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サンカリュア王国。

最近、巷では騒がれている存在がいた。


それは"怪盗ナイト"。


神出鬼没で、数々の貴族や商会等の元へ予告状を出して、予告状の宣言通りに必ずその宝飾や貴重品を盗み出すという。


どれだけ警備を厳しくしても、どれだけ注意深く盗まれないように対策を行っても。


たったの一瞬、目を瞬かせた途端に、消えてしまっているのだとか。




……怪盗は今夜もどこかで狙いを定める。

お目当ての物を頂戴するために……。





手に持っていたグラスの中身はすっかり無くなってしまっていた。


特にすることもないので、飲み物のおかわりでも貰いに行こうとすれば、背中にどんっと、何かがぶつかったような衝撃があった。


「あ、すみませ…!……あっ…」

「……」

「こ、ここれは、ローゼ王女殿下…!たた大変失礼いたしました…!!」

「……いえ」


どうやら私の背中にぶつかってきた人物は子爵家の三男だったようで、口では申し訳なさそうにしておきながらも、その視線は明らかに私の体型に向いていて軽蔑の色を浮かべていた。


そそくさと逃げるように立ち去る男の背中を見つめながら、改めて飲み物のおかわりを貰ってさっさと壁際に移動する。


「はぁ……」


ふと無意識に溜め息がまた出てしまう。

これで何度目だろう。


王女という立場から分かりやすく悪口を言われるようなことは無いけれど、あからさまな態度ばかりで一刻も早くこの場から立ち去りたい気分になる。


16歳となり、先日にはデビュタントも迎えた。


デビュタントを迎えて以来、ひっきりなしにお茶会や夜会等の招待状が送られてくる。


それもひとえに私がこの国の王女だからだ。


王女といっても、王の五番目の子どもだから、これといった権力はあまり無いに等しい。

ましてや、美貌の兄達二人と姉達二人に比べたら、私の存在はおまけのような末っ子でしかなく、私自身にはあまり興味を持たれているわけではない。


むしろ、私を通して王族との繋がりを築きたいという者達ばかり。


別にそれに対しては特に何の不満も無い。


お兄様達、お姉様達とは違って体型はふくよかで、秀でたところはあまり無いということも十分に自負している。


それでも会う人会う人、皆一様に

過剰に感じるくらいの気を遣うような態度やバカにしたような視線を向けてこられれば嫌にもなってくる。


これまでの私もデビュタントまでは王宮に引きこもりがちで、必要な外交等はお兄様達やお姉様達が引き受けてくださっていたから、私には役目という役目もそんなに無かった。


だからこそ積極的に人と交流する必要もなく、家庭教師から受けるマナーレッスンや講義以外の時間では、自分の好きなことにひたすら没頭できていた。


それもデビュタントを迎えてしまった以上はもう遠い過去のようなもので。


私を大いに甘やかしてくれている家族であっても、さすがにデビュタントには出さないわけにはいかなかっただろうし、デビュタントを迎えて以降も、王女という立場である以上は果たさなければいけないことが多くある。

そして、いずれは私もどこかへ嫁がなければならない。

今の時代は恋愛結婚も珍しくなくなってきたけれど、王族という立場上ではあまり自由に恋愛できるとは思っていない。


この国の国王と王妃である、私の両親は政略結婚だったにも関わらず、余程相性が良かったのか、今でも仲睦まじい。それもあって"子供達には恋愛結婚をしてほしい"と言ってくれているけれど。


一番上のジェイクお兄様は公爵家のご息女様と既に結婚していて、もうじき子供もお産まれになる予定だし、二番目のスタンお兄様は伯爵家のご息女様とこの前結婚したばかり。

三番目のアリアお姉様も侯爵家のご子息様に見初められて、この度めでたくご婚約されることになったし、四番目のフランお姉様も少し前から良い仲になりつつある辺境伯のご子息様と婚約が成立するのも時間の問題だとされているし。


お兄様達もお姉様達も幼い頃から交流のあるご子息様方、ご息女様方とそのまま縁が続いて結ばれている。唯一、フランお姉様だけは夜会で知り合ったそうだけれど。


一方の私といえば、幼少期は病気がちで身体が弱く、ほとんど寝込んで過ごしていたものだから同世代の方々との関わりがろくに無いまま育ってきてしまっていた。


ましてや、回復してからも家族や従者達からは大いに甘やかしてもらい、病気がちだった頃は食事が十分に摂れていなかった分、たくさん食べさせてもらうようになった。


しかし、それが段々といつの間にか私がたくさん食べること事態が家族や従者達の喜びとなってしまい。

美味しそうに食べれば食べるほど、泣いて喜ばれたり、大いに褒められたりするものだから、私もついつい許容量よりも食べ過ぎてしまうようになっていた。


そのせいとまでは言わないけれど、そういったことが重なって、私自身も食べることが大好きになってしまって気がつけばすっかり私だけがふくよかな体型に。


美貌のお兄様達は細身でもしっかりと筋肉のついた身体つきをしているし、美しいお姉様達もとてもスレンダーなのに出るところは出ているといった、女性からしたら羨ましい体型。


そんな美しい兄弟達ばかりの中で、唯一私だけがこんなふくよか体型であれば余計に目がつくのも無理はないと思う。


それでも今までなら王宮に引きこもっていたから、特別容姿のことで困るようなこともなかったから良かったけれど。


でも、そんな私でもさすがにデビュタントには出席しなければならないとなって、デビュタントが近づいてきてからは焦ってダイエットをしようとも考えた。

というか、実際にダイエットを実行してみたこともあった。


けれど、私が唐突に食事量を減らすようになったことで、家族や従者達がとても不安がり、涙を流すほど心配してくれるので。

皆を安心させるべく、『デビュタントに向けてダイエットしたいだけ』だと伝えたものの、私が昔のように痩せ細ってしまうかもしれないと想像し、美味しい食事やお菓子を我慢する私を見るに堪えられないようで、様々な方法で何とか私に食べさせようとしてくる始末。


挙げ句の果てには、両親は公務等で忙しいにも関わらず、わざわざ私達兄弟を呼び出して"緊急家族会議"を開き、

その場で両親は私に向かって『デビュタントのためというその志は大変素晴らしいが、どうかそのままのローゼでいてほしい』と頭を下げてまで頼み込んできたのだ。


その両親の言葉に全力で首を縦に振って同意するお兄様達やお姉様達の姿にも申し訳なくなったし、

最後のとどめとばかりに、乳母のアンに『おそれ多くも私の娘同然のローゼ様が無理をされる姿を私は見たくないのです。もしそれでローゼ様の身に何かあったとしたら…私はもう……うう…っ』と号泣されてしまい。

そんなアンを労るようにお兄様達やお姉様達が『わかるわかる』『そうよねそうよね』と抱き留めながらも、私にさりげなく視線を向けて『ここまで必死に説得しているのにこれ以上そんなダイエットなんてしないよね?ね?』とばかりの圧を掛けられてしまったら、もうダイエットなんて早々に諦めた方が良いと結論付けてしまった。


…とは言っても、いつからか食べることが好きになっていた私自身も、ダイエットを止めたら、また好きなものを好きなように食べられるようになってついつい安堵してしまっていたし。

ダイエット以外のことでは一応デビュタントまで自分磨きを頑張ってきたつもりだ。


まぁ、そのデビュタント当日や今の殿方達の様子を見るにその努力も意味はなかったみたいだけれどね。


少し残念ではあるけど、とりあえずは一通りの挨拶は済んでいるし。

今回も後はお開きになるのを大人しく待つだけだ。


飲み物を口にしながら楽しそうにしている人々を遠巻きにぼんやりと見つめていると。



「キャー!!」


突然、女性達の悲鳴にも近い歓声が聞こえてきた。

その歓声に驚き、思わずその方向を見てみると。


……成る程。

思わず歓声の理由に納得してしまった。


そこには…ラーリッシュ公爵家の三男のゾイス様がいらっしゃった。


公爵家の三男でありながら、王宮直属の魔術師団に所属していて、その圧倒的魔力と実力で、先日には若くして副団長の座に選ばれていた。


そして容姿もとても美しい。殿方に対しての表現ではないかもしれないけれど、思わずその表現しか出てこなくなるほど美しい方だ。


王宮直属ではあるけれど、私も直接見るのはほんの数回程度で、会話もほとんどしたことはない。


噂によるとまだ婚約者も居ないらしくて、未婚の女性達は彼との結婚を夢見ているとのこと。


私にはまるでお伽噺のように感じてしまうくらい無関係な話だけれど。


それでもこうして改めて見かけると、本当に美しくて凛々しい方だなとは思う。


魔術師としてのローブ姿は見たことがあったけれど、今夜のような礼装姿を見るのは初めてだったのでより一層輝いて見えてしまうのは私の気のせいではないはず。


その証拠に他の女性達は興奮しすぎて今にも倒れそうな方も居る。


そんな光景を見つめながら、手元のグラスの飲み物を飲み干した。


そろそろ飲み物も止めておかないと飲み物でお腹が苦しくなりそうだわ。


グラスだけ近くのテーブルを置こうとしたら、興奮気味で小走りでこちらに近付いてくる女性がぶつかってきた。


……既視感を覚える展開に思わずまた溜め息を吐いた。


さらに女性はグラスを持っていたようで、その手に持っていたグラスの中身が全部私のドレスにかかってしまった。


「ちょっと、あなた……!!……って、ローゼ様!?す、すみません……!!」


ぶつかってきた女性はシエスタ侯爵家のご令嬢で、プライドが高いことで有名な方だ。


誰とぶつかったかがはっきりするまでは強気だったその態度も、一応でも王女殿下である私とぶつかってしまったのだと気が付いてからは、猫撫で声で慌てたように謝罪してくる。


「大丈夫ですよ。ただ、前はきちんと見て歩いた方がよろしいかと」

「は、はい……」


それだけ伝えると、プライドが高いという噂が嘘かのように、顔を青ざめながら気まずそうに弱々しい声で返事をしてきた。


私は自分のグラスをテーブルに置いた後、彼女のグラスもさっと預かってテーブルに置いてあげた。


もう飲み物は入ってないけれど、またこのグラスを持ったまま動いて落とされて割られても、周囲の迷惑になっても困るし。


グラスは置いたし、ドレスも汚れちゃったから、これを良い口実としてさっさとこの場を離れよう。


「すみません、大丈夫ですか?」

「えっ?」


移動しようとした私の腕を誰かに掴まれ、思わず歩みを止めて振り返った。


そこには……


先程まで女性達の熱い視線を一身に浴びていたはずのゾイス様がいらっしゃった。

白銀の美しい髪を後ろで一つにまとめ、タンザナイトのような瞳で私を心配そうに見つめている。


え、え、どういうこと……!?

なぜここに……!?


「飲み物がせっかくのドレスにかかってしまったんですね。もしもの時のために替えのドレスがありますので、ドレスの置いてある控え室までご案内しますよ」

「え、でも……」

「私はこの屋敷の主人、カルベン伯爵とは知り合いなのでご安心ください。伯爵にも伝えておきますから」

「え、ええ…っと……ありがとう、ございます…」

「いえいえ。ではこちらへ」


あまりにスマートな対応と"あのゾイス様"

に声をかけられているという事実に衝撃を受けすぎて、まともな返答ができない。


とりあえず周囲の嫉妬や羨望の視線があまりに恐ろしすぎて、一刻も早くここから立ち去りたい。

顔を俯かせながらそのまま素直にゾイス様に部屋まで案内してしもらうことにした。



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