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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雨の日

作者: 標準的な♂

 窓の外を見る。

 朝日は既に昇っている様子だったが、雨雲は分厚く、太陽も青空も見えない。この分だと、今日も一日中、雨は止みそうにない。外では大人も子供も、傘もささず駆け回っている。


「……雨、止まないね」

 妹が不安げに口にした。愛らしかった顔はすっかりやつれている。ここ数日、晴れ間というものが無い。気が滅入るのもむべなるかな。

「今日もお出かけはキャンセルね。残念だけれど」

 これが単なる雨であったのなら、買い物くらいは行っても良いのだろうが、そうもいかない事情がある。

 今一度、窓の外を見る。既に述べたように、皆、傘もささずに雨の中を駆け回っている。雨音に混じって、けたたましい笑い声が聞こえる。

 誰も彼も、およそ正気の沙汰ではない。今降っている「雨」は、少し浴びただけでああなるのだ。ましてや飲んでしまったのなら、どうなるやら。


 そんな訳なので、今日も巣篭もりは続く。雨が止むのを待つしかない。この調子では、まず間違いなく、水道水も汚染されているだろうから、飲み水は災害用に備蓄していたペットボトルに頼らざるを得ないし、お風呂だって入れない。

 いつまで続くのだろう。水道水が飲み水にならない以上、いずれ限界は来る。


 わたしたちはそうした問題を一時忘れるため、とりあえずテレビの電源をつける。

『一週間の天気をお伝えします。前線が日本列島に留まり、一週間雨が続くでしょう』

 チャンネルを変える。一週間ずっと雨。わかりきっていたことだ。

『変若の名水、体に良くて美味しい水!』

 テレビショッピングでは、しきりに水を売っている。わたしは知っている。例の雨が降り出してから売り始めたあの水は、飲んではいけない水だ。

『次のニュースです。新潟県三条市にお住まいの、花村栞奈さん、花村椿さんの行方がわからなくなっています。警察の調べによりますと……』

 チャンネルを変える。

『そこに居るのは分かっているぞ』

 どこもろくな番組がやっていない。元よりビデオゲームで遊ぶために電源をつけたのだと思い出す。


 ゲームで遊び始めてしばらくすると、呼び鈴が鳴った。

「わたしが出るわ」

 外にいる連中が皆おかしいのは知っている。そうでなくとも、不用意に玄関のドアを開けるのは不用心だ。まずドアスコープ越しに確認すると、スーツ姿の小柄な女性が、保冷バッグを肩から提げて立っているのが見えた。どうやら訪問販か何か売らしい。年の頃は随分と若く、小柄な体躯もあって、まだ中学生くらいにも見える。肌は変に浅黒く、目元はくっきりとして、どことなくエジプトの壁画を思わせる顔つきだった。印象的な容貌でこそあったが、それ以外は特段おかしな点は見受けられず、ちゃんと傘も持っている。少なくとも、外で走り回っているイカれた連中に比べたら、まだまともなように見えた。

 それを確認してから、インターフォン越しに対応することにする。

「こんにちは! 変若の名水はいかが?」

 彼女が示した商品は、先のテレビショッピングで売っていたものと同じものだ。

「結構です。帰って下さい」

 もちろんわたしは、既に飲んでしまった人々と比べ、ほんの少しだけ賢かったので、この水が諸悪の根源と知っている。

「ハッピーになりましょうよ。老い、病、怪我、そしてもちろん、死――この変若水を飲めば、そういう悩みから解放されますよ。ちょっとお馬鹿になりますけどね。なあに、どうせ大した頭じゃないんですから、気にすることはありません」

「帰れ」

 わたしは勢い良くインターフォンの受話器を叩きつけた。

 あいつは帰っただろうか? しばらく待ってから、わたしはドアスコープを覗き込む。目が映っているだけだった。

 ああやって居座られると、仮に雨が今すぐ止んでも、おいそれと外に出られない。どちらが先に根負けするか、一つ試してやろう。

「お姉ちゃん、何だったの?」

「何でもないわ。ゲームの続きをしましょう」

 それから三時間ほどゲームで遊んでから、再びドアスコープを覗き込む。何も変わらない。目が映っているだけだ。

 わたしたちはテレビとゲーム機の電源を切り、食事の支度をすることにした。外はあんな有り様だが、幸い、電気やガスはまだ無事だった。蛇口を捻れば水道水も出てくる。とはいえ、水は駄目だ。飲めばきっと外にいる連中と同じになってしまうだろうから。したがって、調理に水を使うようなものは食べられない。電子レンジで温めたレトルト食品を皿に盛りつける。キッチンペーパーで拭いただけの皿はあまり綺麗ではないが、水道水で洗うのも危険だから、これはしょうがない。

 もう今日はすることが無いので、買い置きの汗拭きシートで互いの体を拭いて、布団を敷いて寝る。


 事態が少し変わったのは、次の日の早朝のことだった。いつもならわたしの方が早起きであるところを、隣の布団で寝ている筈の妹が居ないことに気付いた。寝ぼけ眼で妹の姿を探すと、ペットボトルで水を飲んでいる姿を見つけた。

 ペットボトルのラベルが問題だった。変若の名水と書かれている。テレビで売っていたものと同じだった。いつの間に買っていたのだろう?

 ともかく、あれを飲んでしまったらしい。ということは、恐らく、この子も……

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「……」

 わたしは金槌を手に取り、妹の頭を打ち据えた。動かなくなったのを確認してから、椅子に縛り付けた。

 そうだ。何もかもこの水が悪い!


 一仕事終えて、テレビの電源をつける。

『一週間の天気をお伝えします。前線が日本列島に留まり、一週間雨が続くでしょう』

 チャンネルを変える。一週間ずっと雨。わかりきっていたことだ。

『変若の名水、体に良くて美味しい水!』

 テレビショッピングでは、しきりに水を売っている。わたしは知っている。例の雨が降り出してから売り始めたあの水は、飲んではいけない水だ。現にあの子も、あのラベルの貼られた水を飲んだらおかしくなった。

『次のニュースです。先日から行方不明になっていた花村椿さんは、発見されました』

 チャンネルを変える。

『あと一人です』

 わたしはテレビの電源を切った。


 窓の外を見る。朝日は既に昇っている様子だったが、雨雲は分厚く、太陽も青空も見えない。この分だと、今日も一日中、雨は止みそうにない。外では大人も子供も、傘もささず駆け回っている。


「……」


 わたしは水道水から湯を沸かし、紅茶を淹れ、お菓子を用意する。四面楚歌の状況と言えど、最後の晩餐を優雅に過ごす権利くらいは、あっても良いだろう。

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