意志を継ぎ、立ち上がる者達
【冒険者ギルド 緊急報告室】
深夜のギルドは、普段の喧騒を忘れたかのように静まり返っていた。
扉が乱暴に開け放たれる音が響き、数人の職員が驚きの声を上げる。
そこに現れたのは、血にまみれたボロボロの男――異国の剣聖、ムラサメだった。
肩で荒く息をつき、全身に斬撃や火傷の痕を残しながらも、その目だけは鋭く冴えていた。
「……緊急、報告だ。奈落第十層……六体の……化け物が……」
声は掠れ、唇は乾ききっていたが、彼の言葉の一つ一つはギルドの空気を一瞬で張り詰めさせる。
周囲の職員たちは慌ただしく動き出し、緊急報告室にムラサメを案内した。
【報告室】
ギルドの幹部や高位冒険者たちが集められる中、ムラサメは深呼吸をし、血のにじむ拳を握りしめる。
彼の正面には、ジークの妹であり若き冒険者――ジーナが立っていた。
弟子時代から兄と義姉に憧れ、彼らの背中を追い続けてきた少女だ。
「ムラサメさん……兄さんは……ジーク兄さんは?」
震える声が部屋に響いた。
ジーナの問いに、ムラサメは目を伏せる。
「……すまん。……ジークは……そして、グロリアも……もう、帰っては来ない」
その言葉は刃のように鋭く、ジーナの胸を切り裂いた。
少女の顔色が瞬く間に蒼白になり、足元が崩れ落ちそうになる。
「う、そ……そんな……だって、あの二人は……あの二人は最強の……」
ジーナの言葉は途切れ、嗚咽に変わった。
ムラサメは唇を噛み、静かに首を振る。
「……六体の怪物たち――『奈落六大将』。奴らは人の理解を超えていた。俺たちは全力で戦った。ジークも、グロリアも……最後まで俺を逃がすために……」
声が震えるのを抑えながら、ムラサメは拳を握り締める。
その瞳には、仲間を救えなかった後悔と怒り、無念の炎が宿っていた。
「……ジークは最期までお前の名前を呼んでいた。クロスに……謝れ、と。……お前のことを……ずっと心配していた」
ジーナはその場に崩れ落ち、泣き叫んだ。
彼女の悲鳴のような嗚咽が、報告室を震わせる。
ギルドの幹部たちでさえ、その場の空気に押し黙るしかなかった。
後日、ジーナは兄と義姉の形見となった剣とローブを抱きしめ、ひとりギルドの訓練場に立っていた。
涙はもう出なかった。ただ胸の奥に燃える感情がひとつだけ残った。
「……兄さん。グロリア姉さん。私は……絶対にあいつらを倒す。六大将なんて、絶対に……」
その目にはかつての兄ジークと同じ、決意の炎が宿っていた。
この瞬間から、ジーナの旅は始まった。
兄の遺志を継ぎ、奈落に潜む六大将を討ち滅ぼすための――決死の旅が。
【奈落 第五層 火山エリア】
灼熱の熱風が吹き荒れる中、三人の若き冒険者は、巨大な炎の魔獣と対峙していた。
全身を紅蓮の鱗に覆い、口から灼熱のブレスを吐く第五層の主、インフェルノバハムート。
その咆哮だけで足元の岩が砕け、空気が震える。
「……でけぇな。これ、ドラゴンより強いだろ」
アルガードは汗を拭いもせず、槍を構えたまま笑った。彼の背には恐怖ではなく、燃え上がる闘志が宿っている。
王国騎士団から派遣され、わずか一年で奈落第五層に到達した天才――その名声は既にギルド内で囁かれていた。
彼もまた、背中を追い続けた憧れの先輩・ヴァンガードを奈落六大将に葬られている。
「冗談言ってる場合!? インフェルノバハムートの一撃食らったら跡形もなくなるわよ!」
ジーナの怒鳴り声が響く。炎の魔法を扱う彼女の姿は、誰よりも勇ましかったが、心の奥底には悲しみと責任感が渦巻いていた。
「ジーナ、集中して。後方は私が守る」
マチルダは聖杖を掲げ、仲間の体を癒す光を放つ。
姉・アシュリーを六大将に奪われた彼女もまた、復讐の炎を胸に秘めていた。
白魔道士としての優しさはそのままに、瞳は戦士のものに変わっている。
「行くぞッ!」
アルガードが大地を蹴り、インフェルノバハムートの懐に飛び込む。
咆哮と共に炎のブレスが吐き出された瞬間、ジーナの詠唱が完成する。
「フレイムシールド! アルガード、今!」
「助かる!」
炎の障壁がブレスを弾いた一瞬の隙に、アルガードの槍が閃いた。
槍先はインフェルノバハムートの顎下を貫き、獣の巨体を後退させる。
「ジーナ、援護を! 私は回復を続ける!」
「任せて!」
魔力の奔流がジーナの体を駆け巡り、次の詠唱が放たれる。
「イラプト・ブレイズ――!」
無数の炎弾がインフェルノバハムートを襲い、その咆哮が洞窟を震わせた。
数十分に及ぶ死闘の末、インフェルノバハムートは崩れ落ちた。灼熱の体が大地に沈み、炎が散る。三人は互いに背を預け、荒い息を吐いた。
「……やった、のか?」
アルガードの問いに、ジーナは杖を握りしめたまま小さく頷く。
「うん……これで、第五層は突破。兄さん……見てる? 私は……ここまで来たよ。」
瞳に宿る炎は、兄ジークの遺志を継ぐ決意そのものだった。
戦いの後、ジーナは胸元から小さな護符を取り出した。それは、幼い甥・クロスのために作られたお守りだった。
奈落から命からがら戻ったムラサメは、彼を自らの故郷ではなく、マチルダの故郷・キキモラ村の教会へと預けた。
そこにはマチルダとアシュリーの兄であり、教会を任される穏やかな神官・ダニーが暮らしている。
ダニーにはクロスと同じ年頃の娘がいた。
名前はマリー。
クロスとマリーはまだ二歳の幼子だが、村の小さな礼拝堂で一緒に遊ぶ姿が目撃されることもしばしばだった。
ダニーはクロスを我が子同然に抱きしめ、祈りを捧げる。
マチルダにとっても、甥クロスは姉の面影を残す大切な存在となっていた。
「……クロスは、無事なんだよね」
ジーナの問いに、マチルダは静かに微笑む。
「ええ。兄さんがきちんと見てくれてるわ。……マリーも一緒だから、きっと寂しくはないはず。」
ジーナは小さく頷き、護符を握りしめた。
「……絶対に六大将を倒して、クロスを迎えに行く。あの子に、平和な世界を見せるんだ」
その決意に、アルガードが口角を上げる。
「なら、なおさら負けられねぇな。私たちで、必ず奈落を越えてやる」
火山の熱風が吹き荒れる中、三人の心には固い絆が芽生えていた。
兄や姉を失った悲しみを背負い、未来を生きる幼子たちのために――若き冒険者たちはさらなる深層を目指す。
キャラクター紹介 No.1
【ジーナ=ユグフォルティス】
最強と謳われた兄ジークと義姉グロリアを奈落六大将との戦いで失い、その遺志を継ぐべく炎の魔法を武器に仲間と奈落へ挑む。
類まれなる魔力と勇猛果敢な性格から「主人公のジーナ」と呼ばれるほどの存在となり、その実力は一流。
このifストーリーでは甥クロスを育てる道ではなく兄の仇討ちを選んで戦いに身を投じるが、本編では冒険者を引退し、女手ひとつでクロスを育てる道を歩む女性である。