中編
久しぶりに夢をみたんだ
それはとても心地よいものだった
いつもは夢をみてもすぐ忘れてしまうのだけれど
その夢を忘れることはなかった
それがこの物語の始まりだったんだ
きっと私が心の狭い人間なんだろう
そう自分に言い聞かせてもやっぱり納得できない
仕事が忙しいのは解るけど、約束してる日ぐらいなんとかならないのかな
今だに既読にもならないし、どうしたっていうの?私なにか悪いことした?
こうやって心の中ぐらいは愚痴らせてもらいますけどね
まぁこういうことがあると、穴埋めとして美味しいスイーツとか色々探して持ってきてくれるから、つい許しちゃうんだけどね
意外とポイント押さえてくるから、悪くはないんだけどそういうことできるなら最初から普通に約束通りしてよ
ってやっぱりそんな風に考えちゃう私は心の狭い人間か
あー、自己嫌悪する
やっぱり既読になってないか
ずっと仕事忙しそうだったし、この前も久しぶりの連休だって言ってたけど私の為に使っちゃったしな
よし、向こうから連絡くるまではそっとしとこうかな
心に余裕を持っていこう、そうしよう
って3日経ちましたけど返事どころか既読になりませんけど
私からはしないって決めたからな
心広く…でも連絡しないって決めたけど、会わないとは決めてないし、家行っちゃおうかな
でもいきなり行ったら駄目だよね…そんな女ウザいよね…
でも私彼女だし良いよね?
日曜日は休みなはずだから、次の日曜日まで連絡無かったら家行っちゃおうかな
まぁそれまでには連絡もくるだろうし、そうしよう
日曜日になってしまった…連絡こず…
むしろこれは家にこられても仕方ないよね
というか普通心配して行くよね
うん、私は悪くない、当然のことだよね
彼の家に向かいながらそう言い聞かせていた
チャイムを鳴らしても全然反応が無い
さすがにスマホを鳴らすと私は決めた
既読にならない、着信も出ない
家に行けば普通に彼は出てくると思っていた
連絡すれば声が聞けると思っていた
楽観的な感情は不安になり、そして怒りに変わっていった
一体何なの?!どうしちゃったの?訳わかんない
なんだか色々な感情が混じり合って、ドアの前では座りこんで虚しく時間だけが過ぎていった
私何してるんだろ
あー、自己嫌悪
もう帰ろうとしたときに、私に一人の50代ぐらいの女性が声を掛けてきた
「あのー、あなたどうしたの?大丈夫?」
「あっ、すいません大丈夫です」
私は素早く立ち上がり足早に離れようとした
「もしかして、なつきさん?」
「えっ?」
私の名前を呼ばれ足が止まる
「そうですけど…?」
「急に呼んでごめんなさいね、息子からあなたのことを聞いていたものだからもしかしてと思って」
彼のお母さんだった
「あっ、はじめまして 美空なつきです」
まさかの初対面がこんな状況で感情がぐちゃぐちゃになっていて、きっと言葉と表情がぎこちないものだったと思う
「わざわざ来てくれたのにごめんなさいね…実は息子は今入院しててね」
「えっ…入院…」
そこからはまるでドラマが始まったかのようだ
私も現実ではないような感覚、ほんとにこうことが起こるんだと逆に冷静に話を聞いていた
「お医者様がいうにはまだ20代だから回復する見込みはあるけど、脳のダメージの具合でなんとも…」
彼のお母さんもどこか上の空というか現実を受け止められていないような、淡々と私に彼の状態を説明してくれた
私は彼の入院している病院を教えてもらい、お母さんとも連絡先を交換してその場を去った
帰り道に色々考えた、余計なことを色々考えた
いらない情報をいっぱい考えた
そうしないとひとつのことだけが頭に残ってしまう
植物状態…
それってもう一緒に出かけたり話したりできないってこと?
くだらないことして笑ったり、色々未来のことを想像したりできないってこと?
そんなの嫌だよ…
ここまできて私のことばかり…
そんな私は、最低だ
でも、やっぱり彼と…ふゆきと一緒に未来を描けないなんて嫌だよ…
家に着いた途端に色々頭の中で駆け回っていたものが、完全停止したと同時に涙が溢れて止まらなかった
ただただ泣いた
私は泣きながらいつの間にか寝ていた
朝になり涙で腫らしたら目をみると、昨日聞いたことは夢じゃないのだと思った
仕事に行く気が起きない
どうしよう…でも行かないと…
会社に電話して休もうかな
そう思いスマホを手に取ると、一件のメッセージがきた
「ありがとう 花火綺麗だね 一緒に隣で観たかったな」
えっ…ふゆきから…
私はすぐに彼のお母さんに電話した
「あの、朝早くすいません、今彼から、そのふゆきさんから、メッセージが、そのきて…その…」
焦って早口になる私の言葉を彼のお母さんは優しい相槌を打ちながら聞いてくれた
「そうなのね、連絡ありがとうね、でもごめんなさいね」
「あの…」
「息子のスマホは壊れてて操作ができないままの、もしかしたら送れなかったやつが今きたのかもね、私は機械が苦手だからよくわからなくてごめんなさいね」
「あっ、はい…朝早くからほんとにご迷惑でしたよね、すいません」
「いいのよ、何かあったら気兼ねなく連絡頂戴ね」
「ありがとうございます、失礼します」
電話を切ると私には何故か確信的なものがあった
もう一度彼と花火を見に行く
それは実現する
私が送った花火の動画には既読が付いていた
それから3年程経った
彼は変わらず目覚めていない
変わったことは彼のお母さんと仲良くなりランチや買い物にも行くようになったこと
面会に行くようになり、最初は現実を改めて突きつけられ悲しい気持ちが大きかったが今では、普通に話しかけられるようになったこと
あとは、アラサーになったことぐらいか
そんなある日いつものようにランチの誘いをうけた
ただ、その日はいつもと違い家に招待されたのだ
家に着くと彼のお母さんだけでなくお父さんも一緒だった
豪華なランチを振る舞ってもらい、楽しく過ごしたのだけれどお父さんの雰囲気が変わったのが解った
お父さんが辛そうな顔で立ち上がると、膝を付き、手を突きだし額を床に押しつけた
土下座だった
「今まで息子の為に本当にありがとう、そして本当に申し訳無い」
「えっ?…あのそんな頭を上げてください」
お父さんはそのまま続けた
「正直このままではあなたの人生まで狂わせてしまう、いやすでに思っていた未来を過ごしていないと思う、もうこれ以上は息子とは関わらずにどうか新しい道を歩んでほしい、本当に申し訳無い」
私は何も言えずにいた
お母さんが涙を浮かべながら優しく口を開いた
「本当にごめんなさいね、私達はなつきさんに甘えてしまって本当に一緒にいて楽しい時間を過ごせたの、でもこのままではなつきさんの大事な時間を奪ってしまうと思ってね」
「いえ、そんなこと…」
お父さんは涙を流し、声を震わせ絞り出すようにこういった
「このままあなたが息子に会い続けるなら…延命はもうしない…」
「そんな…それは…」
私も涙が溢れそうになるのをぐっと堪えた
お母さんは顔伏せ、肩を震わせ泣いていた
「わかりました、でもひとつだけ言わせてください」
涙出るな、堪えろ私、笑顔を作るんだ
「私は彼とお父さん、お母さんと過ごした時間はとても楽しく幸せな時間でした きっと彼もそう思っています だから…私の人生が狂うとか…そういうこと…ある訳ないです」
駄目だ、涙が、出ちゃう
「これが…最後なら…笑ってさよならしたいです…ありがとうございました」
満面の笑顔に涙が止まらない
その日が彼と別れた日になった
帰ってからはこの世のすべてが終わったかのように感じた
大切にとっておいた花火の動画を繰り返しずっと観ていた
ひたすら観ていた、深い眠りに落ちるまで
久しぶりに夢をみたんだ
それはとても心地よいものだった
私は夢の中である人に出会う
その人は私にこう言ったのだ
「あなたの大切な人はそろそろ目覚める、だがこの世にはバランスというものがとても大切なのだよ それはほんのちょっとしたすれ違いで大きな結果を左右することになる それは仕方のないこと 創造主による気まぐれとでもいうか」
私は何故か深く納得し、聴き込んでしまう
「つまり、この世界線ではあなたはもう大切な人に会えない、 会うことになるとその大切な人は存在が消えてしまう これはそういうものだと思ってもらうしかない」
意味がよくわからないが、心地よい感覚、神々しさを感じる
「もちろん選ぶことはできる それを決めるのはあなただ」
「私は…彼に…大切な人に目覚めてほしい…」
「それが、あなたの選んだことなら何も問題はない」
「でも、できるならもう一度彼に会いたい…」
「それもあなたの選んだことなら、問題はない 彼に会えるが目覚めることはないだろう これはいわゆる死というやつだ」
なんか長い夢だな、もうなんかどうでもいいや
「…ごちゃごちゃ言わずにもう一度でいいから彼に会わせて!一緒に花火が観たい!」
夢の中のその人はちょっと驚いた様子だったが、少し笑っているようにも見えた
「これだからこの世は面白いな これも創造主の気まぐれで聞き入れよう 少し誤差があるかも知れないが これはなんといっていたかな まぁどうでもいいことだがな」
夢から覚めると、既に夜になっていた
やばい、あり得ないほどの寝すぎにパニックを通り越し冷静になっていた
スマホをチェックすると、職場からの連絡もなく今だに夢の中なのでは思っていると、一件のメッセージに気付いた
「ごめん、今終わって向かってる」
これって…ふゆきから…
メッセージを見返すとあの花火大会の日のやり取りだった
えっ?…どういうこと…
ちょっと待って…2030年…?えっ?どういうこと?
急いでTVをつけると、見覚えのある有名人は老けていて見たことない人も多くいる
行かなきゃ、花火大会
色々わからないけど、私は余計なことを考えるのをやめた
もうなんでもいい
どうなってもいい
一緒に花火を観ればいい
家を飛び出た私の鼓動が高まるのを沸々と感じた
後編につづく