レアモンスター
翌日。ギルドで次の探索の準備を整えていたクロスは、ふとした疑問を口にした。
「そういえば、ロズベルさんって“ギルドマスター代理”って呼ばれてますけど……本来のマスターはどこに?」
クロスの問いに、ロズベルは一瞬だけ目を伏せ、静かに息を吐いた。
「……そうだね、話しておくべきだったかな」
少しだけ寂しげな笑みを浮かべながら、ロズベルはゆっくりと語りはじめる。
「本来のギルドマスターは、私の夫だったんだ。けれど数年前、奈落の瘴気にあてられて“奈落病”を発症してしまってね。治療法が見つからないまま、逝ってしまったの」
クロスは黙って耳を傾ける。
奈落病…深層から漏れ出す魔瘴が原因とされる奇病。侵された者は、じわじわと体を蝕まれ、やがて命を落とす。治療法は、今も見つかっていない。
「だから私は、代理としてこのギルドを守っているのさ。夫が命を懸けて築いた場所だからね」
「……そうだったんですね。すみません、軽々しく聞いてしまって」
「いいんだよ、クロス君。知っておいて損はない話さ」
ロズベルはそう言って、視線を依頼掲示板のほうへ向けた。
そこには、黒髪の女性がじっと紙を見つめていた。瞳には迷いも恐れもない、静かな決意が宿っている。
「あの人も、奈落病で大切な人を失った一人なんだ」
「……?」
「エリス=マギア。両親を奈落病で亡くしてね。治す薬の材料を見つけるため、薬屋から冒険者へ転身した子さ」
ロズベルの紹介を受け、クロスはその女性のもとへと歩み寄った。
「君がエリスさん?」
声をかけると、女性はゆっくりと顔を上げ、クロスを見つめる。
「ええ、あなたが“クロス”ね。ここの新人なのに、第一層を無傷で踏破したって噂、聞いているわ」
「噂っていうほどのものじゃないけど……次の探索、一緒に行かないか? 目的は違っても、目指す場所は同じだろ」
エリスは少し驚いた表情を浮かべたが、やがて口元に微かな笑みを浮かべた。
「……いいわ。一人より二人の方が、奈落の闇も怖くないもの」
こうして、新たな仲間が加わった。
マリーに続き、薬師のエリス=マギアを迎えたクロスの冒険は、また一歩、奈落の深淵へと踏み込んでいく。
その胸の奥で、眠れる“無敵”の力は、今も静かに脈を打っていた。
【奈落 第一層 遺跡エリア】
崩れた石柱や砕けた彫像が散らばる薄暗い回廊には、湿った魔力の気配と瘴気の名残が漂っている。
エリスは、クロスが斬り伏せた人喰い草の残骸へと歩み寄った。
魔力を帯びた茎をナイフで切り取り、滴り落ちる液体を小瓶に集める。さらに、壁の隙間から顔を出している、淡く光る苔や紫色の蔓草も、ひとつひとつ丁寧に採取していった。
「……それ、何に使うんだ?」
クロスが不思議そうに尋ねると、エリスは瓶を抱えたまま微笑んだ。
「薬の材料よ。地上には存在しない成分が、この奈落にはたくさんあるの」
「薬って……奈落病の、か?」
「ええ。妹の力の“材料”にもなるわ」
クロスが首をかしげると、エリスは一歩、彼のそばに近づいた。
「私の妹、ミリスはね。生まれながらに“触れたもの”や“見たもの”の薬効が、全部わかるの」
「……薬効が、わかる?」
「そう。例えばこの液体を一目見ただけで、毒なのか治癒薬になるのか、どう組み合わせれば効果が増すのかまで、全部理解できるのよ。まるで、素材そのものが話しかけてくるみたいにね」
クロスは目を丸くする。
「そんなことができる人間がいるなんて……」
「奈落が生まれてからよ。世界が変わって、人も変わった。魔法使いなら十人に一人、そして数千人に一人は、“権能”って呼ばれる特殊な力を持って生まれるようになったの」
瓶を鞄へしまいながら、エリスは静かに息をつく。
「ミリスもその一人。あの子の力があれば、この遺跡で集めた素材から新しい薬を作り出せるかもしれない。奈落病を治す薬も、きっと」
その言葉には、家族を救いたいという強い意志が込められていた。
クロスはしばし沈黙したあと、ゆっくりと頷く。
「……君の妹も、戦っているんだな。俺も協力するよ。素材集めでも、敵の排除でも、できることは全部やる」
エリスは少し驚いたように目を瞬かせたが、やがて小さく笑った。
「ふふ、頼もしいわね。じゃあ、しっかり働いてもらうわよ、クロス」
二人は再び、遺跡の奥へと進み始めた。湿った空気を踏みしめながら、遺跡の奥へと慎重に足を進めていった。崩れかけた天井の隙間から、かすかな魔力の風が吹き抜け、遠くで何かが金属を打ち鳴らすような音が響く。
「……聞こえる?」
「……ああ。戦ってるな、誰か」
クロスが気配を探ると、やがて前方の通路が開けた小広間に出た。そこでは、数人の冒険者たちが何かと必死に交戦していた。
その中には、以前クロスが助けたジャンたち三人組の姿もあった。前衛のジャンが斧で必死に攻撃を受け止め、仲間の女性が治癒魔法を飛ばしている。しかし、彼らの表情は絶望に近い。
「くっ……だめだ、攻撃が通らない!」
「逃げても追ってくる、どうすれば……!」
彼らが相対していたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ異形の騎士だった。空洞の兜の奥からは、紅く濁った光が揺らめき、錆びついた大剣が空気を切り裂くたび、瘴気が噴き出して周囲を侵食する。
「死人騎士……!」
その姿を見た瞬間、エリスが息をのんだ。
「あれは、この階層では滅多に出ないレアモンスターよ。生前の魂が鎧に取り憑いて魔瘴で再生したアンデッド……!私たち初心者じゃ、到底敵わない!」
だが、クロスは彼女の言葉に耳を貸さず、静かに歩み出した。まるで、すぐそこに落ちている石を拾いに行くような自然さで。
「クロス!? 聞いてたの!? 死ぬわよ!」
「大丈夫」
次の瞬間、クロスの姿がふっと掻き消えたかと思うと、死人騎士の眼前に立っていた。
「……ッ!」
騎士が大剣を振り下ろす。しかし、クロスはその一撃を紙一重でかわし、懐に潜り込むと、抜き放った刃が一閃。
乾いた音が一度だけ響き、空間が静寂に包まれた。
黒鉄の甲冑が、まるで糸が切れたかのように崩れ落ち、濁った魂の光が空へと消えていく。死をも恐れぬ亡者は、塵へと還った。
「……嘘、でしょ」
エリスは唖然とし、助けられた冒険者たちも息を呑んでいた。
「た、助かった……命拾いした……!」
「まさか、一太刀で……」
ジャンが斧をしまい、クロスの方へ駆け寄る。
「クロス……!やっぱりお前、ただの新人じゃなかったんだな!」
「状況はわからないが、無事でよかった」
クロスは剣についた瘴気を振り払いながら、静かに言った。彼にとっては通りすがりの戦闘にすぎなかったが、その背中を見つめる者たちの瞳は、畏怖と感謝で揺れていた。
キャラクター紹介 No.21
【ジャン=アルバトロス】
現場作業員として日々働きながら、妹の病を治す手がかりを求めて奈落へと挑む青年冒険者。強靭な肉体と屈強な精神力を併せ持ち、大斧を振るう豪快な戦闘スタイルが持ち味。
祖父も父もかつては伝説級の戦士として名を馳せた家系に生まれ、自身もその血を継ぐ者として強さへの憧れと使命感を抱いている。過酷な労働と冒険を両立させながらも、妹への想いは決して揺るがず、仲間を守る盾として最前線に立ち続ける。




