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Episode 14  片瀬修一という男

*登場人物

・池崎正人

新入生。偏った遅刻癖で問題児となるが、持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。様々な人間関係にもまれて成長していくが。


・森村拓己

正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。


・片瀬修一

正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。


・小暮綾香

正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。恋愛に積極的で入学早々に「開校始まって以来のプレイボーイ」佐伯裕二と付き合うが。


・須藤恵

綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。


・宮前仁

美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

 クリスマスイブなんかに街に出るつもりなんかまったくなかった。

「予約したケーキ取ってきて。おつりはあげるから」

 母親が財布から取り出した札に敢え無く撃沈された。どう考えてもこの半分のペイは美味しすぎる。

 それでのこのこ駅前に出てきた片瀬はすぐに激しく後悔することになる。級友たちとかち合ってしまったからだ。

 多分自分は表にはなにも出していない。だが、森村拓己の気まずそうな顔、須藤恵と小暮綾香の困った表情、そしてなにも考えていないであろう池崎正人の顔などを見ていたら、こっちが居たたまれなくなってしまって言葉が出てこない。

 後ろからがしっと肩を抱かれたのはそのとき。

「まあったく、やんなるよな! どっちもこっちもカップルばっかり」

「宮前さん」

「おー。女子可愛いじゃん、おめかししちゃって。いいよなあ。おまえらさっさとどこへでも行きやがれ」

 ぐいっとそのまま肩を押されて片瀬は無理やり連れていかれる。

「わかる、わかるぞ。仲間の中でくっつかれるとさあ、ほんと気ぃ使うよな」

「おれはべつに」

「わかってるから」

 ばんばんと背中を叩いて宮前は改めて片瀬の顔を見る。

「えーと、誰だっけ?」

「片瀬っす。中央委員会やってます」

「中川の子分か。オレは……」

「櫻花の宮前さんですよね」

「ああ、うん。よろしく」

 よく見ると宮前は櫻花のメンバーらしい茶髪の男子たちを連れていた。

「おまえら行っていいぞ。もうつまらん騒ぎ起こすなよ」

 ぺこっと頭を下げて彼らは散っていった。

「ふて寝しようと決めてたのに呼び出されちまってよ、ついてないぜ」

「たいへんっすね」

「そう思うならちょっと付き合え。このまま帰るのはしゃくだ」

 店はどこも混んでいたからふたりはイベント広場に行ってみた。屋台がたくさん出ているから食べるものには困らない。

「カップルと家族連ればっか」

 ケバブサンドをかじりながら宮前がまたぼやく。

「もててるじゃないっすか。彼女さん作らんのですか」

 実際先ほどから数少ない女性グループの何人かが宮前を物色しているのがわかる。

「オレはダメなのよ。目が高くてさ」

 なんだかよくわからない嘆息をして宮前は片瀬に質問する。

「さっきのあの子らもさ、まあ、イケてる方なんだろ?」

「まあ、普通にかわいいですかね。小暮なんか学年一って言われてます」

「マジか。そこまでか。でもオレには全然なのよ」

 ぐしゃぐしゃとゴミを丸めて宮前は男らしい顔をしかめた。

「中川のあの顔子どもの頃から見てんだぜ。たいていの女はへのへのもへじよ」

(すげえヒドイこと言ってる)

「顔じゃなくて性格をみましょうよ」

「その性格ってのがまたさ。あのハチャメチャさに慣れちまってるから、普通じゃもの足りんのよ、オレ」

「ビョーキっすね」

「そう思う」

 なるほど、中川美登利に長く関わるとこうなるということか。気持ちの所在は別にしても。

 片瀬は興味深く思考をめぐらす。選挙戦のあの荒んだ日々。

「選挙、荒れたんだってな」

 宮前がぽつりと訊いてくる。

「そうっすね」

 あの期間もずっと片瀬は美登利の後に付き従っていた。だから片瀬は全部を知っている。中央委員長の手口のすべてを。

「あんなに卑怯に残酷になる必要があったのかなって思います」

 正直に、片瀬は思ったことを話す。

 宮前はふっと笑って彼らしくもなく瞳を伏せた。

「今にわかるさ、あいつらがやろうとしてることがさ」

「……」

「いや。そのときが来たって、わかる奴なんかいないかもしれない。でもそうだな、おまえみたいな奴なら気がつくかもな」

「褒められてんですかね?」

「褒めてる、褒めてる。そういや中川がおまえのこと言ってたわ。冷静で頭が良くて観察力があるってな」

 冬休みに入る前に片瀬自身も美登利に言われていた。

「どうしていつもあなたについてきてもらってるか、わかるよね」

 無言で片瀬は頷いた。

「拓己くんは頭もいいし計算もできる。でもまわりばかり見て思い切りに欠けるところがある。池崎くんは行動力も瞬発力も抜群だけど状況を見る目がまったくない。あなたがいちばんバランスがいい」

 淡々と言って美登利は笑った。

「同じようにやれだなんて言わないよ。あなたはあなたのやり方を見つけてほしい。あと一年の間に」

 そのときの美登利の表情をうまく表現することはできない。それくらい複雑な顔をしていた。

 さておき、それはそうだと片瀬は思った。中川美登利の真似などそうそうできるものではない。

 人心を掌握する力が半端じゃない。味方にひきこむだけではなく、敵とすることも、突き放すことも自由自在。

 彼女の眼差しひとつ、ため息ひとつで相手が心を動かす瞬間を片瀬は何度も目撃した。

 最初は容姿は関係ないと思った。話術や洞察力によるものが大きいと思った。

 だけどやっぱり、美しいということはそれだけで嫉妬と羨望を刺激する。悩ましく心を乱される。

 思うに、自分は感情が顔に出にくい質らしい。出にくいだけでなにも感じていないわけではないのだが。

 中川美登利の後ろで様々な感情の片鱗を眺めてきた。反発、友愛、心酔、信頼、尊敬、利用、不快、関心、恐怖、執着、親愛、警戒、好奇、愛情……。

 そう、自分だってなにも感じていないわけではない。ただ思っていることが顔に出にくいだけで。

 だから中川美登利があのとき自分の前であんな表情を見せたのは、彼女の隙としか言いようがない。まことに悩ましい。

 だから片瀬は、友人の池崎正人のことが少し心配だ。どういうわけだか美登利は正人に対して脇が甘い。いつか友人が混乱することがなければいいと思う。

 正直既にそれは始まってしまっているようにも見える。小暮綾香との始まりが吉と出るか凶と出るかはわからない。友人のためにこのままうまくいってほしいとは思っているが。

「くそ、カップルばっかり」

 人波を眺めてまたぼやく宮前に片瀬は尋ねる。

「先輩と生徒会長もふたりで出かけてるんすか?」

「いや、中川は親戚のとこ行っちまったから、誠は家に引きこもってるだろうさ」

 答えてから宮前はじろりと片瀬を見る。

「鎌かけたな」

「そういうわけじゃ」

「食えない奴だな。さすがは次期中央委員長」

 ふんと鼻を鳴らして宮前は人込みに視線を戻した。

「別に隠してるわけでもないだろうが、大っぴらにしたらしたで面倒だろうからそうしないんだろうな。もともとあいつらあんなだし。昔からそうだ。でも気がついてるならちょうどいい、気をつけろよ」

 ふんと笑って宮前はこぼす。

「誠の本性ほど恐ろしいものはないからな。俺はそう思ってる」

 片眉を上げて更にこぼす。

「こないだなんか、いきなりみかんの皮顔にぶつけられてよぉ。怒ってんなら口で言やあいいのにまったく陰湿なんだ、あいつは」

「仲いいっすね」

「おう。幼馴染だからな」



 店から出てすぐに目に入った花屋の店先に正人は寄っていく。

 ついて来た小暮綾香を振り返る。

「今度は自分で選ぶんだろ」

「うん」

 綾香は嬉しそうに笑う。

「わあ、バルーンがついてるのもあるよ。かわいい」

「須藤もどれか選びなよ」

 拓己が言ってくれたのに恵はふるふると遠慮する。

「私はちゃんとプレゼントもらったよ」

 ちゃんとの部分を強調して正人にプレッシャーをかける。そんな恵の肩を苦笑しながら拓己がぽんぽんと叩く。

「まあまあ。ほら、選びなよ。この辺の小さいのでよければ」

「綾香ちゃん、どうする?」

「うーん……」

 ピンク色のバラ。植物園で見たような大輪の。そんなバラを探して切り花のコーナーに向かう。

 バラだけでもたくさん種類があった。色とりどりでこれでは目移りしてしまう。

 そんな綾香の後ろから、すうっと腕が伸びた。

「恋人に贈るなら、赤いバラだよね」

 ひと際深い真紅の一本を手に取って、その人は綾香に笑いかけた。「ね?」とスタッフにも同意を求める。

「そうですね。クリスマスカラーでもありますし、この時期人気です」

「僕も好きな子にあげたいけど、会えそうもないから母にあげようかな。予算これくらいで作ってくれる」

 どう見ても年上。大学生な感じだ。

 花束を待つ間、見知らぬその人は更に話しかけてきた。

「君ら高校生だろ。どこの学校?」

「青陵です」

 彼の微笑みが深く深くなる。

「ふうん。いいね、楽しそうで」

 花束を受け取って、彼はもう一度四人を顧みた。

「可愛らしいお嬢さん方にはピンクやオレンジのほうがいいのかな。それじゃあ」

 花束を持つ姿がサマになる。

「かっこいい人だねえ。佐伯先輩とどっちがイケメンかな」

 言ってしまってから拓己の前で失言だったかと恵は彼を窺い見る。

「あの人、見たことある」

 拓己はなぜか固い表情でその人を見送っていた。

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