3-10
「……今度はてめえか。寮に引きこもって何をしてんだか」
そんな楽しそうな様子とは対照的に、テーブルについたブロンとヴェールは険悪な雰囲気だった。
「別にいいじゃないっすか。貴方に迷惑はかけてないっす」
「今こうしてかけてんだろが。おまえが引きこもってないで訓練に来てるんなら、お節介なやつも何も言わねえんだよ」
「うるさいっすねえ。私、感情的に怒るやつは嫌いなんす」
「んだと?」
「言葉に正当性がないくせに威張り散らすやつは、自分から逃げているだけなんすよ。そんな人の言葉は聞きません」
「それ言ったら戦争だ――
「ブロン、うっさい!」
ダンスから戻ってきたルージュがブロンの後頭部を叩いたことで、ブロンの視線はルージュの方へと移った。
「いてえな」
「貴方はいっつもそうね。そんなにシエルとの時間をとられるのが嫌なの?」
「そうだよ。おまえらがいるせいで俺たちの平穏な時間が崩されるんだよ」
「そんなに平穏な時間がほしいんなら、もういっそのこと一人でサボりなさいよ。シエルを巻き込まないで」
「俺が一人でいたら反省文から逃げられねえんだよ!」
「……かっこわるう」
感情的なブロンは口が回るとは言い難い。教官と真正面から口論になれば、訓練を逃れた正当な理由を言うことなく、成すすべなく敗北すること多数。
ルージュは呆れた顔をして席についた。その隣にはヴァイオレットも座る。
ヴェールは四人の顔を見渡して、顔を俯かせた。
「……んで、何すかこれは。訓練はいいんすか、皆さん」
「サボりだ」
堂々と答えると、ヴェールは目を丸くした。
「こんな大人数でサボるなんて、目をつけられるじゃないっすか」
「それも狙いだ。おまえもこの面子の中にいると教官たちに植え付けることで、あれ、ヴェールも一緒に訓練に引き戻さないといけないんじゃないか、と思い直させる作戦だ」
「私はもう何も言われない立場になったんすから、余計なことしないでください。もう誰も呼びに来ないで、教官に諦められるくらいまで来たのに邪魔しないでほしいっす」
流石サボりプロ。
教官にもういいやと思われるまで来れば、もう怖いものはない。
同時にそれは、戦場で路傍の石にも満たないような価値しかないと判を押されたようなもの。育てる甲斐もなく、勝手に死んでくれと言われているようで少し切ない。
戦場で活躍するために、ではなく、魔殺しに狙われないような魔法使いに変わってほしい。
「観念することね。シエルに見つかったら終わりよ」
「こうなったらおしまいだね。諦めて私たちと遊ぶといいよ」
「諦めんな! おまえはまだ戻れる。シエルなんかと一緒にいるんじゃねえ!」
三者三葉の援護射撃があった。
一人だけ熱量と方向性が違うけど。
ヴァイオレットは腕を組んで、
「でも正直、訓練逆皆勤賞のヴェールはともかく、同じクラスの私たち四人が白昼堂々と訓練を抜けるのはまずいんじゃないの? 勝手にこんなことしてて、教官や他の候補生から反感を買っちゃうのも、それはそれで違うんじゃない?」
冷静に現在の状況の危険性を教えてくれるが、
「大丈夫だ。俺が許可をとっておいた」
「誰に?」
「教官に。正確には学長に」
残りの四人がそれぞれ驚きの顔になる。
訓練日の真昼間に訓練場を抜けたいという旨は事前に説明してある。学長に事の経緯を説明すると、二つ返事が返ってきた。特別訓練ということにしてくれるらしい。
学長がフラムに相当絞られて意気消沈しているのもあったし、ルージュを守り切れなかったことも負い目になっていたのだろう。
加えて、魔殺しからの通達があった以上、ヴェールは現状、王国にあだなす存在とされている。彼女が王国の繁栄の邪魔になるようなら、学園の管理能力も問われてしまう。実際、管理を諦めて彼女の卒業を待っていたわけだし、突かれれば色々とボロが出る。
俺がそれを是正するということを懇切丁寧に説明したら、是非とも上手くやってくれと言われたというわけだ。
「学長に? 何て言ったの?」
「懇切丁寧に俺の思いを伝えただけだ」
「うへえこわあ」
ヴァイオレットは目では笑いながら、叫び声を上げた。
「そりゃ、この人は私を拘束しようとしてた人っすから、学長を脅すことくらいはしそうっすね。一体何者なんすか」
「拘束命令?」とルージュは首を捻ってから、目を見開いてヴェールのことを見遣った。「貴方、シエルに狙われてるの!? 一体何やったの?」
「部品生成を少々っすけど……」
「早く謝んなさい! いい? シエルは、えっと、その、そういう立場にいて、とにかくやばいやつなのよ! 狙われたってことは相当なことしたんでしょ? 部品生成とか嘘つかないで。強盗? 殺人? とにかく早く頭を下げて!」
ルージュによって勢いよく机に額を押し付けられるヴェール。「んげ」と悲しい嗚咽が漏れていた。
「シエルも、もう少しちゃんと精査した方がいいと思うわ。この子が何したかわからないけど、その、貴方がまた震えるような思いをして、この子を殺す必要はないと思うわ」
ヴェールだけでなく、俺も心配されているのか。相変わらず人の心配をして、良くも悪くも全力な女の子である。
「落ち着くのはおまえだ、ルージュ。俺はヴェールを俺の役目の対象にはしてない」
「そうなの?」
「そうだったらもうこいつはこの世にいない」
「うへえこわあ」ヴァイオレットの今度の目は笑っていなかった。「でも、拘束命令が出たってのは本当なんだよね? この子を自由にしていて大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
とりあえず拳銃の部品の生成を止めてくれれば。後は拳銃の量産がどれほど進んでいるか次第か。すでに運用できるくらいになっているのであれば、ヴェールにも責任問題が発生する。王国に被害が出るようであれば、極刑の対象だ。
「……放してほしいっす」
蚊の鳴くような声を受けて、ルージュはようやく手を離した。
「ご、ごめんなさい。だって、シエルに狙われてるっていうから」
「私、この中で最年長なのに。こんな扱いっす……」
しおらしくなってしまった。
「階級を一つずつ上げたって言ってたな。今何歳なんだ?」
「十七っす」
「なんだ、一つ上か」
「意味合いは違うはずっすよ。私は十一からこの学園にいるんすから」
つまり本当に六年間ずっとここにいるわけだ。年を跨ぐ以外で進級できなかったというのは本当のようだ。
俺は十三でこの学園に入れられて、三年目の五階級。毎年二階級ずつは上がってしまっている。端っこでむくれているブロンも同じだったか。
「私は十五よ。学園生活は二年目ね」
流石のルージュ。一年間で階級を六まで上げたのか。あの魔法の威力をもってすれば当然か。
「私も十六。三年目だよ。知らなかったけど、一緒なんだね、シエル」
ヴァイオレットは笑顔を向けてくる。
「たった一つ違いでしょ。偉ぶらないでよね」
「一年は大事だよ~。可愛いね、ルージュは。よしよし」
「妹扱いしないで!」
なんとも微笑ましいが、今日の本題はそっちじゃない。
「話が脱線したけれど、今日みんなに集まってもらったのは他でもない。今、ヴェールの生成魔法が王国にとって害のあるものだと判断されかけている。このままだと処罰の対象だ。王国のために使えないか、議論したい」
「王国の運営に反するものを作っちゃったってことでしょ? だから逆に王国の利益になるものを作って、抹消命令を覆そうって話ね」
流石にヴァイオレットは理解が早い。
「そういうことだ。ヴェールだって殺されるのは嫌だろう?」
「戦場に向かえばどっちみち死ぬんだから、どっちでもいいっすよ」
「本当にそう思ってるのか? おまえの魔法が上手く作用すれば、生き残れる可能性も上がるかもしれないぞ」
「例えばどうすればいいんすか?」
「それをこれから考えるんだよ」
三人寄れば文殊の知恵。
五人寄れば向かうところ敵なし。
「そもそも、生成魔法ってどういうものなの? 一回見せてよ」
「……まあ、見せるくらいなら」
自分の魔法が恥ずかしいのか、少し顔を背けながら、ヴェールは手の平を上に向けた。四人が見つめる中、手のひらが発光すると同時に、金属製の筒が生えてきた。光が収まると、そこには拳銃の部品が転がっている。
「おお~すごいね。ちなみにこれは何?」
「武器の部品……だそうっす。詳細は知らないっすけど」
ヴェールはちらりと俺を見てくる。
どういう武器かは彼女もすでに知っているはずだけれど、余計なところに情報がいかないように気を遣ってくれているのだろうか。
ルージュがその筒をひっくり返したりいじったりしている横で、ヴァイオレットは質問を続けた。
「元の部品と遜色ないものができてるってことだよね。どこまでのものが生成できるの? 例えば、この寮くらいの建物が生成できるんなら、陣地の作成にも便利で、戦場でも重宝されるよね」
「生成できるのは、私の口の中に入れられるものだけっす」
「口?」
ヴェールは頬を引っ張って、口の中を見せてくる。特に変わったところはないが、だからこそ、彼女が複製できるものの大きさが想像しやすかった。
「私は複製する物を口内で判断するっす。舌触りで物質の組成を把握できるんす。だから口の中から溢れる者は生成の対象外っすね」
金属製の部品を口の中でこねくり回している様を想像すると、少々おっかない気もする。
「なるほど。じゃあ手のひらサイズって考えていいね。それで生成して、有意義なもの。……何かあるかな?」
ヴァイオレットは他の意見を募る。
「口の中に入れるんでしょう? それこそ、食べ物はどうかしら? 戦場でお腹が空いても解消できるっていうのは、素敵なことよね」
「食べ物や生物の類は複雑すぎて生成できないっす」
「宝石はどうだよ? 貴金属が生成できるんなら、国庫も潤うってもんだろ。そして余ったら俺にくれ。女の子への贈り物にする」
「これは可能っすけど、宝石の価格が暴落するっすよ。経済への影響も出るし、私の親はそれで捕まりかけたことがあるっす。王国に厳重注意されてるんで、これやったらマジで死刑っす」
「武器が作れるなら、防具はどう? 魔法使いにはそこまで有意義じゃないかもしれないけど、材質次第では防核と一緒に身体を守ってくれるかも」
「それは一理あるっすね。全身を覆うってなると部品が多いっすけど、組立できる形にすればできなくないっす」
意外と出るものだ。
自分で集めておきながら、碌な意見が出ないかもしれないと思っていたんだが。
ヴェールの魔法は魔法使いとの対峙の際には効果が出ないかもしれない。しかし、事前の準備としては十分に効力を発揮する。
「そんな感じでもう少し意見を出していこう。有用なものが出れば、俺が直接学長と掛け合って、王都の工房とかに話をつけてみる。王国の管理外の組織を相手にして裏に手を回すよりも、そっちの方がいいだろう。俺もおまえを消さないで済む」
魔法は使い方次第。ひねくれた脳内ではひねくれた道しか進めない。
他者がいれば、多くの意見が出る。自分の道が舗装されていく。
「そんなに上手くいかないっすよ。この六年間、私だって何もしなかったわけじゃないんすから。防具や装飾品の類は試したっす。防具は魔弾が防げなくって、魔法使いの戦闘には必要ないって廃棄されたっす。装飾品は私一人が生成する状況は財力が集中するとまずいって話になって禁止されたっす。袋小路なんすよ」
「前は駄目でも、次は上手くいく。今は、その六年間でなかったものがあるだろ」
「え?」
「俺たちだよ。一人ではうまくいかなくたって、俺たちが協力する。そうすれば別の景色が見られるさ」
笑顔とともに手を差し出すと、ぽかんとした顔が返ってきた。
しばらく静寂が周囲を包み込む。
「俺たちだよ。キリッ」
「俺たちが協力する。ニッコリ」
「別の景色が見られるさ。だってよ」
それぞれルージュ、ヴァイオレット、ブロンからにやにやした顔を向けられて、俺はため息をつくことしかできなかった。
いくら俺の行動方針が決まったからと言って、慣れないことはするもんじゃない。
結局俺は俺でしかないんだから。




