えっちなメイド服でご奉仕したいヴァイオレットは、膝枕で旦那様を寝かせつける。
王都での生活は、書庫に籠もることが多くなっていた。
領地から離れて仕事はなく、そのおかげで時間は有り余っている。
さりとて趣味なんてモノはなく、暇つぶしも兼ねて読書に耽るばかりだった。
(こういう休暇も悪くないか)
なんて、静謐な書庫で穏やかな時間を過ごしていると、事件は起きた。というか、向こうからやってきた。
「…………なぜメイド服?」
「……だ、旦那様」
恥ずかしそうにスカートの裾を押さえ、ヴィオラ様が顔を真っ赤にして俯く。
紛うことなきメイド服――というには、胸元は大きく開き、スカート丈が短い、フリル多めのメイド服っぽいなにかだが。
色々と目のやり場に困るんだけど。
普段は服の下に隠れている豊かな胸が、深い谷間を作っている。
裾の短いスカートは、ヴィオラ様が僅かに動くだけで危うげにゆらゆら。
首筋まで赤く染め上げた顔からは、恥ずかしいという気持ちが言われずとも伝わってくる。
いや、ほんとなにやってるの。見てるこっちが恥ずかしいんだけど。
ていうか、このメイド服見たことあるし。
と、思っていると、書庫の静寂を壊すように、大きな音を立てながら扉を開いて入ってくる女性が一人。
「ここからは説明させていただきまーす☆」
ヴィオラ様と同じメイド服を着たルージュ様が、ウィンク横ピース。
また厄介なのが来たなぁ。開いた本で顔を隠し、ため息を零す。
□□
きっかけはつい先日のことだったらしい。
『ご主人様、紅茶はいかがでしょうか?』
『あぁ、そうですね』
書庫で本を読み耽ていた僕に、楚々とした笑顔でコリウス様が休憩を勧めてくる。
洗練された所作で淹れてくれた紅茶を一口飲み、頬を緩める。
『相変わらず美味しいですね』
『恐れ入ります』
なんて、微笑み合っていたら、書庫の入口付近で呆然と立ち尽くしているヴィオラ様が目に入る。
いつの間に入ってきたんだ?
目を見開き、驚いている様子。どうしたのかな?
『ヴィオラ様、どうかしましたか?』
『い、いえ……なんでも、ありません』
緩く首を横に振る。明らかになんでもありそうな、青ざめた顔でふらふらと引き返す。
用があったのではないのか。
不思議に思うも、声をかけられる雰囲気でもなく、そのまま見送るしかなかった。
□□
「――という、なんとも仲睦まじいカトル様とメイド長を見て、ヴィオ団長が相談しに来たんですよー。『私もあのように仲良くなりたい』って。
ならばと、私は言ってやったのです。
メイドになってご奉仕すればいい、とねー☆」
バチコーン☆とウィンクをかますルージュ様。
また、面倒な人に相談をしたな、とルージュ様に向けていた呆れた目をヴィオラ様に移す。
僕の視線に気が付いたヴィオラ様が大胆に開いた胸元や、短いスカートを押さえる。
羞恥で紅潮する彼女を見て、恥ずかしいならやらなければいい、と思うのは少々酷だろうか。あくまで僕との仲を深めるための行動であるわけだし。少々空回り気味だが。
でも、そんなに仲良い風に見えたのかな?
「……」
首を僅かに後ろに回し、背後で控えているコリウス様を見る。
ヴィオラ様やルージュ様とは違い、露出の少ないクラシカルなメイド服で静かに佇んでいる。
先日のやり取りを思い出してみても、特別仲が良いとは思えないけど。
まぁ、とりあえずだ。
「ルージュ様は退場でいいですか?」
「えー☆ なんで私が退場なんですかー」
「明らかにヴィオラ様を玩具にしているので」
「っ!?」
なにやらヴィオラ様が驚いている。遊ばれてる自覚はなかったらしい。
驚愕の目をヴィオラ様がルージュ様に向けると、口元を手で隠し「あはっ」と楽しげな声を上げる。
「まっさかー。そんな玩具だなんて心外ですよー。
ヴィオ団長の無駄にエロスな身体を使えば、朴念仁な旦那様でもイチコロだぞ☆
って、思っただけでー」
「本音は?」
「えっちな格好したヴィオ団長とかちょー見てみ……面白そうだなーって」
「はい退場ー」
というか、えっちな自覚あったんだ、その格好。
横暴だー、ふざけんなー、とギャーギャーと騒ぎ立てながら、コリウス様に連れていかれる。
「……あ、ぅ」
「……えぇっと」
さて、どうしたものか。
目のやり場に困り、視線を泳がせていると戻ってきたコリウス様が笑顔で言う。
「せっかくですので、ご主人様のお世話をされてはいかがでしょうか? ふふり」
「……いや、それは」
不敵な笑いに、引きつった表情が戻らない。
■■
「まずはポットとカップを温めて――」
「こ、こう?」
コリウス様に手ほどきを受けながら、紅茶を淹れるヴィオラ様。
手際が良いとは言えず、ポットに入れようとした茶葉を零して「あぁっ!?」と悲鳴を上げている。
どうしてこうなるかなぁ。ルージュ様のせいか。
そして、状況を面白がっているコリウス様のせい。
むぅ、と目を細めて睨むと、視線に気がついたコリウス様が唇を手で楚々と隠し「ふふり」と小さく笑みを零す。確信犯だ。
「だ、旦那様……紅茶、を」
恨めしく思っていると、どうにかこうにか紅茶を入れたヴィオラ様がカップを持って近付いてくる。
「あぁ、ありがとうござ――」
コリウス様からヴィオラ様に視線を戻し、お礼を口にしようとしたところでぎょっと目を見開く。
真っ赤な顔でカップの乗ったソーサーを両手で持つヴィオラ様。
カップになみなみと注がれた紅茶は今にも零れそうで、カタカタと震える身体と相まって危うい。
零さないよう、零さないよう、慎重に歩く姿は幼子のお手伝いを想起させ、見ている僕をハラハラとさせる。
「ゆ、ゆっくりでいいですからね?」
というか、なんでそんなギリギリまで淹れたの。
椅子から腰を浮かし、いつでもフォローに入れるように緊張感を持って見守っていたが、
「――あ」
と、溢れるヴィオラ様の声。
つまずく物などなにもない、真っ平らなカーペットの上で見事に蹴躓き、僕目掛けて倒れ込んでくる。
真っ青のヴィオラ様。迫る紅茶。ニコニコ笑顔のコリウス様。おいこら。
咄嗟に動こうとしたがどうしようもなく、
「っ……!?」
僕は見事に紅茶を被り、熱さで小さく悲鳴を上げる。
ただ熱さの苦痛も直ぐに忘れ、勢い良くコケてしまったヴィオラ様が心配になる。
「ヴィ、ヴィオラ様……うっ!?」
慌てて駆け寄ろうとしたが、刹那の気付きでグリンッと顔を明後日の方向に向ける。
白の下着が見えちゃってる……!
元より短いスカート。あれだけ見事に倒れたせいで、もはや用途を成しておらず、大胆に捲れてしまっている。
あまりにも酷い惨状に目を覆う。
「も、申し訳ございません……!」
スカートに気付く余裕はないのか、青ざめたまま慌てて立ち上がると、僕に駆け寄ってくる。
「す、直ぐにお拭きします!」
「い、いえ……これぐらい大丈夫ですから」
丁重にお断りしたが、気が動転している彼女の耳には届かない。
コリウス様から受け取った布で、濡れた身体を拭おうとしてくれる。
まぁ、それはいいんだけど。
「もうしわけ、ありません……」
じわりと瞳を濡らし、ヴィオラ様は今にも泣きそうだ。
拭くことに一生懸命で、それ以外に意識を向けられていない。
(なんでそのメイド服着たままなのもー!?)
椅子に座る僕を拭くために、ヴィオラ様はやや屈む姿勢になってしまっている。
そのせいで、僕の視界には丁度、大きく開いた胸元が飛び込んできてしまう。
真っ白でふくよかな胸。谷間は深く、動く度に揺れ動く。
もはや狙ってやっているのではと思いたくなるが、本人は至って真剣だ。そのため、邪険にもできず、なすがままにされる他ない。
……が、下半身に手が伸びようとするのは看過できず、慌ててヴィオラ様の手を取る。
「もう、大丈夫ですので、ありがとうございました」
「で、ですが……」
しゅん、と落ち込むヴィオラ様。
幼子が叱られたかのような様子を見ると、好きなようにやらせたくなるが、この先は色々とまずいので却下するしかない。
「ふふり」
壁際で、一人悦にひたり笑っているメイド長。このやろう楽しんでやがる。
どうにか復讐したいが、今はヴィオラ様だ。
失敗をして落ち込んでいるまま放置というのは、後味が悪過ぎる。
悩んでいると、ポタリと濡れた髪の一房から雫が落ちる。
「……とりあえず、お風呂入ってきていいですか?」
「! お背中お流ししましょうか?」
「……止めてください」
色々な意味で死ねる。
■■
やたらめったら大きい浴場で身を清め、屋敷で使わせて貰っている客室に戻る。
「旦那様……」
そこには、ベッドの端に座り、肩を落としているヴィオラ様の姿があった。
僕を見て顔が輝くのも一瞬。見る見るうちに身を縮こませて、蝋燭の火のように今にも消えてなくなってしまいそうだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「えぇっと、あまり落ち込まないでくださないね?」
口で言ったところでどうしようもないのはわかっている。
しゅんしゅんとどこまでも沈んでいってしまうヴィオラ様をどうしたものかと頭の後ろをかく。
そういえば、元々の発端は僕とコリウス様が仲良さそうに見えて羨ましかったからだっけ。
そこに付け込まれて遊ばれてしまったわけだけど。
楽しそうに笑う二人の小悪魔を想像し、顔をしかめる。部下とメイドとは思えない態度だ。
僕とコリウス様が仲良いかはともかく。
やりたいならやらせるべきか。
ではなにをしてもらおう。そう考えたところで、風呂の熱とは違う火照りが身体を襲う。
うん、まぁ、それぐらいは許されるんじゃないかな。夫婦だし。今はメイドだし。
俯くヴィオラ様に近づく。
そして、ボフンッと軽快な音を立て、並ぶようにベッドに腰掛けると、そのまま彼女の膝に倒れ込んだ。
「旦那様!?」
いわゆる膝枕、というやつだ。
驚く彼女に背を向ける形で寝転がる。剣士として引き締まった太ももは硬く、けれども女性らしい柔らかさもあり心地良い。
「あ、あのっ!?」
「……奉仕、してくれるんですよね?」
息を飲む音が聞こえる。
どんな表情をしているのか。不安に駆られ、顔を見上げたくなるが、正直、僕の方がとても見せられた顔じゃないのでできそうもない。
きっと、真っ赤な顔で、緊張にこわばっているだろうから。
……いきなりこんなことして、嫌がられてないかな。
やってしまった後に、不安が募る。
奉仕だから膝枕ってどうなんだろう。安易、というかもしかしてセクハラ? うわぁ、やんなきゃよかったかも。
目をぐるぐるさせ、頭が沸騰しそうだ。
時間が経つにつれ、不安と後悔で押しつぶされそうになっていると、ふわりと優しく頭が撫でられる。
息を止め、驚く。慈愛に満ちた声が鼓膜を震わせた。
「はい。精一杯、ご奉仕させていただきます」
ふと、こわばっていた身体の力が抜ける。
1つ、2つと鳥の羽で触れるように、何度も何度も撫でられる。
その優しさに、いつしか意識が微睡む。
うとうとと船を漕ぐ。
「ありがとうございます。おやすみなさいませ」
夢の世界に誘う慈しみに満ちた声。
堪える、なんて考えも及ばず、誘われるままに夢の世界へと落ちていった。
■■
で、お互い満足して終われば良かったのだけれど、
「だ、旦那様……、その、膝枕は……どう、でしょうか?」
「いやぁ、その……あはは」
どうやらヴィオラ様が膝枕にハマってしまったらしく、ことあるごとにせがんでくるようになってしまう。
羞恥と期待の入り混じった瞳を向けられ、僕は笑顔を貼り付けて乾いた笑いで誤魔化すしかない。
あの時は勢いというかなんというか、やってもいいかなって空気だったから。流石に日常的にやるには恥ずかしすぎる。
「私がやってあげてもいいですよー☆」
「くふり。いえいえ。ご主人様のメイドたる私が、ご奉仕いたします」
「……これ以上事態をややこしくしないでくれません?」
深い深い、ため息ばかりが零れてしまう。
短編もお読みいただきありがとうございます!
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