第1話 婚約者。
「いやです」
「……」
「だって私、王子様と結婚するんだもの!!」
僕の2つ年下の婚約者、ジュリエンヌは今、8歳。
流れるような煌めく黒髪に白い肌…白雪姫みたいだ。
彼女の夢は大恋愛して王子様と結婚することらしい。綺麗な挿絵付きの読み物を読んだんだね。僕と結婚するんだよ、とお茶会の後にジュリエンヌに言うと、先ほどの可愛らしい返事が返ってきた。
「じゃあ、ジュリはもっと礼儀作法を学ばなくちゃね。お姫様になるには努力もしなくちゃいけないよ?」
「まあ、ダミアン様、そうですね。そうしますわ。」
にっこり笑うジュリ。かわいいったらないな。うちはお前の家と違って伯爵家だから礼儀作法の勉強は必要だよ。
*****
「いやです」
「ジュリ?」
「だって、前から言ってます。私、王子様と結婚するんですもの」
はあ。10歳になってもあまり変わらないか。夢を見るのは自由だからね。君のいやいやもかわいいから許そう。もう僕と婚約してるけどね。
10歳になった僕の婚約者は、礼儀作法は完璧になった。今はダンスの練習を始めたらしい。先生に見てもらいながら一曲僕がお相手してあげた。上手だよ。妖精みたい。
一曲終わって、引き寄せた手にキスしようとすると、手を引っ込められた。
婚約者の可愛い「いやいや」が始まった。
自分の手を握りしめて、真っ赤な顔をしている。それは…恥ずかしい、って言うんだよ?
*****
「いやです」
「ジュリ?」
「だって…私も、学院に通いたいんですもの。」
12歳になったジュリエンヌは、もう小さな貴婦人の様だった。身のこなしは完璧だね。そろそろ現実も見えてくる頃。たかだか子爵家から王子妃になれないことぐらいは気が付く年齢だ。僕の家に行儀見習いに来ないか?という提案に、ジュリはまた可愛らしくいやいやをした。
…僕と学院に通いたいのか…うん。かわいい。
「そうだね。君はお姫様になるんだもの、勉強もできなくっちゃね。バカでは王子様に嫌われちゃうかもね。」
僕がそう優しく言うと、ジュリがパアッと顔を明るくした。ほんのり赤くなった頬が食べてしまいたくなるほどかわいい。
「じゃあ、ジュリ、学院に上がるまで、一生懸命勉強するんだよ。できるかな?」
「はい。ダミアン様。私、頑張りますわ!」
僕が10歳の年に、初めにこの話を聞かされた時…田舎の子爵家の娘を嫁に貰うことになって、正直がっかりしていた。
うちの伯爵家は歴史と伝統がある家門だ。なんだってまた、父上は僕にそんな田舎娘との婚約話を持ってきたのか、と腹が立った。あちこちの子供のお茶会に出向けば、キラキラした女の子がたんまりいるというのに。
顔合わせのお茶会で…僕は二つ下の、たった8歳のジュリエンヌの美しさに参ってしまった。これなら、ピカピカに磨いて連れ歩いたらお茶会で見かけた女の子たちは目じゃないな。
僕は…美しく育ったジュリエンヌをエスコートして歩く自分を想像して、歓喜した。
それ以来…純粋で、素直なジュリエンヌを貴婦人にすべく、やんわりと確実に教育して来た。
学院に行って、社交を学べるのは良いが、なんというか、権力のドロドロだの、女のジェラシーだの…かわいいジュリエンヌがほかの男の目に留まるのも気に入らない…。
出来れば、うちの屋敷で行儀見習いをして、外の世界を知らないままでも…それはそれでいいかとも思っていたが。変な知恵もつかないし。
僕と、学院に通いたいのか…かわいらしいな…。
いよいよ、ジュリエンヌが貴族用の学院の高等部に入学してくる。