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「知らなければ、私はこの王都を守る責に足らんよ」
ブラウンの顔を確認すると、飄々と笑っている。なるほど、ヴェールの足取りを掴んだうえで、最初から俺に狙いをつけていたわけだ。
「目的は何でしょう」
「若者の育成も我らの責務の一つ。先の問答を受けて、魔殺しである君はどういう答えを出すのか、興味があってな」
ブラウンの求める回答は、ヴェールを抹殺することだろう。ここで見逃したとしても、ヴェールには前科がついて回る。この世を揺らす武器の隆盛の影には、いつだってヴェールの影がちらついてしまう。後顧の憂いとなるのなら、今ここで終わらせてしまった方がいい。
俺は大きく息を吐いた。
俺のやりたい方向はどっちだ。ブランシュに急かされるように始まった最近のいざこざ。もしもブランシュの言う通りに動いていなかったら、俺はどう思っていただろう。未来の俺は、ここでの判断をどう思うのだろう。
ルージュが戦場で味方のためだという大義を振りかざして全てを燃やし尽くし。
ヴァイオレットが魔法使いに絶望して一般人側につき虎視眈々と反逆を狙って。
ヴェールがこのまま拳銃の作成に寄与し望まぬままに大量殺人の片棒を担って。
彼女たちの未来は、俺たちの未来は、魔法使いの、王国の、人々の未来はどうなる。俺はその時、胸を張っていられるのだろうか。
いられない。俺はそういう人間だと、もうわかっているだろう。
もう、自分自身に嘘をついていても仕方がない。責任を追うべき道が見えているんだ。
「……俺は友達がいなくてですね。魔殺しという立場で魔法使いを監視している以上、仲良くなっても殺す立場に変わってしまえば、無慈悲に打ち抜かないといけない。そんなだったら仲良くする相手なんかいない方がいい、そう思ってたんですね」
だが、ルージュと出会って、ヴァイオレットと出会って、ヴェールと出会って、毎日下らないことを話したり、食堂で顔を合わせていったり。そういう時間が――
「俺の立場では、ヴェールは殺すことは看過できません。確かに、無知であったとしてもそれは罪です。こうなってしまったのは彼女の責任に依るところが大きい。しかし、それを自覚して挽回するのであれば、それができるのもまた、本人しかいないのです。
彼女の居場所を教えてください」
「その決断の末、私と決別してもか?」
「ヴェールの能力はこれからに必要です。拳銃から身を守る防具もあいつは作ることができる。あいつの生死がこれからの地獄の明暗を分けることになるでしょう」
俺は立ち上がって、座ったままのブラウンと対峙した。
俺のこの判断は、魔殺しとしては赤点どころか試験を受けなかった方がマシまである。
しかし、そんな風に魔殺しの枠にはまっていたから、俺は自分を不良品だとしか定義できなかった。魔殺しという立場はあくまで一つの俺。色んな俺があって、その全てがヴェールを救えと叫んでいる。友達を助けろと訴えている。
「魔法使いを殺すことができるのなら、魔法使いを生かすこともできます。彼女はこれから始まる血塗られた時代を変える存在となりえます」
「生かすことに利があると、外ならぬ君が証明するのか」
魔”殺し”である俺が、魔法使いを生かす。その決断は今ここで成った。
俺が頷くと、ブラウンは「時代か」と鼻を鳴らした。
「ついに魔殺しにもそんなことを言うやつが出てきたか。魔法使いを打ち抜くことしか知らんやつらが、人を生かしたいと言う。いよいよ時代の変遷なのかもしれん」
口ぶりからすると、彼はむしろ従来の魔殺しの在り方の方が気に入っていないようだった。危ない。これがアルコだったら、ヴェールの場所は一生教えてもらなかっただろう。
ブラウンは鼻を鳴らした後、一つの店の名を教えてくれた。
「アヴァリスの娘はその武器屋に匿われている。いや、隠されていると言った方が正しいか。外に人が出た気配はない。中がどうなっているかはわからんから、早く行ってあげると良いだろう」
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。今回の件は偶然にも貴公が混じることの出来る余暇があっただけだ。
だが、私にも立場というものがある。それは話したな。若者を育てることもそうだが、それ以上に、この街の平和が優先される。この街を脅かす存在となるのであれば、その瞬間に私は動く。よおく肝に銘じておきたまえ」
肝が冷えるような事を言い残して、ブラウンは歩いていってしまった。
すでに該当の武器屋は警備兵に囲まれでもされているのだろうか。敵が動くにせよ味方が動くにせよ、余計な時間はないということだ。
緊張が解け、一息吐くと、「あの人誰?」とルージュが近づいてきた。
「お爺さんだけど、なんかすごいオーラがあったわね」
「王国魔法使い序列二位のブラウン様だよ」
「あの人が? 確かに見た目からしてただものじゃなかったけど、すごい人だったのね。そんな人と話ができるなんて、シエルはやっぱりすごい立場にいるのね」
尊敬にも似たキラキラとした視線をもらうが、そう良いものでもない。知られていると言う事は、睨まれる可能性もあるということだ。
「まあでも、今回ばかりは良かったよ。肝は冷えたけど、ヴェールの居場所も教えてもらえた」
「ほんと!? やったじゃない」
嬉しそうに跳ねるルージュ。
「だが、この街を危機に晒すようだと、序列二位が自ら制裁を下すとお達しだ。おまえの魔法の威力は規格外なんだから、街を破壊しかねない。魔法は打つなよ」
「それは保証できないわ。ヴェールの危機となれば、私は全力で魔法を撃つわ」
人には立場がある。ルージュの立場からすれば、街の安寧よりも友達が優先される。
……なんだかそれもそれでいい気がしてきた。結局自分を自分足らしめるのはそういった信念。人に強制されることではパフォーマンスも落ちていく。俺だって、魔殺しの考えのままでいれば腐っていっただろう。
「わかった。思いっきりやれ」
「え、いいの?」
「いいさ。責任は俺がとる」
最悪なストーリーは、魔法を躊躇したせいでヴェールを失う結果になること。誰も救われない。だったら、俺がしこたま怒られる方がマシだ。牢屋に放り込まれたって構いやしない。
「……ふうん。シエルらしくなってきたわね」
「俺らしいってなんだよ。普段の俺はこんなんじゃないだろ」
「無理してないっていうか、素敵だと思うわよ」
照れたように笑って、ルージュは一人頷いている。
ヴァイオレットも戻ってくる。
これから命のやり取りになるかもしれないし、彼女にも意志とやらを聞いておこう。
「なあ、ヴァイオレット。おまえはなんでそんなに頑張ってるんだ?」
「え? 別に頑張ってないけど。私がしたいことをしてるだけだよ」
素直な回答だからこそ、身に染みるものがあった。
俺は考えすぎなのかもしれない。ただ自分が望む方向に進めばいい。しかし、それだけで生きているわけもない。考えて考えて、そうして生まれたのが俺という人間な気もしている。
これが俺だ。
「変なこと聞いて悪かったな」
「シエルは吹っ切れたの?」
「迷ってるように見えたか?」
「うん。いっつも眉間にしわ寄せてるしね」
他人にもわかるレベルなら、俺は腹芸には向いていない。開き直るしかない。
「でも、今はいい顔になってると思うよ」
「ね、シエルらしくなってきたわ」
「確かに。シエルらしくなってきたよ」
俺らしいってなんだよ。俺自身がわかっていないことをなんで二人がわかるんだよ。
それが友情ってやつか?
「何が出るかわからないけど、ヴェールを救いに行くぞ」
力強く頷いた二人を引き連れて、俺たちはヴェールの元へ急いだ。




