新たな旅立ち
【世界平和 取得率1%】
ピロン♪という軽快な音とともに、視界の左上にその文字列が映った。
その直後、魔王が弱々しい声で俺に問う。
「我は負けたのか?」
俺は返事をする代わりに、魔王の腹に刺した剣を引き抜く。
俺の後ろではパーティーメンバーが、歓声をあげ、抱き合い、魔王を倒した喜びを分かち合っている。
本来は俺もあの輪に入って喜びを分かち合うべきなのだろうが、どうもその気になれない。
「高すぎるだろ……!取得率……!!!」
無意識につい漏らしてしまった俺の言葉は、後ろのパーティーメンバーの歓声にかき消された。
「取得率……?何の話……だ……?」
唯一俺の言葉が届いたであろう魔王は、そう言い残すと息を引き取った。
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魔王を倒してから2年程が経った。
魔王がいなくなったことで世界は平和となり、パーティーで冒険に出ることもなくなった今、パーティーは自然消滅に近い形となっていた。
皆それぞれが、魔王討伐の莫大な報酬を基に悠々自適なセカンドライフを満喫していた。
――ただ一人俺を除いて。
「ブロンズトロフィーげっとぉ!」
俺の喜びの声が森に響いた。
俺は今日も一人、王国郊外の森でトロフィーを集めていた。
【魚で殴打して敵を倒す 取得率15%】
このトロフィーを取得した喜びを誰かと分かち合いたい所だが、その相手は誰もいない。
魔王を倒してからの2年間、俺は1人で冒険をしていた。
本当はパーティーメンバーにも来てもらいたかったが、魔王討伐という最大目標が達成された後に、冒険を続けるような変人は俺だけだった。
そんな孤独な俺がトロフィー取得の感動を1人で噛みしめていると、後ろから声が聞こえた。
「え、お前、ひょっとして…ウヅキか!?」
懐かしい声に思わず振り向くと、そこにはかつてのパーティーでの女剣士「シラン」の姿があった。
「シランか!久しぶりだな!」
約2年ぶりの再開に喜びの表情を浮かべる俺と対照的に、シランは少し引き気味の表情で言った。
「え…?なんで魚でモンスターを殴っているんだ…?」
いたって当然の質問だ。これは想定内の質問だったので俺は早口で答える。
「俺はトロフィーのコンプリートをめざしてるんだ!」
シランは眉をひそめた。
「ああ……久々に聞いたな、そのトロフィーとかいう意味不明な概念」
「意味不明って…、何度も説明してやっただろ!」
「トロフィーってのは、俺が特定の条件を達成した際に、取得できる称号のことだよ」
このトロフィーという概念、俺にしか知覚ができないらしい。
俺の場合、特定の条件を達成すると、どこからともなくピロン♪という音が聞こえて、視界の左上にトロフィー名、取得率が表示される。
このトロフィーの説明を他人にすると毎回変な顔をされた後に、決まってこう聞かれる。
「で、そのトロフィーとやらを集めると何かいいことがあるのか?」
俺はいつも返答にこまる。
というのもトロフィーを集めたところで実益がないからだ。
自分の実績が可視化されることによる満足感が多少得られる程度の恩恵しかなく、ただの自己満足なのだ。
俺はバツの悪そうな顔をして沈黙するしかなかった。
「ふふ、トロフィー集めの理由ですか…」
沈黙は知らない女性によって、急に破られた。
「言ってしまえばエンドコンテンツに手を出しているような状況ですね」
右手に冷凍マグロを持った小柄な女性はあまりにも自然に会話に加わってきた。
「え、だれですか…?急に会話に入ってこられると怖いんですけど……」
恐怖するシランの言葉を無視して、女性は目を瞑りながら、しばらく何かを考えるようなそぶりを見せる。
数秒の後、女性はにやりと笑みを浮かべながら俺を指さした。
「ふふ、ようやく見つけました、私と一緒にプラチナトロフィー取得を目指せる人…!」
その言葉の直後、俺の視界の左上にトロフィーが表示された
【新たな旅立ち 取得率0.5%】