12
(魔王軍スパイ視点)
駅馬車付近の某所。
俺たちは勇者一行が泊っている宿屋から、そう遠くないところで野宿をしていた。すると、1人の女がやって来たのである。
一瞬警戒したものの、知っている顔だったので安堵した。
「誰かと思えば、貴女だったか」
俺は、女にそう声をかけた。
「やはり、ここで野宿をしていましたか」
と、女が言う。
やはり彼女も、俺たちが行動していることは知っていたようだ。
「しかし、どうしてここへ来た? 同じ魔王軍の一員とはいえ、俺と貴女とでは今回与えられた役割が違うはずだ」
「ええ。おっしゃる通りです。しかし、役割は違うとはいえ目的は同じはずです。即ち勇者を捕らえることなのでは? 」
要するに、目的は同じでもその過程が違うと言いたいわけだな。
「言いたいことは判るが、生憎俺はまともな戦力を喪失しているんだ。あまり手助けできる状況ではない」
「では、やはりあの毒タヌキは貴方の仕業でしたか」
「確かに毒タヌキは俺の仕業だ。そして、全滅させられた。しかも、勇者一行はロムソン村を直ぐに出発しまうし、こうも予定が狂うとはな。貴女が時間稼ぎをしてくれれば、こうも疲れることはなかった」
ロムソン村に滞在させておけば、増援を呼ぶなりして対応できたはずだ。
「私も時間稼ぎをしようと思ったのですよ? しかし、どこぞの傭兵が討伐することになったみたいで、それを理由に直ぐ出発してしまったのです」
やはり、傭兵の奴らが来たために直ぐにロムソン村を出発したのか。
たかが村1つごときに、一体どこのバカが依頼したのだろうか?
余計なことをしやがって。
「それに、私に与えられた任務もなかなか巧くいかないのです」
「確か、要注意人物の捕縛だったか? 勇者一行のメンバーに選ばれたとか聞くが」
今回、勇者の同行者には正体不明な謎の人物がいる。
そいつは一応カルロと名乗っているが、偽名であることは間違いない。しかし、魔王軍が調査したにも関わらず何も判明しなかったため、要注意人物として認定されたのだ。
ただ1つ言えるのは、今回勇者の同行者を選んだのは教会である。
「ええ。旅の初日のことです。夜皆が寝静まった時に、彼を戦闘不能にしようと行動したのですが見事に失敗してしまいました。睡魔魔法をかけた後、魔法を行使不可能にする手錠をかけようと行動したのですが、気づかれてしまいましてね」
「なるほど……」
「それと、魔物使いの貴方に言うのも失礼かもしれませんが、魔物は使わない方が良いかもしれませね」
と、女が続けて言った。
俺はこの言葉に苛立った。
この女、本当に失礼な奴だ。
俺が苦労して魔物使いになったのも知らずに。父が死に、母も後を追って、俺は一人になったのだ。
そして毎日辛い肉体労働で生活しつつら魔物使いになるための勉強や訓練をしてきたんだよ俺は!
しかし、彼女が如何にも真面目な表情を浮かべていることに気づき、俺は我に返った。
「どういうことだ? 」
と、俺は怒る感情を抑えて、そう訊ねた。
何かしら、理由があっての発言に違いないからな。
「その要注意人物が、勇者が倒した魔物の体を確認していたのです。私が不自然に思ったので注意して様子を伺っていたところ、彼は私の視線に気づき、その後は何もしなくなりました。あれは今思うと、刻印を確認していたのかもしれません」
「……なっ、なんだって? 」
おいおい。
本当に刻印を確認していたとするなら、そいつは当然魔物使いという職業を知っていることになる。
もしかしたら、毒タヌキで勘づかれたのかもしれない。
「驚くのも無理はありませんね」
「いや、見当はついた。恐らく、毒タヌキだ。毒タヌキの本来の生息地を知っていやがったんだ。しかも不自然な形で道中で待機させていたしな。それで怪しまれたのだと思う」
仮にこの女のいうことが本当であれば、カルロという男は、随分と勘が鋭く、知識に明るい奴という訳か。
まさか、傭兵を雇ったのもそいつの仕業なのだろうか?
「まあ、しばらくは慎重になるべきかと。さっきも言いましたが、旅の初日の夜、私の行動を察知したのは彼です。寝ていると思って捕縛しようしましたが、見事に失敗しました」
「なるほどな……。確かに警戒すべき奴なのは判った」
奴について色々と考えていると、1つの推測が成り立った。
そして、今回の一連の状況と照らし合わせると、辻褄が合うのだ。
「ふと思ったのだが、そのカルロとやらも教会関係者と言うことはないか? 」
これまで教会から任命された多くの勇者が、魔王軍に捕らえれている。大体のパターンが、勇者の同行者全員が魔王軍の一員だったいうものだ。
しかし今回、教会自身が勇者の同行者を選ぶことにしたわけである。教会側も、魔王軍のやり口に勘づいたに違いない。
そう考えれば、教会側が自分たちの有力な戦力を、勇者の同行者として選ぶというのは容易に想像できるわけだ。
「なるほど。その可能性は当初から囁かれておりましたが、やはり教会側の刺客かもしれませんね」
「ああ。そうなると、今回はかなり厄介だな」
「そうですね。私は私で、引き続き警戒しながら彼を監視したいと思います」