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Episode 17  新春武道大会

*登場人物

・池崎正人

新入生。偏った遅刻癖で問題児となるが、持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。様々な人間関係にもまれて成長していくが。


・中川美登利

中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。並々ならないこだわりを学校に持ち、そのために周囲を振り回す。


・一ノ瀬誠

生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。


・綾小路高次

風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?


・坂野今日子

中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。洞察力に長け、容赦なく相手を攻撃したりもする。


・船岡和美

中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。明るい性格だが、今日子と同じく洞察力にすぐれるゆえ人間関係に疑問を持つこともある。


・安西史弘

体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。


・森村拓己

正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。


・片瀬修一

正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。


・小暮綾香

正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。恋愛に積極的で入学早々に「開校始まって以来のプレイボーイ」佐伯裕二と付き合うが。


・須藤恵

綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。


・宮前仁

美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

 私立西城学園、県立北部高校、江南高校。

 当時、この三校が鼎の三つの足のごとくに同等の力を持ち地域に君臨していた。

 上流の子女が多く通う名門西城、裏を仕切る櫻花連合の本部を置く北部、文武共に安定した名声を得ている江南。

 互いが己の領域を持ち睨み合いながら、第一次世界大戦直前のバルカン半島のごとく一触即発でいたところに火種を投げ込む者があった。青陵学院の登場である。

 当時注目するものもわずかだった校名を西の西城・東の青陵と称されるまでに高めたのは、ひとりの生徒の力だった。

 青陵学院高等部初代生徒会長の中川巽は、その手腕で列強の間に自校をのし上げた。

 西の西城、東の青陵、北の北部、南の江南。四強時代の幕開けである。



「池崎、帰るなボケ」

「ボケって」

 外ならぬ片瀬に言われたことにショックを受けて池崎正人は凍りつく。

「片瀬が冷たい……」

 森村拓己と片瀬修一のふたりに両脇を抱えられてずるずる連れていかれる。

 行き先は当然、中央委員会室。

「池崎、連れてきました」

 そこには三大巨頭の他に体育部長安西史弘、その副職の尾上貞敏、そしてなぜか、

「よう」

 北部高校の二年生にして櫻花連合総長の宮前仁がいた。とにもかくにもただならぬ雰囲気だ。

「ねーえ、池崎くん」

 難しい顔で腕組をしたまま中央委員会委員長中川美登利が尋ねてくる。

「柔道習ってたことある?」

「いや、体育でやったくらいしか」

 その場にいた全員が重い息を吐く。

「ダメか」

「剣道か空手なら良かったんだがな」

「辞退するしかないだろう、これは」

 空を仰ぐ美登利に綾小路と尾上が畳みかければ、

「ええー、なんとかなるって、やってみようよ」

「そうだ、そうだ。オレも手伝うからさ」

 安西と宮前は反対の方向へ煽ろうとしているらしい。

「もとはといえば北部の不手際のとばっちりだろうが」

「なんだよ、だから協力するって言ってんだろ」

 喧喧囂囂の話し合いの中で生徒会長一ノ瀬誠は黙ってお茶を飲んでいる。やっぱり黙って腕組をしている美登利に片瀬が問いかける。

「どうしたんすか?」

「武道大会のお誘いがきたの」

 テーブルの端の椅子を引いて座りながら美登利はため息をついた。

「新春恒例の三校対抗武道大会」

「三校……」

「西城、北部、江南。うちは武の方面ではまだ追いついてないから声がかからないのも仕方なかったんだけど。今年は北部が急に出場を辞退することになって、お鉢が回ってきたってわけ」

「種目は柔道ですか」

「持ち回りでね、今年はそう決まってるらしい。ところがうちの柔道部は弱小でしょう。交流を目的とした大会とはいえあんまりかっこつかないのも頂けないし、辞退するのもしゃくに触るし。そもそも……」

 一瞬くちびるを引き結んで美登利はちらっと目線を鋭くした。

「北部が辞退することになった経緯も不祥事沙汰のせいだっていうし、またもしかしたら……」

 携帯の着信音がした。皆が黙る。

「あ、ごめん」

 誠が自分の携帯を取り出す。着信者名を見てスルーしようとするのを横から宮前が取り上げた。

「高田じゃないか」

 西城学園高等部生徒会長高田孝介。

 青陵メンバーが目配せしあう中、それをまったく意に介さずに宮前がいきなり通話に出た。

「てめぇ気安く電話かけてくんじゃねえよ。……ああ? 宮前だよ、馴染みのくせにわかんねえのかよ。……は? 知ったことかよ。なんで誠が逃げなきゃならねえんだよ、出るに決まってんだろタコ。……てめえが大将ならこっちだって大将だよ、ったりめえだろ。……おお、てめえも篠田も首洗って待ってろタコ!」

 捨て台詞を吐いてすっきりした顔で宮前が携帯を戻そうとする。がしっとその腕を掴んで誠が立ち上がった。

「仁……なんてことしてくれた」

 その様子に他のメンバーは顔色を変えた。

(やばい)

(エマージェンシー)

(緊急退避)

 宮前を見捨てて一目散に廊下に出る。ぴしゃりと後ろ手に扉を閉めて美登利がふうーと息をついた。

「怖っ」

「久々に見たな、あのどす黒いオーラ」

「宮前くんも馬鹿だよねー」

 皆で歩き出しながら口々に話す上級生の後を一年生三人組もついていく。

「じゃあ、武道大会は参加ということで」

 ぽんと扇子で手を打って安西が嬉しそうに言う。

「そりゃ、あそこまでタンカ切ったらねえ」

「宮前の奴」

「ならば、やっぱり池崎くんには出てもらわねば」

 ぴっと扇子を向けられて正人は驚く。

「大会までの一週間、君が特訓すれば柔道部の連中より確実に仕上がる、というのがボクの見立てだ」

 そうだろう、と安西は美登利を振り返る。うんうん、と頷いている。

 こうなると正人に拒否権はなかった。


「というわけで、池崎は明日から猛練習だね」

「勘弁してほしい」

「大丈夫なの?」

 眉を寄せる小暮綾香に正人はうーんと唸って空を見るしかできない。

「先輩たちもムチャぶりだよね」

 須藤恵が言ったけれど、

「中川先輩はできない奴にできないことを押しつけたりしないと思う」

 片瀬がぼそっとつぶやくのを聞いて、腹が決まった。これぞ『困難に打ち克つ』だ。

「最初の難関は朝練のために早く起きることだよね」

 拓己の言葉に正人の顔が白くなる。

「なにがなんでも起こしてやるから覚悟しろ」

 こうして急遽、特訓特訓の一週間が始まった。他校生なのに当然のような顔をして毎日やって来る宮前に稽古をつけてもらう。

「いいか、おまえの武器はスピードだ。パワーは捨てろ。おまえの小回りで相手を動かして崩すんだ」

 意外にも理論と実技を組み合わせてくる宮前の指導はとてもわかりやすかった。

「つうか、体育部長や風紀委員長は出てくれないんすね」

 数日がすぎた頃、帰り支度をしながら今更ながらに正人が疑問を口にすると、宮前は顔をしかめた。

「安西は武道にゃ一切向かないんだよ。わかるだろ」

 確かに。

「尾上は剣道馬鹿だし、綾の字は柔道苦手だしな。それを言ったら誠だって」

 幼馴染の方をちらりと見て、

「得意な方じゃないが、高田には勝つだろう」

「江南の大将も生徒会長が出てくるんすか?」

「いや、江南の大将は官房長」

 官房長?

「生徒会副会長のことを伝統的にそう呼ぶんだよ。江南では」

 正人たちに続いてクラブハウスから出てきた誠が後ろから教えてくれた。マフラーを巻いて白い息を吐き出しながら説明を続ける。

「江南の生徒会選挙は人気投票に近くて、能力の伴わない人物が会長になることが多いらしい。自然と副会長には実務をこなせるだけの人材が推薦されるようになって、ついた呼び名が官房長」

「はああ」

「今の官房長は二年の篠田幸隆」

「どんな人っすか?」

 誠と宮前が一様に黙り込む。

「中川に訊いてみろ」

 それで翌日の昼休み、購買の自販機の前で会った中川美登利に篠田幸隆について訊いてみた。

「私あいつ大嫌い」

 きれいな眉をひそめて美登利は一言で切り捨てた。

「なんていうか女性蔑視的?」

「女性の敵です」

 船岡和美と坂野今日子も次々に言う。女性陣に不人気なようだ。

「それよりどうよ? 手ごたえは」

「池崎くんと会長とで二勝できれば、なんとか面目が立ちますからね」

「頑張ります……」

「とはいえ、一ノ瀬くんだって当てにはならんか」

「勝負事になるとあいつは予想がつかないからね」

 和美が言うのに美登利も苦笑いする。

「また伝説が増えたりして。賭けようか? 高田にムカついてやりすぎ反則負けに五百円!」

「それなら私は五千円賭けます」

「賭けにならないって、それ」

 そんなこんなで大会当日、正人たちは私立西城学園にやって来た。

「池崎、入るの初めてか?」

「もちろん」

「馬鹿広いからな、ちゃんとついて来いよ」

 引率者のノリで同行している宮前に出場メンバーはついていく。一番うしろで一ノ瀬誠がため息をついた。

 兄が通っていた学校だと思うと少し感傷的になった正人だったが柔道場に着いてその物思いを振り払った。

「辞退するものと思ってたのによく来たね」

 文化祭で顔を見たことのある高田孝介が誠に手を差し出す。誠は選挙戦のときのような張り付けた笑顔でそれに応じた。

「急なことで申し訳なかったが参加してくれることに感謝する」

 もう一人進み出てきたのが官房長篠田幸隆のようだった。堂々とした立ち姿で、高田とも誠とも違うタイプのリーダーのようだ。

 試合はトーナメント方式の団体戦。昨年優勝の江南をシード枠としてまずは西城と青陵が戦う。

「何度も言ったがな、勝てとは言わん。おまえにできるベストは引き分けることだ。粘って引き分け、それを狙え」

 とくとくと宮前に諭されて送り出された先鋒の選手は、作戦通りに点を取られず引き分けに持ち込んでくれた。

「よしっ。次、思い切り行ってこい!」

 次鋒戦、正人の出番だ。

 相手は自分より余裕で大柄、予想はしていたことだ。ふうーとひとつ息をつく。教えられた通り、練習通り。

 宮前にレクチャーされた通り、自分から仕掛け相手を動かす。また自分から仕掛け、相手を動かす。

 それを何度か繰り返したとき、相手が崩れた瞬間がはっきりとわかった。

 なにも考えなくても体が動いていた。気がついたら、正人の背負い投げが決まっていた。

「やった!」

 飛び上がって宮前が喜ぶ。

「すごいぜ、池崎! おれら初めて試合で勝ったよ」

 柔道部員の問題発言はさておき、正人も素直に嬉しかった。

 だがその勢いは中堅、副将には引き継がれなかった。一勝二敗で迎えた大将戦、盛り上がる場面であるのに大将である一ノ瀬誠の表情は暗かった。

「やっぱり来るんじゃなかった」

「おいおい、頼むよ」

「腹が立つんだよ、あの顔」

 西城の大将である高田は自校の勝利を確信して余裕の表情だ。

「力の加減ができそうもない」

 つぶやいて立ち上がった誠を見送り、宮前はがっくりと肩を落とす。

「だめだな、ありゃ」


「で、絞め技でやりすぎて反則を取られたと」

「だから勝負事は苦手だと言ってるんだ」

 開き直りとも取れる誠の表情に綾小路は盛大にため息を吐く。

「予想通りでつまんない」

 クールな和美の言葉に坂野今日子がフォローに回る。

「でも柔道部員もなかなか頑張ってくれたようですし」

「確かにそれは収穫だが」

 尾上も頷く。

「でも来年はもう呼ばれそうもないよね」

 肩を竦めた美登利に安西がまあまあと扇子を開く。

「武道大会の常連になれるかどうかは後進への課題ということで」

 安西の言葉に皆が黙った。それぞれがそれぞれの表情で残された時間を思う。

 残りあと一年……。



「おつかれさま」

「うん」

 久々にふたりでの帰り道。綾香は嬉しくて仕方がない。

「活躍したんだってね」

「負けは負けだけど、でも、おもしろかった」

「わたしはさびしかったな。一緒に帰れなくて」

 なるべく押しつけがましくならないよう、声を明るくして綾香は気持ちを言ってみる。

「うん……」

 驚いた風に目を上げる正人に綾香は勇気を出して言ってみた。

「だから、手をつないでくれる?」

「いいけど」

 差し伸べられた手に自分の手を重ねる。それほど大きくないけれど、思ったよりずっと節くれだった指。

 どきどきした。照れくさくて顔を上げられない。

 手をつないで信号までの短い道のりを歩いた。それだけで綾香は十分しあわせだった。

 そのときには、そう思った。

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