、一人の老人が歩み出た。彼女の父だった。
「マリー……よう戻ってきたな。みんな、まだ“人”であろうと戦っとる。せやけど……もう長うは持たん」
老人は沈痛な面持ちで、教会の外の方角を指さした。
「墓地のほうから、強い瘴気が溢れとる。あそこが元凶やろう……」
「……わかりました。俺が行きます」
クロスは短く答え、マリーの方へと向き直った。
「マリー、ここで待っていろ。教会から出るな」
「でも、うちも」
「これは戦いだ。お前を守る余裕はない」
その冷静な一言に、マリーは言葉を詰まらせ、静かに頷いた。
「……わかった。気ぃつけてな、クロス」
そしてクロスは、一人、墓地へと歩き出す。
【キキモラ村 墓地】
村外れの墓地は、もはや死者の眠る場所ではなかった。
無数の棺が地中からせり出し、墓石の周囲には黒い魔法陣が刻まれている。空気は腐り、瘴気は嵐のように渦を巻いていた。
「……やはり、いたか」
その中心に立つ一人の影。漆黒のローブを纏い、骨の杖を携えた人物が、不気味な笑みを浮かべながらクロスを見下ろしていた。
「キタカ…アワレナボウケンシャヨ。シシャノコエガ、オマエノイノチヲホッシテイル」
「お前がこの村をこんなふうにしたのか」
「フフ……イノチハオワリ、タマシイハホロビ、スベテハヨミヘトカエル。ソレガコノセカイノコトワリダ」
ローブの男が杖を掲げると、地中から無数の骸骨兵やゾンビが這い出し、クロスを取り囲む。
「サァ!シノウタゲヲハジメヨウ!!」
「……悪いが、死ぬのはお前の方だ」
刹那、瘴気が爆ぜ、地獄の戦場が幕を開けた。
黄泉の支配者を名乗るネクロマンサーと、
無敵の異端者クロス。
その激突が、キキモラ村の命運を左右しようとしていた。
キャラクター紹介 No.22
【マリー=トワイライト】
生まれ育ったキキモラ村を蝕む異変を治す手がかりを求め、奈落への冒険を決意した若き女性冒険者。治癒魔法と聖属性の術に長け、仲間の支援や瘴気の浄化を得意とする。
彼女の家系は冒険者の名門であり、二人の叔母…伝説の魔導士アシュリーと、今なお最前線で戦うマチルダ。の背中を追い続けている。アシュリーはすでにこの世を去ったが、その志はマリーの中に脈々と受け継がれている。




