Episode 12 花のような君へ
*登場人物
・池崎正人
新入生。偏った遅刻癖で問題児となるが、持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。様々な人間関係にもまれて成長していくが。
・中川美登利
中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。並々ならないこだわりを学校に持ち、そのために周囲を振り回す。
・一ノ瀬誠
生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。
・綾小路高次
風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?
・坂野今日子
中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。洞察力に長け、容赦なく相手を攻撃したりもする。
・船岡和美
中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。明るい性格だが、今日子と同じく洞察力にすぐれるゆえ人間関係に疑問を持つこともある。
・澤村祐也
文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。
・安西史弘
体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。
・森村拓己
正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。
・片瀬修一
正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。
・小暮綾香
正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。恋愛に積極的で入学早々に「開校始まって以来のプレイボーイ」佐伯裕二と付き合うが。
・須藤恵
綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。
週明けの月曜日、そのニュースはまだ寝ぼけまなこの生徒たちの間を、爆竹のように目覚ましの効果を伴ってかけめぐった。
「池崎? 中央委員会のやつだろ」
「調理部一年のかわいい子」
「ちっきしょ。街がクリスマスに浮かれ出したからってよう」
空気を読みすぎるほど読んでしまう船岡和美は顔をしかめて中央委員会委員長の中川美登利に注進した。
「このままじゃ、あの子たち新聞部の餌食だよ」
中央委員会の秘蔵っ子と学年一の美少女、ビッグカップルといえるふたりの交際発覚である。新聞部どころか広報委員会までボスである美登利のところに駆けつけて来そうなネタだ。
「森村くんと須藤さんみたいに上手くやってくれてれば良かったんですが」
「いや、むしろ森村カップルが計算力高すぎなんであって」
坂野今日子に和美が突っ込む。
「うーん」
頬杖をついて美登利は考える。
「ここんとこ情報収集の暇なかったからネタがなあ。選挙のために温存も必要だし。何かない?」
風紀委員長の綾小路高次に振ってはみたが、こちらも眉を上げて見せただけだ。
「こうなったら、紗綾ちゃんとあんたのラブラブ写真を公開するとか」
「殺すぞ」
「やーだ。冗談が通じない」
ほんとにどうしよう、と珍しく美登利が頭を悩ませていると、
「呼ばれてないけどじゃじゃじゃじゃーん! なのだよ!」
朝からハイテンションで現れたのは、もちろん安西史弘である。
「我が盟友池崎くんがピンチのようではないか」
だれが盟友? 皆が思ったが面倒なので誰も突っ込まない。
「ここはボクが一肌脱ごうじゃないか」
「具体的に何か策があるんだろうな?」
疑わし気な表情の綾小路に安西は能天気に笑って答えた。
「文字通りボクが脱ぐんだよ!」
『万能の人・安西史弘の挑戦! 海岸にて寒中水泳大会急遽開催。求む参加者』
(なんかまたアホなことが始まった)
いつものように時間ギリギリで飛び込んだ校門前広場では、号外のビラが乱れ飛び、花壇の縁に仁王立ちした安西がヒーローインタビューのように新聞部と広報委員会の取材に囲まれていた。
「まさかおれたちもやらされたりしないよな」
ひとりごちながら校内に入ると昇降口前の廊下で船岡和美と坂野今日子に会った。
「良かったねぇ、池崎くん。盟友が助けてくれて」
盟友? 誰が?
「悪事千里を走るですよ。気をつけてください」
今日子に睨まれたが身に覚えがまったくない。
「悪事だなんてかわいそうだよう、坂野っち。青春だよ、青春の甘酸っぱい果実をかじっちゃったんだよねぇ」
いやーな予感がして正人は顔をしかめる。
「しあわせだねぇ、池崎くん。かわいいカノジョができちゃって。おめでとう」
「まあ、そうですね。おめでとうございます」
にやにや笑っている船岡和美と、異様にクールな坂野今日子と。
確実に、当分このネタでいじられる。正人はたらりと汗をたらした。
「うっわ、まじ寒い」
「そろそろここでの作業も限界だね」
「今日中に完成を目指してがんばろー」
おーっと屋上に集まった面々は震える拳で気合を入れる。
「澤村くん、やっぱやめときなよ。風邪ひいたらどうするのさ」
「そうだよ、クリスマス公演だってあるんだから」
船岡和美と小宮山唯子が言い募ったが文化部長澤村祐也は頑として聞かなかった。
「やだ。今日は僕も頑張る」
柔和で穏やか。だけど突然はがねのように頑固な一面を見せるときがある。知っている美登利は澤村に園芸作業用の手袋を差し出した。
「怪我だけはしないでね」
「うん」
残る一番広い花壇にチューリップの球根を植えたら屋上庭園はいよいよ完成だ。
「ランダムに植えるからね。どんな色合いになるかはお楽しみ」
「いいですね! きれいですよ、きっと」
がやがやと作業している合間に船岡和美がそうだ、と声をあげた。
「聞いちゃったよー、池崎くんたらカノジョにお花あげたりしちゃったんだってね」
なぜ知っている!? 目を剝く正人の隣で森村拓己がパッと不自然に顔を反らし、園芸部女子たちが騒ぎ出した。
「やるなあ、池崎くん」
「んー、すてき」
「いいなあ」
きゃっきゃっと騒がれながら注目されて正人は赤くなる。
「や、だって。花もらって喜ばないやつはいないって、ここでさんざん、言ってたから」
ぶっと美登利が吹き出して肩を震わせる。
「やだもう、なんなの、この素直な子」
いっそ心配げに小宮山唯子がため息を吐き出す。
「悪い女に騙されちゃいそう」
「でもさー、あげたのが黄色のバラってのがねえ」
ざーっと皆が引いた。
「ないない」
「ないわー」
「らしいといえばらしいけど」
「ねー」
なにを言われているのかさっぱりわからない。固まっている正人を見て澤村祐也がくすっと笑った。
「僕はみどちゃんに黄色のチューリップをあげたことがあるよ」
え、とやはり皆が固まる。
「私が黄色いのが可愛いって言ったから選んでくれたんだよね」
美登利も微笑んで補足する。小宮山唯子がその横から言った。
「オランダのチューリップの伝説って知ってる?」
「どんなお話ですか?」
園芸部の一年生が部長の話を促す。
「三人の騎士にプロポーズされた女の子がね、優しいあまりに誰のことも断れなくて、一人を選べなくて、花の女神さまにお願いして自分を花に変えてもらうの。その花がチューリップで三人の騎士は仲良くチューリップを育てましたっていう……あれ?」
うっとりと語っていた唯子だったが、皆が黄色のバラの比でなく引いているのに気づいて首を傾げる。
「いや。それ、いい話か?」
代表して和美が口を開く。
「誰も選べなくて花になるってどんだけ優柔不断? 男三人だって嬉しくないよね? 意味わからない」
「まあ、それは、生身の女の子がいいに決まってるよね」
澤村がさらりと言ったのに「ほらほら」と和美は力を得る。
「花って奥が深いっすね」
片瀬がぼそりとつぶやいて女性陣がどっと笑った。
作業の後、ひとり先に戻っていく澤村祐也を正人は慌てて追いかけた。
「さっき、おれがいじられてたから話変えてくれたんですよね?」
階段を下りていた澤村は踊り場で振り返って正人を見上げる。
「君は花言葉なんて思いもしないみたいだったから」
「花言葉」
「黄色いバラは、嫉妬とか、恋に飽きたって意味があるから、女の子は嫌うみたいだね」
「え」
「みどちゃんが言ってたよね。好きな花をあげて喜んでもらえたならそれでいいんだよ」
じゃあねと階段を下りる澤村を正人はまた呼び止める。
「黄色いチューリップの意味は?」
「……。かなわない恋」
びっくりしている正人に澤村は笑う。
「君の場合は花言葉がほんとにならなければいいね」
にっこり笑った澤村だったがその笑顔には違和感があった。
正人が屋上に戻ると、出入り口のところから船岡和美が怖い顔をして正人を見ていた。いつも能天気な態度の和美がこんな顔をするのは珍しい。
「池崎くんはもう少し、まわりを見るべきだと思うよ」
ふいっと階段を下りていく。正人はますます訳がわからなかった。
「もう、この書類今日中に提出だって言っておいたじゃないですか」
「大丈夫。間に合うよ」
マイペースな生徒会長に、一年生で生徒会副会長の本多崇は「お願いしますよ」と念を押す。
「できてる分先に置いてきます。サボらないでやっててくださいよ」
「はいはい」
ペンをくるくる回して一ノ瀬誠は頬杖をつく。やはり坂野今日子の驚異的な事務能力が欠けると自分のところまでしわ寄せがきていけない。それも今日までのようだが。
(屋上は寒いだろうに)
思っていると、本多が開けたままにしていった戸口に人が立った。
船岡和美だ。ジャージ姿のままで、一目で機嫌が悪いとわかる。
「どうしたの?」
「よかったね、一ノ瀬くん。池崎少年にカノジョができて」
(ああ、やつあたりか)
心の中で嗤って誠は視線を書類に戻す。
「安心したでしょ? 最初から池崎くんのこと警戒してたもんね」
「そんなことないよ」
「今までまわりにいなかったタイプだもん。美登利さんが欲しがるのはわかってたよね」
「……」
和美は引かない。面倒になって誠は攻勢に出た。
「安心はしないよ。人の心は変わるから。船岡さんはさ、むしろそこに希望を持ってるわけだろう。だったらもう少し必死になったら? 棚ぼたで落っこちてくるほど君の男は安いわけ?」
「やな奴だねっ。豆腐の角で頭ぶつけて死ねばいいよ」
捨て台詞を残して和美は行ってしまう。やれやれと息をついて誠は仕事に戻る。
いやな奴で大いに結構。ペンを走らせながら思う。
いい人なんかでいたら欲しいものは手に入らない。十年かけて学んだ。もう、誰にも負けない。
水を買いに購買室の自販機に行くと、そこに中川美登利がいた。立ったまま缶コーヒーを持ち、睨むように掲示板を凝視している。
「ああ、おつかれさま」
正人に気づいて少し表情をやわらげた。
ペットボトルのキャップを捻りながら正人も掲示板を見る。
『第十四回生徒会会長選挙日程』
「告示の前に間に合ってよかった」
「まさかこのために花壇の完成急いだのか」
「それもあるけど、やっぱり寒くなる前に終わらせたかったものね」
軽く肩を竦めてから、また厳しい目になって美登利は日程表を見る。
「今度は不戦勝ってわけにはいかないからね。普通の勝ち方じゃ足りない。なにがなんでも圧勝したい」
並々ならぬ気迫を感じる。
「どうして選挙にこだわるんだよ」
「政治の世界も同じでしょ。政権与党じゃないと政策の実現が遅くなる。まだまだやらなきゃならないことはたくさんある」
学校に対する美登利の執着がまた垣間見えて、正人は不安になる。
話題を変えたくて口を開いた。
「今度勝ったら初代に並ぶ連勝記録だって森村が」
コーヒーを一口飲んで美登利は眉を寄せた。
「そうだね、そうなるかな。任期でいったら初代は特殊だから。上の学年いなかったわけだし」
「三年間同じ人が務めたんだろ?」
「……」
缶コーヒーを傾けた姿勢のまま美登利は横目に正人を見る。
「?」
「言ったことなかった? 私のお兄ちゃん。初代会長」
「!」
「ちなみに友好協定を結んだときの西城側の生徒会長があなたのお兄さん」
無言で立ちすくんでいる正人を見て美登利は嘆息する。
「池崎くんは知らなすぎだよ。いろいろと」
空き缶を捨てながら「でも」とつぶやいて正人を振り返った。
「そこがあなたのいいところかもね」
「……」
「気にしなくていいよ」
「うん」
水を飲む。掲示板の隅のポスターに目を引かれて正人は指差した。
「あの花」
美登利が目を向ける。近所の神社の例大祭のポスターだ。手前に大きく植物園で見た立木の花が写りこんでいる。
「山茶花だね」
「山茶花……演歌のタイトルで聞いたことあるぞ」
美登利はおもしろそうに笑う。
「花言葉知ってる?」
「知るわけないだろ」
「困難に打ち勝つ」
なるほど。好きそうな言葉だ。
思ったとき正人の携帯の着信音が鳴った。拓己からのメールだ。昇降口で待っているらしい。
「じゃあ、帰ります」
「さよなら」
手を上げた美登利は思い出したように付け足した。
「お付き合いおめでとう」
「なんで……」
廊下に一歩踏み出していた正人だったが引き返して美登利に訊いた。
「なんで付き合い始めたからっておめでとうなんだ。結婚したわけでもないのに」
まわりから口々に言われて、まるで外堀を埋められているようで、ついていけない。
「これは単に、よかったねってくらいの意味合いで」
正人の深刻な顔の方にこそ驚いた様子で美登利は眉をひそめる。
「それに小暮さんは佐伯先輩にひどい目にあわされてるし、片棒担いだの私だし」
(あ……)
「よかったなって思って。拓己くんも須藤さんも楽しそうで」
美登利は微笑んで目を伏せる。
「うん。楽しそう。よかったね」
「……」
いつまでも動かない正人を美登利が不思議そうに促した。
「待ってるんでしょう、早く行ったら」
「はい」
今度こそ速足に昇降口に向かう。
わけもなく胸が痛くて正人は眉を寄せる。
「待ちくたびれたぞ」
拓己と綾香と恵が待っていた。
「へへ。これもらった」
拓己がラッピング袋に入ったクッキーを正人に見せる。
「はい、池崎くんのぶん」
綾香が同じものを正人に差し出す。拓己のとは少し違ってピンク色のリボンが結んである。
「ありがとう」
うん、と頷いて綾香は歩き始める。
「あのさ。花言葉、教えてもらった」
正人が話しかけると、拓己から既に話を聞いていたのか綾香はくすっと笑った。
「わたしがあのときバラの花ばかり見てたからだよね」
「そうなのかな」
「黄色がいいと思って選んでくれたんでしょう? わたしは気にしてないよ」
けなげに笑ってくれる彼女をかわいいと思う。だけどやっぱり少しだけ、胸が痛かった。
この後始まった選挙戦は正人たち一年の想像をはるかに超えて熾烈を極め、そして思い知ることになった。三大巨頭の、とりわけ中川美登利の恐ろしさを。




