絶望の第一層
【奈落 第一層 遺跡エリア】
奈落…その名の通り、地上の光を拒絶する深淵の世界。
クロスは息を切らし、湿った石床に膝をついた。目の前で、仲間のジャンが断末魔の叫びを上げる。
「ぐあああっ!!」
無慈悲に振るわれる剣。死人騎士の狂刃は容赦なく、ジャンの体を真っ二つにした。
血の匂いが鼻腔を突き、恐怖で手が震む。クロスは剣を握る力も、走る力も、すべて奪われたようだった。
「……ジャン……」
後ろから、エリスとフローレンスのすすり泣く声が聞こえる。二人もまた、絶望で動けなくなっていた。
死人騎士…騎士の姿をしたモンスターは、冷たい鉄の眼で三人を見下ろす。
クロスはわずかに立ち上がろうとした。仲間を失った怒りと、必死に守らねばならないという責任感が交錯する。だが、体は重く、視界が揺れる。
死人騎士の一撃が、再び空気を切る。クロスはかろうじて剣で防ぐも、膝から崩れ落ちそうになった。
その瞬間、エリスが小さな魔法陣を描き、風の矢を放つ。しかし矢は死者の鎧に弾かれ、効果は皆無。
絶望。恐怖。無力感…それらが三人を取り囲み、心を重く縛った。
そして、クロスの耳に、仲間ジャンの最期の声が残響として響いた。
「……行け……先に……」
だが誰も、もう前に進めない。奈落は、すべての希望を飲み込む暗黒の淵だった。
【奈落 第一層 遺跡エリア 続き】
クロスとエリスは、膝の震えも止まらぬまま、遺跡の廊下をがむしゃらに走った。
足音が反響し、湿った石壁にぶつかるたびに心臓が跳ねる。背後で死人騎士の重い鎧の響きが続く。
「く……くそっ……!」
クロスは息を切らしながら叫ぶ。エリスもまた、涙で視界がにじむ中、杖を握りしめたまま前に進むしかなかった。
だが、走れども走れども、迷路のような遺跡は出口を見せない。
光はなく、湿った闇が二人を包み込む。
「……ここ、どこ……?」エリスの声は、恐怖と疲労で震えていた。
一方、後ろを守る立場になったフローレンスは、膝をつき、呼吸を整えていた。
冷たい汗が額を伝う。心の奥で、仲間を逃がすために自分が殿になる覚悟が芽生えていた。
「……もう、私しかいない……ここで、食い止める……」
拳を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。闇に沈む遺跡の奥から、死人騎士の鉄音が近づいてくる。
その頃、クロスとエリスは完全に迷子になっていた。廊下は同じ形の分岐が続き、恐怖で感覚が麻痺していた。やがて、遠くから異様な声が聞こえた。笑い声。
「おやおや、迷子の子羊ちゃんたちかな?」
二人が駆けつけると、闇の中に黒い衣服に鋭い刃を光らせる盗賊たちが姿を現した。
「ブラッドムーン……?」クロスの唇が震える。
盗賊たちは奈落の探索者を狩ることで名を馳せた、無慈悲な集団だった。
1人の男が近づき、残忍な笑みを浮かべた。
「迷子か?女の方は綺麗な顔立ちだな…いくらになるかなぁ」
クロスとエリスは互いに目を見合わせ、絶望の果てに膝をついた。
「お願いです……殺さないで……助けてください……」
二人の声は震え、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
盗賊たちの笑みがさらに深くなる。
「フフ……面白い。お前ら、これからどうなるかな……」
奈落の闇は、まだ二人を完全に飲み込もうとしていた。
だが、その瞬間、どこからか微かな光が、かすかに闇を切り裂いた。
盗賊たちが笑みを深めたその瞬間、静かな足音が廊下に響いた。
「……邪魔しないで」
現れたのは影縫いのアルカトラ。肩にある七芒星の刺繍は、ブラッドムーンの大幹部・七芒星の証。
黒い装束に身を包み、長い髪は闇に溶け込むように揺れ、鋭い瞳だけが冷たく光っていた。
クロスやエリスと同年代に見えるが、その佇まいは鋭く、圧倒的にクールだった。
「どうかしましたか?アルカトラ様」
「…少し話をするだけ」
声は低く、無駄のない冷たい響きで、盗賊団の空気すら凍らせた。
アルカトラはクロスとエリスの前に歩み寄り、視線を交わす。
「君たち、ここで死にたくないだろう」
クロスは声を震わせ、膝をついたまま答えた。
「で……でも……あなたたちは盗賊……」
アルカトラは微笑まなかった。ただ、クールに静かに言った。
「うん、盗賊よ。でも、ここで命を失うよりずっとマシだ。奈落は、逃げるだけじゃ生き残れない」
彼女の声には揺るぎがなく、感情を押し殺した冷静さがあった。
「私たちと組まない?」
その瞳が、絶望に沈む二人を静かに見据える。
エリスは震える声で訊ねた。
「でも、どうして……助けてくれるんですか?」
アルカトラは肩を軽くすくめ、冷たい微笑を浮かべる。
「……理由は簡単。君たちには、まだ使える価値がある。それだけ。でも、ここで死ぬよりはマシでしょう?」
クロスはエリスと視線を交わす。迷子になり、絶望の中で追い詰められた二人にとって、アルカトラの存在は、冷たくも確かな希望の光だった。
盗賊は口を開きかけたが、アルカトラの鋭い視線一つで黙らされた。
「決めるのは君たち自身。無理に従う必要はない。でも……死ぬ覚悟はあるの?」
クロスとエリスは、膝をついたまま握り合う。
奈落の闇の中、冷たいアルカトラの眼差しが、二人の未来への扉を静かに差し伸べたのだった。
キャラクター紹介 No.10
【影縫いのアルカトラ】
盗賊団ブラッドムーンの幹部にして、七芒星を背負う刺客。冷徹かつクールな性格で、常に最小の動きで最大の効果を生み出す。奈落の闇に紛れ、瞬時に影を操り対象の動きを封じる忍術や、影に紛れての暗殺を得意とする。
暗闇と静寂を自在に駆け、同年代の冒険者であっても戦場では一瞬で圧倒する。その鋭い洞察眼は相手の心理と戦術を正確に読み取り、必要な時にだけ助言や誘いを差し伸べるため、絶望に沈む者にとっては冷たくも救いとなる存在。




