10
☆
ゾイス様からのお話はとても衝撃的だった。
まず、怪盗の正体がゾイス様だと既に分かっていたけれど、実際にそうだと説明されると、やはりとても驚いてしまった。
でも、理由を聞いて少し安堵もしていた。
ただ盗みをする目的ならばきっと、私はいくらゾイス様のことが好きであっても受け入れることはできなかっただろうけれど、大切なものを失った人々の代わりに取り返していたこと、国のために情報収集で動いていたことを聞いて、理由を知ることができて良かったと感じる。
それから、転移魔術のことを聞いて驚愕してしまった。
まずもって転移魔術の存在は私には知らされていなかったし、きっとお父様以外は知らないのではないかと思う。
そのくらい国家機密レベルの魔術だからだ。
本では読んだことがあったけれど、本当に膨大な魔力と複雑な魔術構成が必要で、自分一人を転移させるだけでもとてつもないことだし、昔は魔術師でできる者もいたようだけれど、現代ではできる人はもういないと思っていた。
それが魔術師団の団長と副団長であるゾイス様が扱えるなんて。
ましてや、ゾイス様は私を奪還するために、自分以外の人物も転移させる魔術を研究したと言っていたけれど、そんなことは私が読んできた書物の中では成功した人物は居なかったはず。
ゾイス様は私のために前人未到なことまで成し遂げてくださっていただなんて……。
……そして何よりも嬉しかったことは、私をずっと好きでいてくださったということ。
信じられない気持ちとゾイス様への感謝とゾイス様が好きだという気持ちがない交ぜになって、上手く言葉が見つからず。
思わず涙がポロポロと溢れた。
「ローゼ様……」
ゾイス様は私の涙をハンカチで拭いてくださった。
「……私のために……色々とありがとう、ございます……ゾイス様……」
そのゾイス様の行動にも、また温かい気持ちが溢れだして満たされていく。
そのまま涙が止まらなくなってしまい、ゾイス様は優しく私の涙をハンカチで受け止めてくださり、私もそれに甘えさせていただいた。
……しばらくはそんな時間を過ごしていたけれど、ふとお父様達のことが脳裏を過ってどうしても気になってしまう。
「ゾイス様……お父様達は本当に大丈夫なんでしょうか……」
「ああ。そのことについてのお話が遅くなってしまってすみません。先程もお伝えした通り、サンカリュア国王夫妻は大丈夫ですよ。それで国王夫妻やアニビア大帝国についてですが……」
ゾイス様が話し始めてくださったタイミングで、コンコン、と。
部屋にノックの音が響いた。
「…来ましたね」
ゾイス様は優しげな笑みを浮かべて私にそう言った。
私は意味がよく分からず首を傾げてしまう。
ノックしてきた方は執事長だったようで、ゾイス様が入室を許可すると、執事長は入室し、一礼をしてから用件を伝えてくださった。
「ゾイス様。魔術師団の団長様が来られました。サンカリュア国王陛下と王妃殿下そして侍女達も全員ご無事とのことです」
「ああ、報告ありがとう」
「団長様には応接室でお待ちいただいておりますので」
「今からそちらへ向かう。伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
失礼いたしますと、一礼してから執事長はこの場を後にした。
私は状況が飲み込めないながらも、執事長の報告に心から安堵した。
……お父様……お母様……アン達も無事なのね……!
「ローゼ様。ただ今のご報告の通り、国王夫妻も侍女達も無事に救出できたそうです。……この件に関しては、これから詳しくお話したいので、一緒に団長の待つ応接室に来ていただいても?」
「はい…!是非」
私はゾイス様とその部屋を後にし、応接室まで案内してもらい、一緒に入室した。
「やぁ!ゾイス君!ローゼ王女殿下もご機嫌よう!」
「ご、ご機嫌よう、団長様」
応接室でお茶していた団長様はにこやかに明るく私達に声をかけてくださった。
あまりの明るさについ驚いてしまう。
「団長。それで、アニビア大帝国の状況は?」
「……ああ。皇弟殿下とともに無事に捕らえたよ」
「そうですか」
それを聞いて安堵したように息を吐くゾイス様。
そしてそのまま私の方へ向き直った。
「私と団長から、ローゼ様にこれまでのことや、私達が立ち去った後のことをご説明いたしますね」
私に安心させるかのように、ゾイス様は微笑みを浮かべてそう言ってくださり、私は頷いた。
「はい、お願いいたします」
……それから、私はお二方から詳しいお話を聞かせていただいた。
ゾイス様と団長様から聞いたお話はこうだった。
ゾイス様は私を奪還しようと動く前から、アニビア大帝国について不審な動きが見られていたことで、団長様の命で元々調査をしていたらしい。
独自に調査をし続け、アニビア国王陛下と王妃殿下の悪事に気がつき、もうすぐで証拠も得られそうだというところで、私への求婚の問題が起きたとのこと。
そこでゾイス様と団長様は、私の奪還計画のためにも、より詳しく調査を進めた結果、皇弟殿下も兄である皇帝陛下の悪事に気がつき、密かに革命軍を率いて革命を起こそうとしているという情報を得たそうだ。
団長様の直接の交渉により、団長様と皇弟殿下は協力関係となって、団長様側が情報提供をし、皇弟殿下は革命を起こすことに。
そしてそれは、王妃の生誕パーティー当日に行われることになったそう。
ゾイス様は、私が皇后殿下に第二皇子ルデゼルータ殿下の結婚相手として紹介されてしまう前に、怪盗に扮して、まず私の保護をしてくださったとのこと。
その後、照明と私が消えたことで会場内がパニックになり、警備隊も混乱している間に、皇弟殿下率いる革命軍と団長様率いるサンカリュア王国魔術師団が城の会場に攻め入り、アニビア皇帝陛下と皇后殿下、皇子達の身柄を拘束したところで、照明を元に戻し、
多くの貴族の前で、これまでアニビア皇帝と皇后殿下がしてきた悪事や悪行の数々を証拠とともに突きつけたそうだ。
そこまでのお話を聞いたところで団長様はことの顛末について話を続けてくださった。
「そして、アニビア皇帝陛下と皇后殿下は革命軍に捕らえられて、今は地下牢行きさ。皇子達も皇帝陛下と皇后殿下の悪事に加担はしていないものの、悪事を黙認していたことや、名のある貴族の娘達から平民の娘達にまで、権威を振りかざして多くの女性達に無理を強いたことで、判決までは離宮に幽閉されることになったよ。
サンカリュア国王夫妻はその場で魔術師団が保護をして、今は馬車に乗せてサンカリュア王国に帰っている最中さ。
ちなみに俺は、ゾイス君とローゼ王女殿下にこのことを報告するために、一足先に転移魔術でこちらに戻ってきたってわけさ」
ウインクをしながら説明してくださった団長様に恐縮しながらも、頭を下げてお礼を伝えた。
「団長様も本当にありがとうございました」
「いえいえ~。アニビア大帝国もこれで落ち着くし。皇弟殿下が皇帝に即位すれば、こちらの国とも友好な関係を築いていけそうだから安心安心。ゾイス君も無事に愛しの姫様を助けることができたしね」
団長様の発言に赤面して固まってしまう。
ゾイス様は呆れながら団長様を睨みつけている。
「団長。茶化さないでいただきたい」
「失礼だな~。茶化してないよ!大切な部下と、我が国の大切な王女殿下のことなんだから!」
団長様は口ではそう言いつつも、目は楽しそうに爛々としている。
ゾイス様はそれに気がついていらっしゃるようで、額に手を当てて溜め息を吐いた。
「……はぁ。……まぁ、色々と団長にはご協力いただいたので。これ以上はもう何も言いませんが」
ゾイス様が団長様に振り回されている姿は何だか新鮮で、少し微笑ましく感じてしまう。
……それにしても、本当に皆無事で良かった。
私もゾイス様に助けていただけたなんて、本当に今でも夢のようで。
嬉しさが込み上げてきて、また涙が一筋流れると、団長様と話をしていたはずのゾイス様が突然私の方を向いて、優しく拭ってくださった。
しばらくそのままゾイス様と見つめ合っていると、団長様がゴホン、と咳払いをした。
私達はその咳払いで我に返って赤面した。
「じゃあ、俺はお邪魔なようだからそろそろ王宮に行くよ。報告書とかもあるからさ。ゾイス君もローゼ王女殿下との話が終わったらまた仕事を頼むよ」
「はい。承知しました」
「あ、ありがとうございました!」
団長様はまたウインクして微笑み、この場を後にした。
……あのままゾイス様に連れ出してもらえていなかったら、今頃どうなっていたかしら。
あの後きっとすぐに団長様や皇弟殿下方が来てくださっただろうと思うけれど、ルデゼルータ殿下に手を掴まれていたあの状態の私では、もしかしたら人質にされていた可能性もあったかもしれない。
それに、全てに絶望して諦めようとしたあの瞬間にゾイス様が助けに来てくださったから、私の心もとても救われた。
「ローゼ様」
「は、はい……!」
再び二人きりとなったものの、つい緊張して裏返った声で返事をしてしまう。
ゾイス様はそんな私のことを気にすることもなく、優しく微笑みながら静かに立ち上がった。
そんなゾイス様の行動をぼんやりと見つめていると。
ゾイス様はその場で跪いて、私の手を取った。
「私は貴方のことがずっと好きでした。……どうか、この私と結婚してくださいませんか?」
ゾイス様は笑みを消して真剣な表情でプロポーズしてくださった。
その言葉に信じられない気持ちと温かい気持ちでいっぱいになる。
「はい……私もゾイス様のことが好きです。……私で良ければ、喜んでお受けいたします」
私がそう返事をした瞬間、突然ゾイス様は私を抱き上げた。
「わあ!!ゾ、ゾイス様!?」
「ローゼ様、ありがとうございます!絶対に貴方を幸せにします!」
ゾイス様は今まで見てきた中でも一番嬉しそうで、幸せそうな眩しい笑顔だった。
その笑顔を見たら、私も抱き上げられているという恥ずかしさよりも嬉しさと幸せな気持ちで満たされてしまった。
☆
それからあっという間に半年が経った。
アニビア大帝国は皇弟殿下が皇帝陛下に即位されたことで、このたった半年でもすっかり様変わりしていた。
以前までのアニビア大帝国は、裕福な国のように見えて、アニビア元皇帝陛下の圧政や無理な増税によって国民の生活は日に日に困窮の一途を辿っていたとのことだった。
その上で、他国には良く見せるため、国民にも華美な装いをするよう強いていたとも。
また、元皇后殿下は国の財産に着服してしまっていて、自身の美容や宝飾品やドレス等に散財してしまっていたそう。
元皇帝陛下と元皇后殿下は、他にも多くの余罪があり、有罪判決で斬首刑となった。
お二方の息子である元皇太子と第二皇子は身分を剥奪され、平民として遠い離島に送られることになった。
アニビア大帝国の国民達は無理な宝飾や服装を止めることができて、それ等を売ることで生活費に充てることができ、税金も下がり、落ち着いた生活を取り戻しつつあるとのこと。
今ではアニビア大帝国とサンカリュア王国は友好関係を結んで、貿易等もより一層行われていく予定だ。
ちなみに、ゾイス様から聞いたお話では、元皇后殿下が身に付けていたあのピンクダイヤモンドの首飾りは偽物とのこと。
私が抱いた違和感もそのせいだったのだと今なら分かる。
とても精巧に作られているため、目利きの良い者ではないと見抜けないものではあったようだけど。
……あの事件が一段落してから、ゾイス様は転移魔術の件をお父様にご報告し、魔術師団の副団長としてのこれまでの活躍も考慮されて、伯爵位の爵位を承ることになった。
それから、第四王女であるフランお姉様は、無事に2ヶ月前にパジェッタ辺境伯とご結婚された。
私は、フランお姉様達の結婚式にはゾイス様と一緒に出席した。
そして……私とゾイス様は本日結婚式当日を迎えた。
あの事件の後日、すぐにお父様達にゾイス様と結婚したい旨を伝え、了承を頂けた。
それからは結婚の準備等で慌ただしい日々を送っていたけれど。
今は家族皆、私のウェディングドレス姿を見て嬉しそうに笑いながらも涙を流してくれていて、「おめでとう」と言ってくれている。
「ありがとう」
私は心からの笑顔で皆に感謝を伝えた。
☆
挙式も無事に終えた夜、ゾイス様とあのお部屋で二人きりとなった。
ゾイス様が私を助け出してくれた日に連れてきてくださったこのお部屋。
私と絶対に結婚すると心に誓っていたゾイス様が、私好みの物を取り揃えてくださっていたお部屋だったらしく。
その愛情深さにも驚いたけれど、何よりも私のためにと行動してくださったことがとても嬉しかった。
「ローゼ様……いや、ローゼ。貴方を愛しています」
「……はい、私も。ゾイス様を愛しています」
「これからも幸せにしますから」
「ふふ、ゾイス様と一緒なら私はいつでも幸せですよ」
見つめ合って笑い合うと、そのままお互いに目を閉じてキスをした。
fin.