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Episode 11  告白

*登場人物

・池崎正人

新入生。偏った遅刻癖で問題児となるが、持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。様々な人間関係にもまれて成長していくが。


・中川美登利

中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。並々ならないこだわりを学校に持ち、そのために周囲を振り回す。


・森村拓己

正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。


・小暮綾香

正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。恋愛に積極的で入学早々に「開校始まって以来のプレイボーイ」佐伯裕二と付き合うが。


・須藤恵

綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

 見事にバスを降りそこねた。バス停から森村拓己と須藤恵が目を丸くしてこっちを見上げている。

 小暮綾香は口をぱくぱくさせてそれを見送るしかない。

 一年生のみでの遠足。朝、駅の広場に集合してから班ごとに別れ出発した。

 校外活動では班行動を課せられていてもばらけてしまうのはよくあることだ。一組の池崎正人と須藤恵と、三組の森村拓己と小暮綾香が四人で行動していてもさほど目立ちはしなかった。

 指定の範囲の中から見学場所を選びレポートを書く。それが一応の課題だ。

 最寄駅から路線バスに乗り、目的地を目指したのまでは良かったのだ。それなのに。

「どうしよう。次のバス停で降りて戻らないと。この路線本数が少ないみたいだったけど大丈夫かな……」

 不安がる綾香に対して池崎正人は妙に落ち着き払っている。路線図を指差して綾香に言った。

「このまま植物園に行こう。課題の中にあったよな?」

「うん。あ、でも。クラス違うわたしと池崎くんが同じレポートじゃおかしくない?」

「おれと森村のを交換すりゃいいだろう」

「あ、そうか。じゃあ、そうメールを……」

 鞄の中をごそごそしながら綾香は「それにしても」と眉間を寄せる。

「池崎くんて、こんなに悪知恵の働く人だっけ?」

「……」

 日々の委員会活動のたまものということか。嫌よ嫌よと口では言ってもしっかり影響を受けてしまっている。

 そんなこんなで行き先を変更して綾香と正人は植物園にやって来た。

「まずは奥の温室に行くか」

「うん」

 平日の園内は極端に人が少ない。一応秋バラが見頃らしく来園者はそっちに集中しているようだった。

 温室の前が芝生の広場だったので温室内を一周した後、ふたりはそこで早めに昼食にした。

「そのお弁当どうしたの?」

「寮で作ってくれたよ。仕出し弁当みたいだろ」

 食えればいいけど、と正人は好き嫌いなくおかずをかきこむ。

「屋上庭園、もうすぐ完成するんだよね」

「うん」

「そしたら自由に屋上に行っていいんだよね」

「開放するのは昼休みと放課後かな。鍵の開け閉めは中央委員会の仕事になるらしいから当番増えるのが面倒」

 先に食べ終わった正人はごろんと芝生に寝転んで腕を伸ばした。

「ここ、気持ちいいな」

 この時期もう風は冷たかったが少し寒いという程度だ。

「屋上にも芝生があればよかったなあ。芝生を張るなら春じゃないとって却下されちまった」

「へえ」

「これからチューリップの球根を植えるって言ったかな。他にもいろいろ。春には花畑みたいになるって。女子は喜ぶんじゃないか」

「そうだねぇ。でもスゴイよね。屋上の自由化って何年も前から生徒会が公約にしてたんだってね。今の代でやっと実現できたんだ」

「……あの女は手段を選ばないからな」

 正人が中川美登利のことを言ったので、綾香の神経はピリッと尖る。そういう自分がとても嫌だ。

 自己嫌悪を感じていると、ふと正人が表情を陰らせてこっちを見た。

「なに?」

「いや……」

 正人はすぐに視線を反らす。

 綾香は疑問に思いながらお弁当を片づけて正人を促した。やはりここにずっと座っているのは寒い。

 自販機で熱い缶コーヒーを買ってそれを手に包みながら歩く。正人はジャケットのポケットに手を突っ込んで綾香の前をゆっくり歩いている。梅の木が並ぶエリアやぼたん園を通り抜けたが時期ではないから花がない。

「竹と笹の違い、だって」

 竹林の中で説明文を読んだ正人が頭上を見上げる。レポートに使えそうだと思ったのか携帯を取り出して看板と竹林を撮影する。綾香もそれに倣う。

「えーと、皮が残っているのがササ……」

 仰ぎ見る綾香の瞳に雨粒が飛び込んできた。

「雨……」

 空は日が差して明るいのに大粒の雨が降ってきた。

「こっち」

 正人が綾香の手を握って走り出す。そこから見えた屋根付きの休憩所に駆け込んだ。

「はあ、びっくりした」

 そこはバラ園の中心にある休憩所だった。

 先ほどちらほら姿が見えた来園者も今はひとりもいない。三百六十度どっちを見てもバラが咲いている。

「きれい」

 赤やピンクや白。大輪のものから小さくたくさん咲いているものまで。

 近くにあったひときわ大きな淡いピンク色のバラに惹かれて綾香はそちらに寄る。屋根の下ぎりぎりにしゃがんで名札を覗き込む。

「スイートアバランチェ」

 すっきりと上品で、美しくも可愛らしくもある。

「薔薇の花ってさ、中川先輩のイメージ」

 嫉妬と憧れ。それでもやっぱりキレイだと思う。凛としたあの姿。

「は? バラ?」

 そんな綾香の感慨は正人に鼻で笑われた。

「こんな楚々とした感じか? あの女が。こんなもんじゃないだろ。もっと、こうふてぶてしくて、仰々しくて、押しつけがましくて」

 辺りを見回して正人は少し離れた場所にある立木を指差した。木の枝いっぱいにピンク色の花が咲き誇っている。

「そう、あれだ。自己主張強すぎ」

「なんだろう、あの花。椿じゃないよねえ」

「知らないけど」

 ふんと正人はベンチに座る。

「座ったら?」

 言われて綾香も隣に腰かけた。空は明るいものの雨はまだ止みそうもない。

「わたしって、雨女かも。誕生日、いつも雨が降るんだよね」

 綾香ははっと口をつぐんだ。両手を後ろについて背中を斜めにした姿勢で正人が綾香を見ている。

「今日?」

「うん」

「ふーん」

 彼は相槌を打ったきり空を見上げる。綾香は膝に置いた鞄をぎゅっと握ってバラ園に目を向ける。

 誕生日に、バラに囲まれて、好きな人とふたりきり。シチュエーションだけなら最高だ。だけど肝心の相手がなにを考えているのかわからない。

「あ、やんだ」

 降ってきたときと同じに唐突に雨は止んだ。煙ったように見える景色の中で強さを増した日差しがまぶしい。

「早く行こうぜ」

 身軽く正人が立ち上がる。

「うん……」

 綾香は少しだけ来た道を戻り先ほど正人が指差した立木を見に行った。ピンク色の大輪の花たち。

「サザンカ……」

 今の雨で散ってしまった花びらが絨毯のように木のまわりを埋め尽くしていて、それもとても綺麗だ。

 名札には花言葉がふたつ記されてあった。

『困難に打ち勝つ』『ひたむきな愛』

 綾香は急いで正人を追いかけた。

「お土産見てもいいかな?」

 帰りのバスの時間を確認してから綾香は言った。

「恵と交換するんだ」

「自分の誕生日なのに人にあげるもん選ぶの?」

「それとこれとは別なんだよ」

 それほど広くはない売店で品数は限られている。それでもやっぱり花をモチーフにしたかわいらしい雑貨が多くて綾香は選ぶのに手間取った。

 正人はどこにいるのかと見回すと、隣の花き売店の方にいた。

「お待たせしました」

 バス停で少しの間バスが来るのを待つ。

 そこで不意に正人が綾香に何か差し出した。

「ん」

「え……」

「誕生日プレゼント」

 黄色い一輪のバラ。短く切った茎にピンク色のリボンが結んである。

「……。ありがとう……」

 指が震えた。胸が痛くて鼻がつんとする。涙が出そう。

(どうしよう)

 言いたい。

(どうしよう)

 言っちゃだめ。

(言いたい)

 勝ち目なんて、ない。

「好き……」

 なのに言葉がこぼれ出て。

「あなたが好き……」

 止めようがなかった。



 それからなにをどうしたかまるで記憶がなくて。気がついたら池崎正人はいつもの河原の芝生に座っていた。

「あら、池崎くん」

 後ろから呼ばれたけれど気づかなかった。

「こんにちは池崎くん。寒くないの? こんなところで。あ、今日はなにも持ってないのだけど」

 城山夫人が正人の隣に座った。

「あらあら、どうしたの? なんだか惚けた顔しちゃって」

 じいっと正人の顔を見回した後、城山夫人はふふっといたずらっぽく微笑んだ。

「わかった。女の子に告白されちゃったのね」

「!!」

 エスパーか、と正人は目を剝く。

「わかっちゃうのよ。おばあちゃんには」

 ほほほほ、と城山夫人は高笑う。

「それで? なんてお返事したの?」

「へんじは、まだ……」

「うーん、お悩みの様子ねぇ。お断りしたいの」

「や、だから、そんな……」

 夕刻で肌寒さを感じる頃合いだというのに正人は妙な汗を流す。

「もう、なにも、わからないっていうか、いきなりすぎて」

「大抵の場合、告白っていうのは突然なものよ」

「……」

 極端に首を俯けている正人に「ふう」と息をついて城山夫人は優しく語った。

「それじゃあ、いちばんしてはいけないことだけ教えておいてあげるわ」

 正人はかろうじて顔を上げる。

「わからないって理由で相手から逃げ出してしまうこと。男性として最低だし、なにより誠意がないわ」

「誠意……」

「わからないならわからないって、相手にちゃんと伝えるの。それならもういいですって言われたらそれまでだし、それなら一緒に考えましょうって言われたなら、あなたはそれにひとつひとつ答えていけばいいわ。誠意を持って、正直に」

「正直に」

「あなたたちくらいの年の頃にはいちばん大切なことよ。つまらない見栄やはったりで本当のことを見逃してしまってはダメ。自分にも相手にも正直に。これが後悔しないためのコツね」

「……」

「実践するかしないかはあなたの自由だけど、おばあちゃんの知恵袋だと思って留めておいてね」

「はい」

 城山夫人の暖かい手が正人の背中を叩く。

 正人の背に手を置いたまま、城山夫人はふと土手の上の道を振り仰いだ。つられて正人も振り向く。

 中川美登利がなぜか驚いた顔をしてこっちを見ていた。声もなく口を動かしている。

「……?」

 疑問に思う正人を一瞥し、美登利はなにも言わずに行ってしまった。どこへ行くのか、帰り道とは方向が違うはずだが。

「さあ、体を冷やしてはいけないわ。もう帰りましょう」

「ありがとうございます」

 小さく礼を言うと、城山夫人はいつものように優しく優しく微笑んだ。



 地元の駅近くのカラオケボックスで、綾香は歌いもせずにテーブルに突っ伏している。

 やはり歌わずにソフトクリームばかりつついていた須藤恵はそれにも飽きてスプーンを置いた。

「ねえねえ綾香ちゃん」

「消えたい。もう消えちゃいたい」

 告白したぐらいで消えてしまっていたら地球上から女子という女子が居なくなってしまう。

「綾香ちゃーん」

「まだ、言うつもりなんかなかったのに」

 そりゃまあ、花なんてもらってしまえば、気持ちも盛り上がってしまうわけで。

(罪作りなヒト)

 恵はやれやれと息をつく。

「あのね、綾香ちゃん。時期尚早って言うけどさ、わたしはそんなことないと思うよ」

「だって池崎くんは……」

「だからそれ、違うと思うよ。綾香ちゃん考えすぎだよ」

「だって……」

「だってもなにも、中川先輩だよ? 本気で好きになる人なんてそうそういないよ。いたらスーパーマンだよ」

「……」

「池崎くん負けず嫌いなだけなんだよ。それで意識しちゃってるだけだよ」

「そうかなぁ。でも、じゃあ、なんでなにも言ってくれなかったんだろう」

「そりゃ、びっくりしたからじゃない? 池崎くん免疫なさそうだもん」

「うん……」

「明日さ、ちゃんと聞いてごらんよ。ね?」

「やだ。絶対振られる」

 わっとまた突っ伏してしまった綾香に恵は苦笑いするしかない。

「おーい、綾香ちゃん。わたしの本気の予想を言うとね」

 綾香がぴくりと目を上げる。

「池崎くんは、わからないって言うと思うよ」

「……」

「だからここで先に進めるかどうかは、綾香ちゃん次第だと思う」

「でもそれじゃあ、佐伯先輩のときと……」

「違うよ」

 恵はきっぱり言い切る。

「佐伯先輩と池崎くんは全然違う。怖がっちゃダメだよ」

「うん」

「池崎くんは大丈夫だよ。絶対綾香ちゃんのこと好きになるよ。綾香ちゃんが頑張れば」

「うん……」

「今度は全力で応援する」

「うん」

 力強く言い募る恵の勢いに押されて綾香はこくこく頷いた。


 翌日の昼休み、恵が正人を調理室に呼び出してくれた。

 固い表情で正人は、告白にはとても驚いたこと、自分には好きな人はいないし誰かと付き合おうとか考えたこともないこと、綾香のことをそんなふうには思ったことはない、などということを問われるままに率直にぽつぽつと語った。

 まるで質疑応答だ。なんだか可笑しくなってしまって、それで肩の力を抜いて話すことができた。

 今はまだ好きじゃなくてもいいから、付き合ってほしい。綾香が言うと、正人は難しい顔で黙り込んだ。

「わたしのこと嫌い?」

「嫌いじゃない」

「それなら隣にいてもいい?」

 今はただ、その許しが得られればいい。先の約束なんていらないから。

「うん。それなら」

 ホッとして綾香はようやく笑うことができた。

「ありがとう」

 今はただ、素直な気持ちを伝えるだけで。曲解や誤解もなく受け止めてくれる彼に対してなら。素直に。ただ優しく、正直に。綾香は心から言う。

「うれしい。ありがとう」

「うん……」

 正人は恥ずかしそうに頬をかいた。

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