最終話 奈落創世
滅びた世界の静寂は、あまりにも重かった。
大地も海も空も、すべては死に、時の流れも止まっていた。
唯一、意思を持つ存在・シャスエティ。
彼は目を閉じ、深く息をついた。
「もう……壊すだけの人生は終わった」
虚空から、彼の力がほとばしる。
【奈落 第十一層 楽園】
青空が広がり、花が咲き、風が流れる、美しき箱庭が生まれた。
人類に似た新たな生命が芽吹き、遊び、争い、恋をし、笑い、泣く。その愚かさと美しさに、シャスエティは初めて「愛おしい」と思った。
だがその心に、内なる声が響く。
漆黒の深奥から、大魔王マリスの悪意が揺れ動いた。
『くだらぬ。壊せ。弄べ。焼き払え。それこそが我らの本能だ』
シャスエティの掌が震え、創られた命が怯む。
それでも、彼は叫ぶ。
「違う……俺は、壊すためにここにいるのではない!
愛してしまったんだ、この小さな世界を!」
マリスの声が荒ぶる。大地が軋み、空が唸る。
だがシャスエティの決意は揺るがない。
そして、マリスは初めて沈黙した。
やがて、静かに、低く、声が返る。
『良かろう。ならば見せてみよ、この先の物語を』
こうして、第十一層は真の“神の箱庭”として息づき始めた。
そして、いつのまにかシャスエティの内奥から姿を現し、具現化したマリス。
いまではシャスエティとともに箱庭を愛でる、唯一無二の相棒となった。
絶望の奈落は終わりを告げた。
そして新たな世界は、創造と愛の名の下に、永遠の静寂の中で息づき始めた。
奈落の楽園は、静かに息づいていた。
青空には柔らかな風が吹き、花々は色鮮やかに咲き乱れ、小川は光を反射しながらせせらぐ。
そこには、かつての人類に似た小さな生命たちが暮らしていた。喜び、争い、恋をし、泣き、笑う。すべてが自然の営みであり、無邪気で愛おしい。
シャスエティは玉座から離れ、時には木陰に座り、時には水面に映る小さな生き物を見つめる。
隣には、具現化したマリスが肩を並べ、同じく箱庭の生命たちを見守っていた。
「魔王様も、随分と楽しそうに見ていますね」
シャスエティが微笑むと、マリスもゆっくりと頷く。
「この小さな世界を、眺めているだけで十分だ」
日々は穏やかに流れ、争いも絶えないが、誰も命を奪うことはない。むしろ、失敗も学びもすべて、生命たちの成長となる。
シャスエティは、自分が守るべき世界に満足し、マリスと過ごす時間に安らぎを覚えていた。
だが、時折思うこともある。
力も、支配も、絶望もすべて捨てた。果たして、これで本当に楽園なのか。
彼らが永遠にこの箱庭で生きるなら、それは幸福なのか。それとも、外の世界から見れば、最悪の結末にすぎないのか。
シャスエティはマリスにそっと目を向ける。
「……あなたと一緒なら、それでいいのかもしれない」
マリスは箱庭の小さな生命たちを指で軽く撫でる。
…けれど遊び心も失われていなかった。
ーーーー
果たしてこれは、幸福な結末なのか?
人類にとっては、これは最悪の物語ではないだろうか。
箱庭の楽園は、静かに、しかし確かに息づき続ける。誰の目にも、答えはまだ見えないままに。
ーーー 完 ーーー
キャラクター紹介 No.18
【大魔王マリス】
破壊と悪意の象徴として生まれたが、真の悪にはならず、観察者・助言者としての立場を選んだ。
その力は奈落を超え、あらゆる世界の法則に干渉できるが、目的は常に退屈を紛らわせること。戦いや破壊に執着せず、むしろ静かに世界を見守り、時に助言を与える。悪にも善にも属さない、破壊と創造の狭間に立つ存在。




