第2話 婚約者殿。
私には8歳から、婚約者がいる。上位貴族からの申し出だったので、断り切れなかった、と父が夕食の時に話してくれた。お相手はオレール伯爵家嫡男のダミアン様。私の二つ上。後で兄上に聞いたところによると、伝統と見栄はあるが、なかなか経済的に厳しいらしく、うちの経済援助を当てにしているんだろう、ということだった。
ありきたりの金髪碧眼。よほど大事に育てられてきたのか、まあ、わがまま?初めて会った私をなめるように頭の先から足の先までじろじろ見て…にやりと笑っていた。
「お前は俺と結婚するんだ。わかったな?」
「もっと礼儀作法の勉強をしてくれないと困るなあ…僕の家は伝統ある伯爵家だからねえ。」
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私が10歳のころから、ダミアンはやたら私に触れたがった。髪を掬って見たり、スキがあれば手を握ろうとしたり…その度に家庭教師の先生や乳母が、やんわりと間に入ってくれた。
今日も突然来て、先生とダンスの練習中の私を椅子に座って眺めているなあ…と思ったら、いきなりパートナーになって踊り出した。まあ…踊るけどね。にっこり笑いながら。基本だし。
やっと一曲終わったとき、ダミアンは私の手を放さず、口づけしようとした。
思わず…振り払ってしまった。
「くくっ、ダンスはもう少し練習が必要だね。僕に恥をかかせない程度には踊れるようになっておくれよ。」
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格が下だから、多少の無礼は許されると思っているのか、ダミアンは先ぶれもなくよく家を訪ねてきた。すごく面倒くさい。その不自由さから解放されたのは、ダミアンが貴族用の学院の中等部に入ってから。王都に行ってしまったので、長い休みの時しか訪ねてこなくなった。
よし!日に焼けるな、だの、髪は切るな、だの…ふらりと来ては、そんなことをまくしたてるダミアンが来ない!!
ごろごろしたり、兄上達と乗馬に出かけたり…重くなった髪の毛は肩先で切ってしまった。兄上は私の10歳上。侍従兼秘書をしているいつも兄と一緒のディディエは父が仕事で出かけた隣国で拾ってきた子だが、優秀らしい。私の6つ上。私たちは昔のようにピクニックに行ったり、兄上の仕事の合間にのんびりと庭でお茶をしたりした。
その代わり…ダミアンからは王都のオレール伯爵家の屋敷に遊びに来い、だの、ちゃんとダンスの練習はしているか、だの…僕は中等部で他の女の子に声をかけられまくって迷惑だ、だの…手紙がやたら届く。
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「髪を…髪を切ったのか?」
言うより先に、ガシッと私の短くなった髪を鷲掴みにして引っ張る。痛いんですけど?
「なぜ切った?切るなと言っておいただろう?」
「…大奥様が…ご病気で髪が抜けてしまわれて、お嬢さまがかつらを作って差し上げたんです。」
乳母のマーサがとっさに私とダミアン様の間に入って、ナイスな言い訳をする。
「ふん…もう二度と僕の許可なく髪を切るな。わかったか?もうめんどうだ…こんな無能な使用人では仕方ない。なあ、ジュリエンヌ、うちに来い。うちで行儀見習いをしろ。」
「何?学院に行きたいだ?」
「……」
「まあ、そうだな社交は大事だ。頭が悪いんじゃ、社交界でバカにされるからな…。みっちり勉強しろ。それからだ。僕やうちの家門に恥をかかせるんじゃないぞ?わかったか?」
その時私は12歳。
私はダミアンによほどバカだと思われていたらしく、勉強をみっちりしてから、高等部から入学するよう言われる。
実は勉強するのは好きだ。兄上かディディエが勉強を見てくれる。
「なあ…ジュリエンヌ?あの男で本当にいいのか?」
「まあ、お兄様、最初っから言っていますでしょう?私は王子様と結婚するんです。」
私の髪がまた同じくらいの長さに伸びたころ…学院の入学式になる。