“課金” ~強さの代償~
「お前トロフィーを知覚できるのか…?」
俺は、そう聞かずにはいられなかった。
「ええ、もちろん。今もトロフィー集めの最中です。そして私の名前はツナコ、覚えておいてください…!!」
そういうとツナコは持っていた冷凍マグロを豪快にスイングし、近くの木々をなぎ倒した。
「ふふふ、シルバートロフィーげっと。」
「【大型魚で木を伐採する 取得率5%】ですって。変なトロフィーですよね」
俺とシランは急に現れたツナコの言動に圧倒されていた。
「では、試してみましょうか」
ツナコは急にそう言うと、俺に向かって冷凍マグロを投げつけた。
ツナコは小柄な体格からは想像がつかない程の剛腕であり、200kg以上はあるであろう冷凍マグロが高速でこちらに放たれた。
「定置網にかかることが珍しい200kg越えのマグロ、あなたに受けられるかしら…!」
俺がもう駄目だと思った刹那、シランがまるで野球打者のようなスイングで、飛んでくる冷凍マグロに剣を叩きつけた。
結果としてシランの剣は粉々にくだけ、冷凍マグロは俺のみぞおちに直撃した。
「う、うわああ!私の聖剣がァーーー!!!!」
シランは俺に冷凍マグロが直撃したことよりも剣が粉々になったことにショックを受けていたが、無理もない。
シランの剣はただの剣ではない。魔王のどんな攻撃でも相殺できると言われていた伝説の聖剣だったのだ。
魔王を倒すために絶対に必要だと言われていたその聖剣は100階層以上あるダンジョンの最深部に封印されており、俺達は途方もない苦労を経てその聖剣を入手していたのだ。
そんな思い出の詰まった聖剣は、先程までシランのバッターボックスだった場所に粉々になって散らばっている。
「私が…!!もっと芯で捉えられていたら…!!」
悔しがるシランをよそにツナコは笑顔でこちらに歩み寄ってきた。
「ふふ、ストライクといったところですね。ところでどうですか、体の調子は…?」
自分の体の調子を尋ねられて初めて俺は自分がピンピンしていることに気づいた。
「ふふ…その体力、やはり予想通り、あなた課金者ですね」
ツナコの突然の核心を突く発言に俺はどきっとした。
「課金者…?ウヅキ、お前まさか……!?」
先ほどまで肩を落としていたシランも "課金者" というワードに反応せずにはいられなかった。
特に隠すことでもないので、俺はきりっとした表情で言い放つ
「そうさ、俺は課金してレベルキャップを開放している」
人間のレベルには限界がある。どんなに努力して修練を積もうともいずれはレベルの限界がやってくる。この限界は神の定めとされておりレベルキャップとよばれている。
ほとんどの人間はこのレベルキャップに到達することすらまずないが、極まれにレベルキャップに達したうえでレベルキャップを解放したがる者がいる。
そういう者は大抵、伝説で伝わる儀式にすがる。その儀式というのが、
「ウヅキ、お前まさか魔王討伐の報酬を “課金” に使ったって言うのか…!?」
「そうだ、俺はもらった報酬の全てを使って “課金” した」
課金と呼ばれる伝説の儀式だ。
転がっていた冷凍マグロを鞘に納めながら、ツナコは少し遠い目をしながら語りだした。
「課金、それは膨大な財産を神にささげる行為」
「それによってレベルキャップを解放するという行為が、野心ではなく忠誠心に基づいた行為であることを神に示すことができます」
「この課金によって忠誠心が認められた者はレベルキャップが開放されると言い伝えられています…」
「そう…言い伝えられているのに…!」
ツナコは顔を少し曇らせ、下唇を噛んでいた。
「あ、あんた、何考えてるのよ!報酬を全部課金って!?そんなことする意味がどこに!?」
「トロフィーをコンプリートするためには……強さが必要なんだ……!」
「だから何なんだよトロコンって!!」
シランは信じられないといった表情で俺を見つめている。
「ふふ、いいじゃないですか、ウヅキさんは課金してレベルキャップが開放されたんですし。」
「そう、ウヅキさん “は” ……。」
「ツナコ、お前ひょっとして、」
俺がツナコへの質問をすべて言い終わる前にツナコは答えだした。
「はい。私は “課金” したのにレベルキャップが開放されませんでした……」
ツナコの目には涙が浮かんでいた。
「私は、強くなりたかった。トロコンするためには圧倒的な強さが必要だから。」
「強くなるために毎日修行をしていたし、生きるか死ぬかのマグロ漁船で何年も死ぬ気で働いて課金用のお金も貯めていた」
「でも私は駄目だった。課金の儀式を経てもレベルキャップは解放されなかった」
「課金の儀式で捧げた財産は戻ってくることはない。財産をすべて失った私に唯一残されたのはこれだけ」
そう言うとツナコは、恐らく最後の定置網漁で捕らえたであろうマグロをみつめた。
俺はツナコにかける言葉を見つけられなかった。
「だ、か、ら…」
そう言いながらツナコは顔をぐいっと俺の方に近づけてきた
「私は課金者のあなたとパーティを組みたいんです!」