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Episode 24  つわものたちの夏

*登場人物

・池崎正人

新入生。偏った遅刻癖で問題児となるが、持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。様々な人間関係にもまれて成長していくが。


・中川美登利

中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。並々ならないこだわりを学校に持ち、そのために周囲を振り回す。


・一ノ瀬誠

生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。


・綾小路高次

風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?


・坂野今日子

中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。洞察力に長け、容赦なく相手を攻撃したりもする。


・船岡和美

中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。明るい性格だが、今日子と同じく洞察力にすぐれるゆえ人間関係に疑問を持つこともある。


・安西史弘

体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。


・森村拓己

正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。


・片瀬修一

正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。


・小暮綾香

正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。恋愛に積極的で入学早々に「開校始まって以来のプレイボーイ」佐伯裕二と付き合うが。


・須藤恵

綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

 その日の朝、中央委員長中川美登利の顔色を一目見て、坂野今日子は彼女の体調が悪いことを見破った。

「大丈夫、ちょっと寝不足なだけ」

「ですが……」

「大丈夫!」

 ぴしゃりと言われて今日子は迷う。後ろからこっそり一ノ瀬誠が言った。

「止めても無駄だよ、最後の体育祭なんだ」

 そう、その日は三年生の自分たちにとっては最後の体育祭だった。


『やってまいりました! 体育祭! 今年も例年通り全校生徒が二チームに分かれての紅白対抗となります。まずは両チームの総大将をご紹介しましょう。紅組総大将は体育部長にして「万能の人」安西史弘! そして白組総大将は剣道部主将、尾上貞敏。昨年共に白組を優勝に導いた盟友同士が、今年は相争うとあっては熱いドラマを期待せずにいられません! その他の注目選手は……』

「森村、プログラム見せてくれ」

「自分のはどうしたのさ」

「忘れた」

 ふう、と森村拓己は池崎正人に自分のプログラムを渡す。

 正人がそれを確認するより先に三年生で陸上部の川野宏一に声をかけられた。

「スウェーデンリレーの三百メートルおまえだろ、今年は負けないからな」

「うっす」

「お互い頑張ろうぜ」

 アンカーが安西じゃどうにもならんけどな、と肩を竦めつつ川野が言う。

「ノーマークだった去年とは違うよな。大丈夫か、池崎」

「大丈夫の意味がわからん。目一杯やるだけの話だろ」

 うーんと伸びをしている正人を拓己は引っ張る。

「競技が始まる。用具の準備手伝わなきゃ」

 体育祭実行委員会の腕章を付けている正人たちはどこへ行っても仕事を言いつけられる。玉入れに使う籠を運んでいると安西が手伝いに来てくれた。

「やあやあ、ありがとう」

 言いつつ安西が籠を背負ったので正人はびっくりした。総大将自ら鬼の役をするとは。

 そう、青陵の玉入れは移動式玉入れというやつである。敵チームの鬼が籠を背負って逃げるのである。

 安西の登場にどよめいた白組だったが「玉を投げられるよりマシだよな」と一部の人間は胸をなでおろす。

 だが競技が始まるとそうも言っていられなくなった。

「くそ、やっぱあれ反則だ! 全然入らない!」

 逃げ足が速すぎる。勝負を投げかけた白組メンバーだったが。

 ポスポスっと玉が入った音に安西が驚いて足を止める。

「今だ、狙え」

 隙をついて集中砲火で玉が浴びせられた。

「おっと」

 再び走り出した安西の籠に、また玉が投げ込まれる。

「生徒会長すごい」

 小暮綾香と並んで競技を見ていた須藤恵が目を丸くする。どういうコントロールでか一ノ瀬誠は縦横無尽に動く的を外さない。

「器用だねー」

 半ば呆れて船岡和美がこぼす。結局玉入れは白組の圧勝だった。

『続いての種目は「わたしキレイ?」バトン代わりの一年生男子に女子が衣装を着せて廻りながらゴールを目指します。どうか可愛くコーディネートしてあげてください!』

 一年生男子と限定されたはずがなぜかその中に二年で生徒会長副会長の本多崇がまじっていて、応援席から異様な歓声を浴びていた。

「不憫な」

 綾小路が心の底から憐みのつぶやきを落とす。

『午前の部最後の種目は女子限定、バーゲンセール! 男子生徒はあたたかく見守ってあげてください』

 ぎゃあぎゃあと激しく竹の棒を奪い合う女性陣の姿には言葉もなくなる。

「あー、おもしろかった」

 汗ばんだ顔をパタパタ仰ぎながら須藤恵は笑った。

「ねえ、綾香ちゃん」

「テンション上がっちゃうんだよね、あれ」

 少し恥ずかしそうに綾香も同意する。昼食を広げながら森村拓己は苦笑した。

 正人はといえば無言で弁当を食べた後、ひとりで立ち上がった。

「先に行ってる」

「うん」

 見送る綾香は寂しそうだ。

「しょうがないよ」

「午後は出番多いから、緊張してるんだよ」

「うん、そうだね」

 上半身をストレッチしながらぶらぶらしている正人に安西から声がかかった。

「池崎、午後は頼むよ」

「はい」

「君にとってはリベンジだ。まずは合戦で勝利して総合優勝に王手をかけよう」

「はい!」

 同じ頃、やはり準備体操している中川美登利に尾上貞敏が声をかけた。

「中川。午後は陸上競技が集中するからな。なんとしてもここで点を稼いでおかねば」

「わかってるよ。必ず安西の首を獲る」

『午後の競技を開始します。まず始めは部活対抗仮装リレー。既にトラック内では様々な衣装の選手たちが楽しませてくれています。各部バトンにも趣向をこらしていますね。あ、園芸部は鉢植えのポピーです。なんとも可愛らしいです』

 会場が盛り上がっている中、次の競技に参加する選手たちがグラウンド両端の入場門前にそれぞれ集まり作戦会議を始めていた。

 まずは紅組サイド、安西は余裕綽々で言い放った。

「作戦なんてないよ! 機動力ではこっちが勝るんだ、とにかく攻めるのみ。片端から雑魚を討ち取って敵大将に迫る! これでボクらの勝ちだ」

 一方の白組。

「基本は専守防衛に徹して。向こうの的は放っておいても近づいてくるんだからこっちから動く必要はない。半数は大将を囲んで身を盾にして守ること。残りの半数は攻め手に対応。どうせあっちは個々に動くだけで作戦なんて考えてない。紅組一人にたいしてこっちは二三人で挟み撃ちして確実に仕留めていく。決して一人で突出しないこと。オーケー?」

 中央委員長が念を押すのに白組選手たちはこくこく頷き合い、それぞれアップを始めた。

 テニス部の白石渉だけがもの言いたげに残っている。

「なにさ?」

「いや、おまえにしちゃ消極的な作戦だと思ってさ」

「……」

「勝てりゃいいけど」

『さて、次の競技はいよいよ最初の大一番、風船割り合戦です。安西体育部長の発案で実現しましたこの企画、実に楽しそうですね。ルールの説明を行います。四十人対四十人で行われるこのゲーム、選手たちが頭上に取りつけた紙風船を新聞紙を芯にして作られた棒で割りあうゲームです。紅白の色分けでわかりやすくなってますね。勝敗は各チーム総大将を討ち取ることで決します。チームワークがカギとなるこの試合、ルールも厳格に参ります。風船が割れた選手は速やかに退場してください。また風船以外の個所を狙う行為も反則です、攻撃に使用するのは紅白の棒のみです、反則と判定された場合も速やかに……』

 グラウンドの端と端に布陣した両チームメンバーは誰もが緊張の面持ちだ。なにしろこのゲームの勝敗で五百点が動くのだ、責任重大だ。

 特に固い表情の池崎正人の肩を安西ががしっと抱いた。

「ねえねえ、みんな。やだなあ、そんな怖い顔して。せっかく楽しいと思って考えたのにさ。いいからみんなで楽しもうよ。ね!」

 呑気な様子に正人の肩の力が抜ける。

「体育部長ってどんなときでも変わらないっすね」

「変わるってどういうこと? ボクがボクじゃなくなるってこと? ありえないでしょ」

 この人、大物だ。正人は苦笑いする。

『それでは観客の皆様もご一緒に、鬨の声をあげますよ。せえの!』

 えいえい、おー! の合図が終わるや否や大方の予想通り紅組の攻撃が始まった。ざっくばらんに白組陣地に向かって来る。大将の安西は一応は様子見で後方から動かない。

「センターからこっちまで引きつけてから各個撃破」

「りょーかい」

「尾上、動かないでよ」

「無論だ」

「じゃあ、いきますか」

「おー!」

 それからはひたすら乱戦。かすったり、よけられたり、転んだりしながら一気に数が減っていく。数の上では白組優勢。

「おかしいな」

「ん」

「てっきり先陣はあいつだとおも……」

 言いさした白石の目に横合いから突っ込んでくる正人が映った。

「来た!」

 的にされたのはもちろん中川美登利。

「予想通り」

 少しだけ見返って美登利は笑う。

「……ッ」 

 横薙ぎの一撃をうまくいなされ正人の態勢が崩れる。

「バッカ、差しの勝負じゃねえんだよ」

 白石がその頭上を狙う。正人は体を捻ってそれをかわした。

 地面を蹴って一度距離を取る。すると今度は紅組の大将が自ら突撃してきた。

「やっぱり来た」

「予想通り。白石」

「りょーかい。あの顔狙ってやれないのは残念だけど。行くぞ!」

 白石渉に率いられて三人が安西に向かう。

 一人残った美登利に再び正人が打ち込んでくる。

「だから、予想通りなんだって」

 振り返りもしないで美登利が言う。

 気配を感じたときには遅かった。正人の後ろに平山和明がいた。長身を生かして軽く棒を振る。

 見届けもしないで美登利は安西へと走る。白石たち三人が安西のトリッキーな動きについていけず返り討ちに会っているところへ駈け込んでいく。さすがの安西も無防備だ。

「く……っ」

 気配で今まさに自分の風船が割られようとしていることがわかる。

 美登利が安西に向かって踏み込む。

(諦めない)

 今度こそ絶対に、負けたくない!

 あとはもう無我夢中だった。


 確実に仕留めるはずだった。絶好のチャンス。それなのに、

「……っ」

 踏み込んだ足元がぐらついて、すんでのところでかわされた。

 だがまだ一対一、たとえ相手が安西でもスピードなら負けない。

 体を返し追撃しようとしたところで、パンと頭上で鋭い音がした。

(え……)

 さすがに驚いて美登利は後ろを見る。

 池崎正人がぜいぜいと肩で息をしながら膝をついたところだった。頭の赤い紙風船は無事。

 更に確認すると後方で平山和明がこっちに向かって土下座しているのが見えた。白い紙風船が割られている。

「うそ……」

「よくやった! 池崎くん、あとは任せろ」

 白組の猛者は既にことごとく討ち取られている。それでなくとも安西の足にかなう者などいない。

「守れ! 体を張って守れ!」

 だが安西はその壁を一気に飛び越えた。

「ちょ……、あれ、反則! 宙返りとか反則!」

 白石が叫んだがルールにはそんなことは明記されていない。

 度肝を抜かれた尾上に身を守る術はなかった。

「白組総大将、獲ったぞおお」

 わっと歓声があがった。

『なんと、紅組! この競技は紅組が勝ちました!』

「マジか」

 あーあ、と白石が空を仰ぐ。

「やった、やったよ、池崎くん」

 安西が走り寄ってきたと思ったら他の紅組メンバーも駆け寄ってきて正人のまわりに人の群れができた。

 ふう、とそれを眺める美登利のもとに尾上貞敏が来た。

「踏み込みが甘かったな」

「ごめん」

「まさか、おまえがやられるとは」

「ごめんって」

「仕方ないな」

 尾上は既に悟りの境地のようであったが、美登利はこぼさずにいられない。

「やっぱり、勝ちたかったなあ」

 クッと尾上が笑う。

「……なにさ?」

「いや、以前安西が言っていてな。勝ち負けにこだわる執念ってヤツについて」

「池崎くんにはそれがあった?」

「そういうことだ」

「私だって勝ちたかったけど」

 俯いてつぶやく美登利を気遣わし気な顔になって尾上が見る。

「ところでおまえ、顔色悪くないか」

「気のせい、気のせい」

 ハチマキを取りながら美登利はひらひら手を振った。


 結局最後のスウェーデンリレーも紅組が制し、紅組の総合優勝でもって体育祭は幕を下ろした。

「悔しいだろ、当麻。また後から勝負だーとか言い出すなよ」

「ばーか、言わねえよ」

 椅子の背もたれに器用に座りながら当麻秀行は白いハチマキを取る。

「文化祭が終わったらおれら受験にまっしぐらだぜ。んなこと言ってられっか」

「そうだなあ」

「あとは文化祭だな、思い切り楽しもうぜ」

「おー」

 三年生にとって最後の夏が始まる。最後の夏が……。



「着いたぞ」

「ん……」

 なかば意識のない美登利を抱えるようにして誠はバスを降りる。いつもは冷たく感じる美登利の手が熱い。

「もう、いいから、おぶされ。ほら」

「うん……」

 彼女を背負って中川家に急ぐ。

「いくつになっても、まったくおまえは」

「でも、楽しかったよね……」

「……」

「最後だもんね……」

「まだ、最後の最後じゃないだろう」

 返事がない。誠はため息をついてずり落ちそうになる彼女の腕を押さえて抱えなおした。

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