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奈落の果ての異譚集  作者: 黒瀬雷牙
主人公のジーナ
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悲哀の人魚姫、降臨

【サンライズシティ 冒険者ギルド本部】


 夕暮れの光に照らされる大都市サンライズシティは、今日も人々の喧騒に包まれていた。

 だが、その中心にそびえる冒険者ギルド本部の前には、普段よりも多くの人だかりができていた。

 理由はただひとつ、奈落第五層を踏破した若き冒険者たちの帰還である。


 重厚な扉を押し開けてギルドの大広間に足を踏み入れた瞬間、ジーナたち三人は眩しいほどの歓声に迎えられた。


「おおっ! 本当に帰ってきたぞ!」


「第五層突破だと!? あのインフェルノバハムートを倒したのか!?」


「まだ若いのに……あの三人、化け物かよ!」


 冒険者たちの視線と声援が一斉に浴びせられる。ジーナは思わず一歩退きそうになるが、隣のアルガードが肩を軽く叩いた。


「胸張れよ、ジーナ。俺たち、やったんだぜ」


 マチルダも優しく微笑む。彼女の癒しの力でさえ隠せない疲労が全員の体に刻まれているが、その表情には誇りが宿っていた。


 ギルドの壇上に上がると、幹部の一人である筋骨隆々の老冒険者が高らかに宣言する。


「ジーナ=ユグフォルティス、アルガード=ドラコニス、マチルダ=トワイライト! 貴殿ら三名は、奈落第五層を制覇し、第五層の主インフェルノバハムートを討伐した!その功績をギルドに記録し、ここに褒章を授ける!」


 場内は再び割れんばかりの歓声に包まれた。


 しかし、ジーナの耳にはその賛辞が少し遠く感じられた。兄ジークの笑顔。義姉グロリアの優しい声。彼らを失った悲しみは、どれほどの賞賛でも消せるものではない。

 だが、同時に、彼女は確かに感じていた。兄の背中を追い続けてきた自分が、今ようやくその軌跡の入り口に立ったのだということを。


 その時、ギルドの受付嬢が興奮気味に声を上げた。


「……本当に、物語の主人公みたいですね、ジーナさん!」


 その性格から、一部ではすでにそう呼ばれていたが、その言葉に場がざわつく。


「おい……今の聞いたか?」


「“主人公のジーナ”か……いいじゃねえか、その呼び名!」


「最強のアルガードより、あの子だろ……何度も絶望を乗り越えて立ち上がったのは。」


 誰かが呟き、笑い、そして拍手が広がっていく。


「主人公のジーナ……!」


 冒険者たちが次々とその名を呼ぶ声が響くたびに、ジーナの胸は熱くなった。


「わ、わたしなんて……まだまだ未熟で――」


「謙遜すんなよ、ジーナ」


 アルガードがからかうように笑い、マチルダがそっと彼女の背中を押す。


「あなたがいたから、私たちは生きて帰れたの」


 ジーナは深呼吸し、ギルド中の視線を真正面から受け止めた。


「……ありがとうございます。でも、私はまだ終わっていません。兄さんやグロリア姉さんを奪った六大将を……必ず討ちます。そのために、もっと強くなります!」


 その宣言に、場内は歓声と拍手で揺れた。誰もがその瞳に宿る炎を見たのだ。英雄でも天才でもない、ひとりの少女が背負った決意の炎を。


 そして、誰もが信じた。彼女ならば、奈落六大将を討つだろうと。


 こうして「主人公のジーナ」という呼び名は瞬く間にサンライズシティ中に広まり、彼女の冒険譚はさらに多くの人々の心を掴んでいくことになる。


 ――だが、これが新たな戦いの序章でしかないことを、この場にいた誰ひとりとして知らなかった。


【奈落 第六層 深海エリア】


 無限の闇に包まれた水中迷宮、奈落第六層。

 パーティに魔導士がいなければ、呼吸すらままならないその場所は、水面から差し込む光は届かず、視界は仄暗い青に染まり、無数の魚影と水流が冒険者たちを取り囲んでいた。その中心で、巨体の影がゆらりと動く。


「――来るぞッ!」


 アルガードの声と同時に、水を切り裂く咆哮が響き渡った。

 現れたのは、深海エリアの主・海竜レヴィアトル。その全長は数十メートル、鋭い牙と鱗が冷たい光を放つ。


 巨体が水を掻き、津波のような衝撃が迫る。ジーナは咄嗟に杖を構えたが、その圧倒的な威圧感に体が凍りつきそうになる。


「怯むな、ジーナ!」


「わかってるッ!」


 アルガードが突き抜けるように前へと躍り出た。全身に魔力を集中し、槍に雷を宿す。

 深海を裂く稲光が走り、海竜の目が驚愕に揺れた。


雷撃刺突ライトニング・インペイル――ッ!!」


 轟音と共に雷の奔流が水を伝い、レヴィアトルの巨体を貫いた。水流を増幅器としたその一撃は凄まじい威力を発揮し、海竜の身体は痙攣し、やがて深淵へと沈み込む。


「……やった、の……?」


 マチルダが息を整えながら呟いた。

 しかし、その安堵は長く続かない。


 ――ドォォン。


 深海の闇を裂いて、さらに二つの巨大な影が現れたのだ。

 双頭の海竜が二体…否、三体のレヴィアトルが冒険者たちを囲む。


「うそ……これ、勝てるわけ……!」


「クソッ……ここまでか……」


 絶望が胸を締めつける。

 しかし、その中でマチルダの瞳だけは揺らがなかった。彼女は杖を握り、額に汗を滲ませながら呟く。


「……違う。これは……幻……」


 彼女の手から柔らかな光が放たれ、空間を浸す水が揺らぐ。

 まるで蜃気楼が解けるように、双頭の海竜の幻影が消え失せ、闇の奥に別の存在の影が現れる。


 それは白銀の尾鰭を持つ、美しき人魚の女。

 その瞳は深海のように青く、しかし涙のような悲哀を湛えていた。


「……あら。気付かれましたのね」


 澄んだ声が水を震わせ、冒険者たちの鼓膜を打つ。

 美と恐怖を併せ持つその存在に、ジーナは息を呑んだ。


「……まさか……六大将……?」


 女は微笑む。その笑顔はあまりに美しく、しかし冷たい。


「わたくしの名は、悲しみのペシミスティ。奈落の深淵へようこそ、勇敢な冒険者たち」


 その言葉と共に、水底の闇がうねりを上げた。

 奈落六大将の一人が姿を現した瞬間、深海は戦場へと変わった。

キャラクター紹介 No.2

【アルガード=ドラコニス】

王国騎士団において若くして頭角を現し、槍を手に奈落へ挑んだ天才冒険者。

その豪胆さと不屈の闘志から仲間たちを鼓舞する存在であり、奈落第五層の炎の主・インフェルノバハムートとの死闘でも先陣を切って戦った。

原作では常に冷静沈着で丁寧な言葉遣いを崩さない騎士らしさが印象的だが、本作で描かれる若き日のアルガードはまだ血気盛んで青さが残っており、無鉄砲さと情熱を前面に出して戦いに身を投じている。

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