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廊下には楽しげな音楽、楽しげな人々の声が響き渡っていたけれど、私達は一言も発しなかった。


……先程のアニビア皇帝陛下の話しぶりでは、私とルデゼルータ殿下の婚姻はもう確定事項とされているようだったわ。


この後に話し合いができたとしても、きっと上手いこと流されて婚約の話を進められて、結婚式等の日取りまで決められかねないわ……。


……もうこうなったらいっそのこと、怪盗が本当に今夜現れて会場がパニックになって、パーティーも私達の婚姻も全て有耶無耶になってしまえば良いのに……。


そんな風に考えて、頭を横に振る。


弱気になっていても仕方がない。

私も私のできることをやりきるだけだ。

それでも無理ならその時はその時。


何とか考えを切り替えて、メイドに案内された部屋に入室した。





ドレスに着替え終わる頃にはすっかりと夜になっていた。


皇后殿下の生誕パーティーの会場となる広間へとお父様、お母様と一緒に従者に案内されて向かうと、

私達の前に第二皇子ルデゼルータ殿下が現れた。


「ご機嫌よう。サンカリュア国王陛下、王妃殿下、ローゼ王女殿下。

お待ちしていました。

是非とも、この俺にローゼ王女殿下のエスコートをさせていただきたい」


お父様、お母様はルデゼルータ殿下の突然の申し出に困惑しているようで。

私の顔を心配そうに見つめてきた。


「お言葉ですが……」

「ありがとうございます、ルデゼルータ殿下。よろしくお願いいたします」


お父様が何とか断ろうとしてくれたが、私がお父様に対して小さく首を横に振り、安心してもらうよう笑いかけながら、ルデゼルータ殿下に返事をした。


先程の件もあるし、ここでルデゼルータ殿下のエスコートを断るのはきっと後々にこちらの分が悪くなってしまうと感じたからだ。


「ええ、もちろんです。さぁお手を」


ルデゼルータ殿下の手を取ると、満足気な笑顔を向けられる。


私はその表情から逃げるように、さりげく視線を反らした。


お父様とお母様が心配そうに私を見つめているのは、振り返らずとも分かる。


……私は大丈夫だから。


今はきっとこうすることが最善なはず。



ルデゼルータ殿下にエスコートされながら会場に入ると、サンカリュア王国の王宮よりも遥かに広々とした空間がそこにはあった。


シャンデリアや飾り付けも全てがとてもきらびやかで、あまりの輝きに眩しさを感じてしまうほど。


「では、まずは本日の主役で、俺達の母である皇后に挨拶しに行きましょうか」

「…はい」


ルデゼルータ殿下に皇后殿下の元まで案内される。

お父様とお母様も私達の後を着いてきている。


皇后殿下らしき女性は、この帝国で見てきた人々の中で最も華やかな御方だった。


美しい黒髪、力強さを感じる黒い瞳の方で、やはりこの国ならではの色だと感じる。


そしてメアリーの言っていた通り、ピンクでふんだんにレースやフリルやビジューが施されたドレスに、眩いばかりの宝飾の数々を身に付いていた。


特に首元に携えたピンクダイヤモンドの首飾りは想像以上に輝いて見える。


ピンクダイヤモンドは今まで何度か見たことはあるけれど、ここまでの大きさと輝きのものは初めて見た。


確かに、これならば怪盗も盗みたくなるような代物なのかもしれない。


…けれど、何だかそのピンクダイヤモンドの首飾りにはほんの少しだけ違和感を覚えた。


その違和感は言葉にもできないようなくらいのものだけれど。


見つめ続けていてもいけないと、私はその違和感を気のせいだと思うことにした。


「母上、こちらがサンカリュア王国第五王女のローゼ殿下です」


「あらまあ…!…貴方が…ローゼ王女殿下ですね。お話は息子達からよーく聞かせてもらっているわ。お会いできてとても嬉しいわ!」

「……皇后殿下、初めましてご機嫌よう。

 サンカリュア王国第五王女のローゼと申します。

 こちらこそこの度はお招きいただき大変光栄に思います」


「まぁ……。美しいカーテシーね。聡明な女性だとも聞いているわ。

 私の息子のルデゼルータと本当にぴったりの女性ね」


どこかうっとりしたようにも見えるその表情で見つめられ、何故だか背中がぞわぞわと悪寒のようなものが走った。


こんな感覚、今まで感じたことがない……。

アンディーテ皇太子殿下やルデゼルータ皇子殿下の時でもここまでではなかったのに……。



「皇后殿下、ご無沙汰しております」

「皇后様、ご機嫌よう」

「あらあら、お久し振りですこと!本日は私のためにわざわざはるばるようこそ来てくださいました!感謝申し上げますわ」


お父様とお母様が、私と皇后殿下の間にスッと入ってくださり、そのまま皇后殿下は楽しそうに会話を始めた。


そのお姿に思わず小さく安堵の溜め息を吐いた。

悪寒も一瞬で、体調が悪いとかはない。


お父様、お母様、ありがとうございます……。


「ルデゼルータ殿下、他の方々にもご挨拶させていただいてもよろしいですか?」

「…ああ……。それは大丈夫ですよ。どのみちもうじき来賓客の方々にも挨拶することになりますから」


私に微笑みかけながら、そう言うルデゼルータ殿下に首を傾げる。


挨拶することになるってどういうことなのかしら…?


「それよりも、ローゼ王女殿下」

「……は、はい」


私に向き直ったルデゼルータ殿下の声にわずかな圧を感じ、反射的に返事をした。


「俺の求婚はもちろん受けてくださいますよね?」


自信に満ち溢れたその発言に、思考が止まる。

こんなところでこんな話をされるとはさすがに思っていなかった。


私が思わず固まって返事ができずにいるのも気にする様子はなく。


クスクスと笑いながらルデゼルータ殿下は話を続ける。


「どうして俺が貴方に求婚状を出したか分かりますか?


……貴方の髪と瞳が美しいからですよ」



私の髪と瞳が……?


髪の美しさや瞳の美しさなら他のご令嬢だって……。


声は出せず、どういうことかと視線だけで訴えるようにルデゼルータ殿下を見上げた。


「その美しいピンク色のような髪と瞳ですよ。

 国王は白金の髪に白金の瞳。王妃は紅色の髪に紅色の瞳。

 貴方のご兄弟もそれぞれの色を受け継いでいるのに、

 貴方だけは白金と紅が綺麗に混ざったようなピンクだ」




……ああ、まさか。


私のこの髪色と瞳の色が目的だったなんて。


……ルデゼルータ殿下の言う通り、五人兄弟の中で唯一私だけがお父様とお母様の髪と瞳の色が混ざったような色をしている。


ジェイクお兄様やフランお姉様は綺麗な限りなく白にも近い白金の髪色に紅色の瞳をしているし、スタンお兄様やアリアお姉様は綺麗な紅色の髪に白金の瞳をしている。


そんな中で何故か私はピンクのような髪色と瞳の色を持って産まれた。


幼い頃は自分だけが家族の中で容姿が異なっていて嫌だったけれど。

家族の皆や王宮の者達からは私の髪色も瞳の色も大いに褒められ続けたことで、時間をかけて受け入れられるようになった。


そう言えば、デビュタントの時等にも、ふくよかな体型を見下されることがあまりに多くて、体型にばかり意識がいっていたけれど、

『髪色と瞳の色は本当に美しいのに勿体無い』と影で言われていたことを思い出した。


そしてアニビア大帝国に出発する前夜のメアリーの言葉を思い出す。


『アニビア大帝国の王妃様は"ピンク色の物がとても好き"なようで、宝飾やドレス等、全身ピンクに身を包んでいるそうなんです』


「実は、我々は、サンカリュア王国には興味がなかったんですが、何かあった時のためにと従者を何人か送り込んでいて、積極的に貴族の夜会や茶会等で情報収集ささせていたんです。

 そこで以前貴方が出席されていたという夜会に、偶然居合わせた我が国の従者が貴方を見かけたようで。

 その従者が教えてくれたんですよ、貴方が美しいピンク色の髪と瞳をしていたと」

「……それで私を…」

「ええ。貴方を一目見るべく、丁度タイミング良く、貴方の姉殿下の婚約パーティーの話を聞いて、兄上と参加することにしたんです。

 貴方を初めて見た時、兄上も俺も本当に驚きましたよ。

 従者の話以上の美しいピンク色でしたから。

 そして、俺達は貴方を見ればきっと母上は喜ばれて大変気に入るはずだとも確信しました。

 兄上は既に結婚していて、正妃も側妃も居ますが、お二方とも母上に心からは気に入られておらず、時折母上の気まぐれで嫌がらせも受けているんですよ。

 俺はそれが嫌でね、妃を選ばずに遊ぶだけ遊んでのらりくらりと逃げ回っていたんです。

 けれど、貴方と出会って、一目で結婚するべきだと思いました。

 兄上は俺が今まで妃選びを嫌がっていたし、兄上の正妃や側妃は母上からの嫌がらせの数々で精神的に弱ってきていたので、三番目の妻として貴方を迎え入れようと考えていましたが。

 俺がそれを止めて、すぐに父上と母上に承諾をもらって、私の正妃として求婚することになったんです」


段々と恍惚な表情になって、好きなように話し続けるルデゼルータ殿下に、先程の皇后殿下に感じたものと同じような、もしくはそれ以上の悪寒を感じた。


「でも、俺は貴方の美しい髪色と瞳の色よりも、その柔らかそうな体型が好ましいんです。

 今まで遊んできた女性達も華奢な者達ばかりでどこか物足りなかった。

 そんな中、貴方と出会って、貴方の存在が輝いて見えましたよ。

 ましてや、その存在が母上好みの髪色と瞳の色とくれば、もうこの女性以外考えられない!と思いました」


じりじりとにじり寄りながら、エスコートのためと、掴んでいた私の手を恍惚な表情を浮かべたまま撫で上げる。


私はゾッとして、反射的に手を振り払おうとしたけれど、思いの外その力は強く、上手く振り払うことはできなかった。


「安心してください。

 今夜のパーティーが終われば、すぐにでも籍を入れますから。

 婚約を飛ばしてすぐに結婚しましょう。

 そうして貴方が俺の元へ嫁いできたら、柔らかいであろう貴方のその身体を毎晩抱き締めて一緒に眠って差し上げますから」


クスクスと楽しげに笑い続けて、話をするルデゼルータ殿下。


私はその表情や話に着いていけず、悪寒が止まらなくなっていた。


……今まで私の体型のことを馬鹿にする人達が苦手で、見下される度辛かった。


それなのに。

私の体型を一応褒めてくださっているらしいルデゼルータ殿下にも一切好意が抱けそうにはなくて。

むしろ、見下されるよりもずっと気分が悪くなるような感覚がした。





「…ああ、もうそろそろですね」


突然、そう言って嬉しそうな顔をするルデゼルータ殿下。


何だかとてつもなく嫌な予感がして、どくどくと自分の鼓動が早くなるのを感じた。




「えっ……!?皇后殿下!?」

「お、お待ちください……!!」


突如困惑したようなお父様とお母様の声が聞こえ、振り返ると、

お父様とお母様が慌てて王妃様を制止しようとするのが視界に入った。


「……お父様?お母様?」


私が心配になって駆け寄ろうとしたが、ルデゼルータ殿下に掴まれている手に、更に力を込められてしまい、動けなくなってしまう。



そんな時、会場内の照明が一点に……皇后殿下の元へ集まり、照らし出された。


その光景を呆然と見ていると、私の横で見ていたルデゼルータ殿下が楽しげに「ほら、始まりますよ」と言い放った。


「皆様、本日は私の生誕パーティーにお集まりいただき、心から感謝を申し上げますわ」


 皇后殿下が挨拶の言葉を伝えると、会場の人々は拍手をする。


「そして、こんな日に更に大変嬉しいサプライズのご報告がございますの」


皇后殿下の言葉にザワザワとし出す会場内の人々は、期待で満ち溢れた様子でいる。


私はこの様子を見ていて、更に先程よりも鼓動の音が大きく響くような感覚に襲われ、今すぐにでもこの場から逃げ出したいような気分だった。

しかしそれもルデゼルータ殿下に強く掴まれている手によって、実行することは叶わない。



「実は……私の息子であり第二皇子のルデゼルータにはずっと妃が居りませんでしたが、この度、ようやく結婚することになりましたの!」


皇后殿下の嬉々とした発言に、会場内がおおおおっと歓声が上がり、更なる拍手が巻き起こる。



「そして、そのお相手の女性も、現在この会場内にいらっしゃるので、皆様にもご紹介いたしますわ!」


まさか……!


この場で私をルデゼルータ殿下の結婚相手として紹介するということなの……!?


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