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奈落の果ての異譚集  作者: 黒瀬雷牙
魔王の目覚めと世界の終焉
19/31

最終話 奈落創世

 滅びた世界の静寂は、あまりにも重かった。

 大地も海も空も、すべては死に、時の流れも止まっていた。


 唯一、意思を持つ存在・シャスエティ。

 彼は目を閉じ、深く息をついた。


「もう……壊すだけの人生は終わった」


 虚空から、彼の力がほとばしる。


【奈落 第十一層 楽園】


 青空が広がり、花が咲き、風が流れる、美しき箱庭が生まれた。


 人類に似た新たな生命が芽吹き、遊び、争い、恋をし、笑い、泣く。その愚かさと美しさに、シャスエティは初めて「愛おしい」と思った。


 だがその心に、内なる声が響く。

 漆黒の深奥から、大魔王マリスの悪意が揺れ動いた。


『くだらぬ。壊せ。弄べ。焼き払え。それこそが我らの本能だ』


 シャスエティの掌が震え、創られた命が怯む。

 それでも、彼は叫ぶ。


「違う……俺は、壊すためにここにいるのではない!

 愛してしまったんだ、この小さな世界を!」


 マリスの声が荒ぶる。大地が軋み、空が唸る。

 だがシャスエティの決意は揺るがない。


 そして、マリスは初めて沈黙した。

 やがて、静かに、低く、声が返る。


 『良かろう。ならば見せてみよ、この先の物語を』


 こうして、第十一層は真の“神の箱庭”として息づき始めた。

 そして、いつのまにかシャスエティの内奥から姿を現し、具現化したマリス。

 いまではシャスエティとともに箱庭を愛でる、唯一無二の相棒となった。


 絶望の奈落は終わりを告げた。

 そして新たな世界は、創造と愛の名の下に、永遠の静寂の中で息づき始めた。


 奈落の楽園は、静かに息づいていた。

 青空には柔らかな風が吹き、花々は色鮮やかに咲き乱れ、小川は光を反射しながらせせらぐ。

 そこには、かつての人類に似た小さな生命たちが暮らしていた。喜び、争い、恋をし、泣き、笑う。すべてが自然の営みであり、無邪気で愛おしい。


 シャスエティは玉座から離れ、時には木陰に座り、時には水面に映る小さな生き物を見つめる。

 隣には、具現化したマリスが肩を並べ、同じく箱庭の生命たちを見守っていた。


「魔王様も、随分と楽しそうに見ていますね」


 シャスエティが微笑むと、マリスもゆっくりと頷く。


「この小さな世界を、眺めているだけで十分だ」


 日々は穏やかに流れ、争いも絶えないが、誰も命を奪うことはない。むしろ、失敗も学びもすべて、生命たちの成長となる。

 シャスエティは、自分が守るべき世界に満足し、マリスと過ごす時間に安らぎを覚えていた。


 だが、時折思うこともある。

 力も、支配も、絶望もすべて捨てた。果たして、これで本当に楽園なのか。

 彼らが永遠にこの箱庭で生きるなら、それは幸福なのか。それとも、外の世界から見れば、最悪の結末にすぎないのか。


 シャスエティはマリスにそっと目を向ける。


 「……あなたと一緒なら、それでいいのかもしれない」


 マリスは箱庭の小さな生命たちを指で軽く撫でる。

 …けれど遊び心も失われていなかった。


ーーーー


 果たしてこれは、幸福な結末なのか?

 人類にとっては、これは最悪の物語ではないだろうか。


 箱庭の楽園は、静かに、しかし確かに息づき続ける。誰の目にも、答えはまだ見えないままに。


ーーー 完 ーーー

キャラクター紹介 No.18

【大魔王マリス】

 破壊と悪意の象徴として生まれたが、真の悪にはならず、観察者・助言者としての立場を選んだ。

 その力は奈落を超え、あらゆる世界の法則に干渉できるが、目的は常に退屈を紛らわせること。戦いや破壊に執着せず、むしろ静かに世界を見守り、時に助言を与える。悪にも善にも属さない、破壊と創造の狭間に立つ存在。

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