教員は生徒に必要な合理的配慮をしなければならない②
「うちの子が大変ショックを受けています。もう学校に行きたくないと泣きついてきました! どうしてくれるんですか!」
これが彼の保護者の言い分だった。
何がショックだったかというと、席替えで嫌いな子が隣の席になったことに多大な精神的苦痛を受けたのだという。席替えのやり直しという配慮措置を取らなかった教諭に対して、訴訟を起こすという彼の保護者は本人と同じく獣のように怒り狂っていた。
これに対応した教頭は平謝りで、クラス担任の教諭を交代させ、席替えをやり直すことを約束する。そして、生徒の表情から心理状態を即座に把握する天眼術を教員全員に研修させることを決めた。
翌日、それは県の地方紙でニュースとなっていた。
「平木谷主事、結論からは逸れますが、これも教員不足の一因です。というか、主因です」
疲れた声音で今野は平木谷に電話をかけた。時間は夜の二十二時である。
「現場対応お疲れ様です。死亡された教諭は独身だったので、自殺ということで処理が進んでいます。そこはお手間を取らせないかと」
「はあ……慣れておられますね」
「まあこんな事案は日常茶飯事なので」
「どこの高校もこんなことが? さすがにこれまでの教員人生で殺人事件は初めてです。強姦や強盗が稀にあり、飲酒喫煙窃盗は日常茶飯事ですが」
「いえ、殺人を処理するのは初めてですよ、私も。ただ、暗殺は稀にありますね」
「星見流人という作家の小説に出てくる暗殺結社みたいですね。まあそれはさておき、早急に解決しなければならないことが増えました。今、管理職は保護者対応で精一杯なので、私が代理でお伝えします」
また頭が痛い問題が増えるのか、と嫌気がさしたが聞くことにする。
「教諭が一人消えたので、代替要員が必要です。至急手配していただきたい。できれば、読心術ができる人間が良い、とのことでした。校長からの伝言です」
「……分りました、手配します。が、教員免許がない方になるかもしれません。そこはご理解いただけると」
「……そうなりますか。まあ、背に腹は代えられません、か……」
今野が頭を抱える姿が浮かぶようだ。
「ところで、保護者の方は納得なさったのですか? 教育委員会にもお父様がマシンガンを乱射しながら突撃されて、ほとほと困り果てているんです。今日は七人が犠牲になり、病院送りになりました」
「……猛獣相手に交渉できるとでも?」
「……保護者様に聞かれたら殺されても文句言えませんよ」
「殺人を容認するような保護者こそ逮捕されるべきだと思いますが」
「我々は合理的配慮をしなければならないんです。それは保護者の方に対しても、です。彼らの心のケアをするために、身命を差し出すことが必要であれば、そうするのが公務員というものでは」
「もうそれ“合理的”じゃないですよね。それに、本心じゃないですよね。誰だって死にたくない」
「……ボスが近くにいるので」
「なるほど」
今野は大げさにため息をつくと
「上がアホだと苦労されますね」
と吐き出すように言った。
「とにかく、代替要員と事態の鎮静化に向けて動きますので……あ、お父様の襲撃があったみたいなので、応援に行きます。失礼します」
教員の職場は戦場だ。
ついでに公務員の職場も戦場だ。
特に下っ端は使い捨ての鉄砲玉のような扱いになる。
切りかけた電話口から猛獣のような咆哮と銃撃音がわずかに聞こえてきた。
こんにちは、星見です。
飛び石連休ですね。夏休みまで連休がないので、遊び倒しておきます。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……