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奈落の果ての異譚集  作者: 黒瀬雷牙
冒険者は奈落で堕ちる
12/31

影縫いの選択

【奈落 第四層 古城エリア】


 クロスは、静かに刀身を研いでいた。薄闇の地下室。鉄の匂いが漂う中、目の奥に宿る深紅の光は、冷たい殺意そのものだった。


 標的はただ一人。

 解剖医サリヴァン…エリスの命を奪った、あの男。


 あの日からずっと、クロスの心臓は一度たりとも休んでいない。生き延びること、力を得ること、殺すこと。それだけを目的に、呼吸を続けてきた。


 そこへ、扉が小さく軋み、ひとりの盗賊が姿を現した。細身の青年・ペイルは、フードを深くかぶりながら耳打ちする。彼は盗賊でありながら、冒険者ギルドに“潜入”するスパイとして暗躍していた。


「大きな動きがある。ギルドが、ついに本気を出すらしい」


 ペイルは、そこにいた盗賊達に報告を始める。


「……本気?」


「ああ。七芒星のNo.3ゴリアテと、No.4アンナが、あの大剣王・グレン=スカイウォードのパーティを壊滅させた。それが引き金になった。大規模な掃討作戦だ」


 クロスの手が、自然と柄を握りしめていた。

 心臓が脈打つ。静かに、しかし確実に。


「……来るのか。ついに」


 ペイルは頷き、声を潜める。


「第四層へは、Sランクを中心とした大部隊が向かう。奴らの先頭には最強の男・アルガード、異国の剣聖・ムラサメ、天弓・イグニス、そして白銀の戦乙女・ヒルダと光の神に愛されし者・マチルダ。トップクラスの顔ぶれだ」


 冒険者ならば誰もが知る名前。その中に、亡き父の親友にして、伝説の冒険者であるムラサメの名前があったことがクロスを驚かせた。


【決戦の日 奈落第四層】


 奈落の古城が、戦の気配で震えていた。

 天井の裂け目からわずかに漏れる瘴気の光を背に、数百の冒険者が一斉に進撃を開始する。


「前衛部隊、突入!」

「治癒班、後方から支援を!」


 鋼の咆哮と魔力の爆ぜる音が、奈落を揺らす。

 戦場の中心、先陣を切って槍を振るう男がいた。

 アルガード。その一撃は風を裂き、数十メートル先の壁ごと盗賊を穿つ。


 その隣には、無駄のない動きで敵を切り伏せる、剣聖・ムラサメ。

 白い髪をなびかせて斬撃を放つヒルダ。

 そして、祈りの言葉と共に仲間を癒し続けるマチルダの姿もあった。


 盗賊団ブラッドムーンと、冒険者ギルドの総力戦が幕を開けた。


 混乱と轟音の中、クロスは一人、影の中を進んでいた。標的はサリヴァン。だが、予期せぬ“出会い”が彼を立ち止まらせる。


「……お前……クロス、なのか?」


 声の方へ目を向けた瞬間、時間が止まった。

 そこに立っていたのはフローレンス。あの日、死人騎士の前で殿となり、命を落としたと思っていた仲間だった。美しい顔には、斜めに切り傷が走っている。おそらく、あの時にできた物だろう。


「クロス!生きていたのか……!」


「フローレンスこそ……よく、生き延びたな……」


 そして、もう一人。戦場の混沌の中から駆けつけた女性がいた。

 マリー…あの時、偶然別行動を取っていたために生き残った、最後の仲間。


「クロス……!」


「マリー……本当に、お前……!」


 言葉にならなかった。涙を流す余裕など、とうの昔に失っていたのに、目の奥が熱くなる。


 しかし、その再会の一瞬は、あまりにも脆く、儚かった。


「……油断しすぎよ」


 背後から、影が伸びた。刃のように鋭い影が、フローレンスとマリーの背を狙う。


「アルカトラ……!」


 気配だけでわかった。七芒星の刺客、《影縫い》アルカトラ。影が二人を貫こうとする、その刹那――


 ズンッ!


 地を叩く衝撃音。次の瞬間、黒い刃は空を切り、影は霧のように掻き消えた。


 アルカトラの瞳が、ほんの僅かに揺れる。


「……止めた、だと?」


 影の前に立ち塞がっていたのは、赤き瞳のクロス。


 紅く輝く双眸が闇を裂き、周囲の空気すら震わせていた。人間離れした反応速度と身体能力。

 それは、もはや()ではない存在。


「二人に……指一本、触れさせない」


 クロスの声は静かだった。だが、その一言には、七芒星すら戦慄させる圧が宿っていた。アルカトラは一歩引き、口元に微かな笑みを浮かべる。


「……面白い。やはり、君はただの駒では終わらないようね」


 影と影が交錯する戦場。かつての仲間との再会が、クロスの心に再び人の灯をともした。


 互いの気配が交錯し、時間だけが止まったかのような静寂が訪れた。

 黒衣の刺客《影縫い》アルカトラは、影の刃をすっと霧散させ、ゆっくりと両の手を広げる。殺意は消えていた。


「……悪いけど、私は君と戦いたくない」


 不意の言葉に、クロスは眉をひそめる。血の気が引いたような冷たい表情のまま、彼は問い返した。


「なぜだ。七芒星としての任務じゃないのか?」


 アルカトラは小さく笑い、そして、ほんの一瞬だけ遠い過去を見るように目を伏せた。


「任務? そんなもの、とっくにどうでもよくなったのかもしれないな……」


 影がゆらめく。戦場の喧騒が遠くに消え、まるでこの場所だけが別世界のようだった。

 アルカトラは、ゆっくりと語り始める。


「……幼い頃、村が盗賊団に襲われた。家も、畑も、家族も、全部焼かれた。あの日から、私に残ったのは、生き残るという本能だけだった」


 淡々とした声だったが、そこにこびりついた痛みは深かった。


「生き延びた私は、襲撃した盗賊団に拾われた。盗むことでしか食えず、殺すことでしか存在を許されない世界。だから私は信じていた。奪わなければ奪われる、それだけがこの世界の真理だと」


 フローレンスとマリーは、黙ってその告白を聞いていた。彼女の冷徹な瞳の奥に、かつての“少女”の面影が見えたような気がした。


「でも……君たちを見たとき、少しだけ違う考えがよぎった」


 少しの沈黙が流れた後、アルカトラは続ける。


「同じ歳くらいで、必死に足掻いて、笑って、仲間を想って……そんな姿を見たとき、ふと思ったんだ。もしかしたら、友達になれるかもしれないって」


 静かな吐露だった。それは、暗殺者の口から出るにはあまりにも人間らしく、あまりにも弱い、少女のような言葉。


「だからあの時、君たちを生かした。冷たい空気を出したが…他の奴らを納得させるにはあれしかなかったんだ」


 クロスはしばらく言葉を失っていた。復讐だけを糧に進んできた心に、わずかな迷いが生まれたのを、自分でも感じていた。


「……なら、なぜ今ここにいる。なぜ、七芒星のままでいる?」


 その問いに、アルカトラは薄く微笑む。どこか自嘲の色を帯びた笑みだった。


「それしか生き方を知らないからだよ。奪うことでしか、生きられなかったから。けど――」


 影がふっと揺れ、クロスの前に膝をつく。


「今だけは、君の邪魔をしない。サリヴァンを殺したいなら、止めはしない。……それが、あの時の私の選択への答えだ」


 刺客でありながら刃を納め、敵でありながら手を引く者。その姿に、クロスは初めて七芒星の中に人間の顔を見る。


 そして、心の奥底に、ひとつの言葉が浮かんだ。


(奪わなければ、奪われる。そうじゃない世界を……エリスは、見たかったのかもしれないな)


 再び、クロスの瞳が深紅に燃える。


「ありがとう、アルカトラ。だが、俺は止まらない」


「ああ、それでいい」


 互いに背を向け、別の道を進む。

 この戦場で、刃を交えることはもうないだろう。


 だがその一瞬、確かに二人の心は交わっていた。

 それは、かつて奪うしか知らなかった者が、与えることを選んだ証だった。


 そして、クロスの復讐の刃は、いよいよ解剖医サリヴァンへと向かっていく。

キャラクター紹介 No.12

【ムラサメ】

異国出身の伝説的剣士で、冒険者の中でも屈指の実力を誇る。冷静沈着で無駄のない戦闘スタイルを持ち、一撃一撃に確実性を宿すため「剣聖」と称される。剣の扱いは柔軟かつ正確で、複数の相手を相手にしても無駄なく圧倒することが可能。

戦場では自身の剣技だけでなく、仲間の動きを見極め最適なサポートも行い、常にパーティ全体の勝利を優先する戦術家でもある。表情は淡々としているが、心の奥には戦いと鍛錬を愛する真摯な信念が宿っており、その強さと冷静さは敵味方問わず尊敬と恐怖を同時に集める存在。

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