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9《sideゾイス》



私がローゼ様と初めてお話したのは3年前のこと。


その頃のローゼ様は体調が大分回復されていて、王宮内であれば自由に動き回れるまでになっていた。


私は仕事上、王宮内に出入りすることが多く、ローゼ様の存在はもちろん知っていたが、普段自室で過ごされることが多かったローゼ様を直接目に機会はそれまで無かった。


ある時、仕事の資料として本を借りるために王宮内の図書館を利用することがあった。

図書館は静かで司書以外は誰も来ていないと思っていたが、先客でローゼ様が居た。


それまでは見たことが無かったため、最初は、その女性がローゼ様だと気づかなかったが、よくよく思い返してみれば、『第五王女ローゼ殿下は美しいピンクの髪色と瞳をしている』と上司に聞いたことがあったため、その容姿からローゼ様本人だと気がつくことができた。


私に気づくこともなく夢中で本を選ぶ姿が可愛らしいと思った。


そのまま何となくローゼ様の様子を眺めていると、ローゼ様は自分の身長よりも少し高い位置にある本が気になったようで、何とか背伸びをして手に取ろうとし出した。


私はその姿がいじらしく感じ、背後から静かにその本を抜き取って、ローゼ様に差し出した。


「こちらの本でよろしかったですか?」


私が聞くと、ローゼ様はその綺麗なピンクの瞳を丸くし、次の瞬間には赤面して顔を俯かせてしまった。

しかし。


「……あ、ありがとう、ございます……」


小さな声でお礼を言うローゼ様は、そのまま私から本を受け取り、一礼した後、小走りにその場を立ち去ってしまった。



ローゼ様の行動や表情一つ一つが何故だかとても心に残り、その日から王宮内でローゼ様を見かける度、無意識に目で追うようになっていた。


最初は緊張や人見知りからか、私が挨拶をしても、一礼されるだけだったが、段々と私に慣れてきてくださり、『…ゾイス様、ご機嫌よう』と控えめな笑顔で挨拶をしてくださるようになった。


その頃にはもうすっかり私はローゼ様のことを好きになってしまっていた。


それからはローゼ様がデビュタントするまでひたすら待ち続け、無事にデビュタントして、ローゼ様に私のことを少しでも知ってもらえたら、すぐに父に話を通し、求婚状を出そうと思っていた。


幸い、公爵家という家格なら王族との婚姻も問題ない。

それに、長男の兄上も次男の兄上も既に結婚しているし、少し前に私は魔術師団で副団長にも選ばれたため、それも評価してもらえると踏んでいる。


明日にはローゼ様がデビュタントを迎えるという頃に、上司である魔術師団の団長に呼び出され、急な任務に出向くように告げられた。


どうしても私ではないといけないという任務だったため、断るわけにもいかず。


デビュタント当日には会場に向かうことが叶わなかった。


その後も何度か会いに行こうとしたものの、仕事の都合等で会うことがなかなか叶わず。


そのままローゼ様が私を知らない状態でも求婚状を先に出してしまえば良いとも考えたことはあった。

ローゼ様も王女という立場上、いずれは誰かと結婚しなければならないのだから、尚更早くに行動に移さないといけない。


しかし、それでも、できることならやはりローゼ様に少しでも私を知ってもらってからが良いと考えてしまう。


ましてや、ローゼ様のご両親であるサンカリュア国王陛下と王妃殿下は、貴族や王族であれど恋愛結婚を推奨している。


特に、ご自身達の子ども達に対してはとても愛情深いことで、国民には知られている。

基本的には貴族という立場の中から選ぶことにはなるが、それでも子ども達が選んだ相手をできる限り尊重しようとしていると聞いたことがある。


実際、ローゼ様のご兄弟方は皆恋愛結婚をしていて、フラン第四王女殿下は唯一、まだ結婚まではされていないが、それも時間の問題だろうと言われている。


ローゼ様が嫌がるような相手ならば、いくら家格が合う者であっても、国王夫妻は首を縦には振らないだろう。


だからこそ、必ずローゼ様との婚姻を認めてもらうためにも、まずはやはりローゼ様に自身のことを知ってもらう必要があると改めて感じた。


そして、少しでもローゼ様に良い印象を抱いてもらえれば、国王陛下に婚姻も承諾してもらえるはずであるし。

婚姻後ならば、いくらでもローゼ様に尽くすことができる。


そう考えて、何とかローゼ様と会う時間を作ろうと必死になって仕事をこなした。


そしてようやくローゼ様とお話できるチャンスが巡ってきた。

昔からの知人であるカルベン伯爵から夜会に招待されたことがきっかけだった。

その夜会には、偶然ローゼ王女も出席すると聞き、私もすぐに参加を決めた。


その日も仕事の後処理によって少し行くのが遅れてしまったものの、カルベン伯爵家の夜会にて、久し振りにお会いしたローゼ様はとても美しくなられていて。

短い時間だったが、ダンスも二曲踊れて素晴らしい時間を過ごせた。


あの日の夜会で、ローゼ様に私のことを多少は知ってもらうことはできた。

夜会でのローゼ様の反応から見ても、私に悪い印象は抱いていないはずだと思い、あと何度か会った後、必ず求婚しようと思った。



そして、その後に開かれたフラン王女殿下とパジェッタ辺境伯の婚約パーティーでも必ず会えると分かっていたので参加するつもりだった。


それが当日になって急な任務が入ってしまい、何とかそれでも、もう一度ローゼ様とお会いしたくて、話がしたくて。


必死になって、急いで任務を終わらせて会場へと向かった。

会場に向かっている途中、王宮の廊下で、何とか無事にローゼ様にお会いすることができた。


しかし、ローゼ様の顔色や雰囲気が明らかにおかしく、心配になって話を聞いたところ。


アニビア大帝国の皇子達の話が出て、私はとても嫌な予感がした。


アニビア大帝国と言えば、軍事国家で、サンカリュア王国よりも規模の大きい国だ。


そして、皇后殿下には二人の息子である皇子達が居て、どちらも良い噂は聞かない。


皇太子であるアンディーテ殿下は、正妃も側妃も居るが、お二方とも、母親である皇后殿下からは気に入られておらず、皇后殿下から執拗な嫌がらせを受けていると聞く。


アンディーテ殿下は、このことを知っておきながらも放置しているとのこと。

その上で女性遊びが激しく、皇族という立場を利用して権威を振りかざし、女性に無理を強いて、飽きたらすぐに捨てるを繰り返しているのだとか。


第二皇子のルデゼルータ殿下は、成人してから数年経っても婚約者一人も作らず。


兄のアンディーテ殿下程ではないにしろ、好みの女性を見つけては、皇族の立場を利用して、女性遊びをしているとのこと。

そしてのらりくらりと妃選びを放棄してきたらしい。


それも恐らく、皇后殿下によるご令嬢方への嫌がらせも原因の一つではあるだろうが、女性遊びを繰り返し、皇后殿下の行動を止めることもない時点でろくでもない男であることに変わりはない。


そして、皇后殿下は無類のピンク好きだと聞いている。

華美なピンクの宝飾やドレスを好んで身に付けているようだ。

そのため、アニビア大帝国に住む貴族令嬢方は、皇后殿下の機嫌を損ねないためにピンクのものを着用しないことが暗黙のルールとなっているとも。


彼等のこういった噂は、確かな情報筋から聞いた内容なので大方合っているはずだ。


……これ等の内容から、容易に想像がついてしまことが多々あった。


まずは、今までサンカリュア王国に直接赴くことがなかったのに、わざわざ今回のフラン第四王女殿下の婚約パーティーに参加したことだ。


表向きは、フラン第四王女殿下の婚約パーティーに参加するために、皇太子アンディーテ殿下と第二皇子ルデゼルータ殿下がサンカリュア王国にやって来たされているが。


その実は、ローゼ様を拝見するため。また場合によっては、妃に迎えようと画策していたのではないだろうか。


恐らく、サンカリュア王国に送り込んでいる従者から、ローゼ様の情報を得て。


ローゼ様の美しいピンクの髪色と瞳。

それは誰もが見惚れるような美しいものだ。


そんなローゼ様を一目見れば、きっと、いや必ず彼等は気に入るだろう。

王妃殿下の好む色を持つからだ。


ましてや、女性好きな彼等は、自分達の周りに居るようなタイプの女性達とは違うローゼ様の魅力に惹かれることだろう。


そうしたら、皇太子アンディーテ殿下の第三妃もしくは妾にするか、

第二皇子ルデゼルータ殿下の正妃にしようと目論むはずだ。


そうなってしまえば、ローゼ様は辛い日々を送ることになってしまう。


しかし、アニビア大帝国からローゼ様宛に求婚状を出されてしまえば、いくらサンカリュア国王陛下であっても、相手が相手だからこそ、なかなかに断ることは容易ではないだろう。


それならば、アニビア大帝国から求婚状を出される前に、急いでこちらから先に求婚状を出しさえすれば、後はサンカリュア国王陛下に話を付けて、ローゼ様との婚姻を認めてもらえる自信がある。


…本音を言えば、ローゼ様とはもう少し、何度か一緒の時間を過ごしてから求婚したかったが、今ではそんな悠長なことも言っていられないだろう。


それに、ローゼ様とはたった二度だけだが、一緒に過ごした時間は素晴らしく、ローゼ様からも私を嫌がるような雰囲気は感じられなかった。

むしろ、どちらかと言えば好印象を抱いてもらえてるのではないかと思う。


それを信じ、私は婚約パーティー後の翌日、すぐに実家であるラーリッシュ公爵家に出向いて、父であるラーリッシュ公爵にローゼ様との婚姻を望んでいることを話し、求婚の承諾を得ることができた。


そして急いで求婚状を用意し、王宮に出した。





しかし、結局それ等の行動は一歩遅かった。

その一歩遅かっただけで、全て無意味となってしまった。


数日後に、サンカリュア国王様から突如として呼び出された私と私の父は、ローゼ様宛に私からの求婚状が届いた翌朝、アニビア大帝国の第二皇子ルデゼルータ殿下からも求婚状が届いたことと、

皇后殿下の生誕パーティーにサンカリュア国王夫妻とローゼ様が招待されたということを聞かされた。


その話を聞いた父は珍しく怒りを露わにしていた。それもひとえに私の想いを理解してくれていたからだろう。

そして私は悔しい思いを抱えながらも、決してこんなことで諦めるわけにはいかないとも強く思った。


仮に、ローゼ様に他に好きな相手が居たとして、その相手とならばローゼ様は幸せになれると言うのなら、私も潔く身を引くことができただろう。


しかし、今回のことは違う。


ローゼ様ご自身が、第二皇子ルデゼルータ殿下との婚姻を望んでいないことは、フラン第四王女殿下の婚約パーティーの時にお会いしたローゼ様の様子から見て理解していたつもりであるし、サンカリュア国王陛下からもはっきりと教えていただけた。


幸せにはなれない相手だと分かっていて、そんな相手の元へ好きな女性を黙って嫁がせるわけにはいかない。


……その日から、私は必死に寝る間も惜しんで、アニビア大帝国の皇族についてより深く情報収集に勤しんだ。

父や兄達、魔術師団の関係者等、多くの方々の協力を仰いで、使えるコネは全て使った。


そうして多くの情報が集まった。集まった情報からは、アニビア大帝国の皇帝陛下と皇后殿下が、ローゼ様とルデゼルータ殿下の婚姻を無理矢理にでも押し切る気でいるということが分かった。


他にも……

・サンカリュア国王夫妻の元へ送られた生誕パーティーの招待状には一日間違った日付で記載していたこと。

・ローゼ様と第二皇子ルデゼルータ殿下の婚姻についての話し合い等する気はなく、そのままサンカリュア国王夫妻とローゼ様を皇后殿下の生誕パーティーに参加させようとしていること。

・生誕パーティーの場で、ローゼ様を勝手にルデゼルータ殿下の結婚相手として紹介し、逃げ場を無くそうとしているということ。


……少し調べただけでも、これだけのことが分かった。


相手側の思惑さえ分かってしまえば、後はその汚い思惑を阻止するのみ。


私は、自身の"もう一つの顔"を使って、ローゼ様を奪い返すことを決めた。






私が、"怪盗ナイト"という存在になったのは2年前のことがきっかけだった。


2年前に祖父が余命幾ばくもないことを悟り、祖父の最期の願いとして昔旅行中に盗まれてしまったという"金の天使が描かれた腕時計"を取り返してくれないかと言われたことだった。


私は魔術師団の立場を利用し、信頼できる情報筋から徹底的に調べあげて、とある商会が所持していることを突き止めた。


そして、この国でも私と団長のみしか扱うできない"転移魔術"で商会に忍び込み、金の天使の腕時計を取り返し、祖父が亡くなる直前に返すことができたのだった。


祖父には涙を流して感謝を伝えられた。


その出来事以来、協力してくれた団長経由で、時折、"特別任務"として、正規ルートでは取り返しにくい誰かの貴重品や宝飾店の盗まれた宝飾品を取り返したり、怪しい動きのある場所で情報を探りに行くようになった。


どれもこれも盗品であったり、後ろめたさのあるところなので、私に奪われても報復することは叶わないようだ。

ましてや、転移魔術を扱えない時点で、私の痕跡を辿ることも不可能だろう。


そしてこれ等の任務の際、いつからか"怪盗ナイト"と名乗って予告状も出すようになっていた。


ちなみに、このアイディアは魔術師団の団長からだ。


"怪盗ナイト"の"ナイト"という名前も、団長に勝手に名付けられ、理由を聞いたが答えてもらえていない。

私も特に気にすることなく、その名前を使用してきたが。




そして、今回の件で、ローゼ様を奪還すべく怪盗ナイトとして予告状を出すことに決めた。


……だが、これには問題がひとつあった。それは……ローゼ様を奪還する方法だ。


今までならば、宝飾品等の貴重品や情報といったものを持ち帰れば良かったが、今回は"人"である。


転移魔術はただでさえ、この国で私と団長しか扱うことのできない魔術であり、膨大な魔力を必要とする。


だからこそ自分一人を転移させることしかできなかった。歴代の魔術師達であっても。


しかし、魔力量で言えば、自分以外の人物も一緒に転移させることは不可能ではないはずだった。


家族や団長、そして国王陛下にしか知られていないことだが、私はこの国で一番の魔力を保有している。


それも歴代でも一、二を争う程の魔力量だ。


そのため、この魔術を研究すれば扱えるようになるはずだと確信していたし、この魔術を使わなければ、ローゼ様を奪還することは難しく、無理に連れ出そうものなら、すぐにアニビア大帝国の警備隊に見つかり捕まるだろう。


そこで私はあらゆる古い魔導書を読み漁って研究し、ついに自分以外の人物も転移させることに成功した。


この研究に付き合ってくれたのも団長であり、この魔術に成功したことも団長のみが知っており、周囲には秘密にしてもらっている。

ただ、もしかしたら国王陛下だけには薄々気付いていらっしゃるのではないかと思っているが。


この一件が全て片付いた暁には、国王陛下にも改めてご報告しようと思う。


その後は、私は皇后殿下の生誕パーティー当日の計画について、団長と打ち合わせをした。


そして、秘密裏にサンカリュア国王夫妻やローゼ様がアニビア大帝国に向かうよりも早くに向かい、城の調査をして、生誕パーティー当日の動きを改めて綿密に計画した。


そうして、無事に私はローゼ様を奪還することに成功した。



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