3-6
◇
「人に嫌われた場合、いかにして好感度を取り戻すべきだろうか」
夕食の席で、俺はざっくばらんに意見を募った。
食堂に集まっていたいつもの三人に今日ばかりはアルコを加えた四人は、総じて首を捻っていた。
「何の話?」とルージュ。
「一人の引きこもりをどうにかしようと画策してるんだけど、断られてしまって」
「だから、何の話?」と、再度聞かれてしまう。
「兄さんはヴェール・アヴィリスと友人になろうとしています」
アルコの補足。
しかし、ルージュはまったく理解できなかったようで、「だから、それは誰で、何の話なのよ!」と大声を出した。「ずっと何言ってるかわからないんだけど!」
「……つまり、またしてもシエルの友人計画ってことか」大きな、それは大きなため息をつくブロン。「てめえ、そろそろ本気で怒るぞ。なんでそんなことしてんだ。友達百人作りてえのか。もう俺たちも五階級だぞ。あと一、二年で卒業なのに今更何言ってんだ」
ブロンの怒りを受けても、俺は肩を竦めることしかできない。俺だって、俺という人間が何をどこまでやりたいのかわかっていないんだから。
そんな二人のお怒りを、ヴァイオレットが仲裁してくれた。
「まあまあ。ブロン君も落ち着いて。別に友人が増えることに問題はないでしょう」
「ある! 俺の行動に文句を言うやつが増える!」
「文句言われるって自分でわかってるなら改善しようよ……」
ヴァイオレットは困ったように笑ってから、俺に向き直ってきた。
「それで? 君は新しく仲間を増やそうというわけだ。理由は聞かないけれど、そういうことでいいんだよね?」
ヴァイオレットは含みのある笑みを送ってくる。
ルージュやブロンよりも、まともな意見が期待できる子だ。俺の正体を知られているのは少々リスキーだが、彼女なら吹聴したりはしないだろう。ポジティブに考えれば、それを踏まえた上で考えてくれる。
俺の無言を回答と受け取ったのか、ヴァイオレットは満足げに頷いて、
「まずはヴェールさんのことを知ればいいんじゃないのかな。ここには彼女と同じ学園に通う候補生が四人もいる。四人もいれば、何かしらの情報は出てくるから、それをとっかかりにしていこうよ。どんなことをしてるところをよく見る、とか、知ってる人いるでしょ?」
相手の行動、趣味嗜好を知るべし。ヴァイオレットの言っていることは間違っていなかった。しかし、聞いた相手を間違えていた。
「馬鹿か。俺がそんな陰気な奴知るわけねえだろ」
「私は、その、……たまたまよ。たまたまだけど、その子のことは知らないわ」
「私も学園では魔法使いと関わらないようにしてたし、知ってるわけないよね」
全滅であった。
このグループは外での絡みがほとんどない悲しきぼっち集団。そもそも各々が他人に興味がないという致命傷もあいまって、何の情報も集まらなかった。
「シエルは?」とヴァイオレットから聞かれても、俺は当然のように首を横に振る。
「というか、知ってたら聞いてない」
「それもそうだね」
不毛な会話だった。四人全員が黙り込んでしまう。
「友人になるというのなら、相手の好きなことを話せば良いのではないでしょうか」
アルコがぽつりと呟いた。一番友達のいなさそうな子が――というのは失礼か。彼女は明確に友人を必要としていないから作らないだけで、友人の作り方自体は理解しているのかもしれない。
「寮の自室に引きこもっているのであれば、一人きりでも楽しめる趣味や仕事が必要です。彼女の部屋には多くの書籍がありました。あれを終日読み込むことで、一日を終えているのではないでしょうか」
「お、アルコちゃん賢いね。じゃあ趣味は読書だ。けど、学園生活ではお小遣い程度の給金しか出ないから、自前で集めるのは難しいだろうね。つまり、図書室を多く利用しているんじゃないかな」
アルコの言葉を手掛かりに、ヴァイオレットが組み立てる。頭の回る二人の会話は早い。
「図書室で張っておけば出会えるし、読書の話で好感度も上げられるって話か」
「ちなみにシエルは読書とかするの?」
「まったく」
新聞や戦術本は読むけれど、小説は小論は読まない。読書というようなものではないだろう。
ヴェールの部屋の本棚に何があるか注視しておけば良かった。
「『ガラル・レックスの魔術戦術』、『フラム・フィムリアの軍隊指揮論』。このあたりは兄さんも読んでいたはずです。彼女の本棚にもありましたし、会話の糸口にはなるかと思います」
答えが出た。図書室で待ち構えて、俺も読んだことのある戦術系の本についての話題を振る。これで君もヴェールと友達になれるよ。
もうアルコ一人いればいいんじゃないだろうか。
「さっすがアルコちゃん!」
ヴァイオレットが指を弾いていた。ぽんぽん答えを出してくるアルコが楽しくなってきたんだろう。
反対に、とんとん拍子に進む話に、ルージュがむくれてしまっている。
「……なんかぽんぽん話が進んでるけど、私はヴェールって子に会うの、反対なんだけど。シエルが友達になるのも嫌」
「なんでだよ」
「友達は多ければ多いほどいいってわけじゃないわ。それだけ密度が減ってしまう気がするし」
「前もそんなこと言ってたけど、ヴァイオレットとはもう仲良くなってるじゃないか」
当初こそルージュはヴァイオレットに噛みついていたけれど、今は良い関係に収まっているように見える。
「ヴァイオレットは諦めたのよ」
「ひどい。言い方が良くないよ」
ヴァイオレットは笑っている。彼女の美点は相手の言う事の裏を読めるところだろう。ルージュが本気でヴァイオレットのことを嫌っているわけじゃないとわかっているから笑っていられるのだ。
「ヴァイオレットは逆に良いの? 私たちで、もう十分楽しいと思うわ。シエルが他の子に手を出すのは、なんというか、嫌じゃない?」
「手を出すって言い方は違うんじゃないか?」
俺の弁明も、ルージュに睨みつけられて萎んでいった。
「ん。私は別に。というか、シエルのそういうところがあったから、今私はここにいるわけだし」
ヴァイオレットは薄く笑って、
「私はね、シエルに声をかけてもらって嬉しかったよ。もしもシエルが近くにいなかったらどうなってたかって考えたこともあるけど、碌な人生じゃなかった気がする。魔法使いの集団に襲われて、親の仇に敗北して、戦争に関係ない人の家が燃えてるのを見て――魔法使いを本気で恨んでたと思うな。学園もやめてたかもしれない」
「……そう」
「今はそうは全く思わないけどね。皆といるの、楽しいし。魔法使いの中にも色んな考えがあるってわかったし、私が守りたい人は、魔法使いの中にも一般人の中にもいる。括りつけちゃいけないんだってわかったから。こういう前向きな気持ちになれたのはシエルが声をかけてきたから……違うか、最初はストーカーだったっけ」
いたずらに笑いかけられ、俺は鼻を鳴らした。
「あれは偶然だって言っただろ」
「そういうことにしておくよ。要は、シエルによって少しだけ歩く足の先が変わった気がするんだ。今回も私の時と同じように、ヴェールの歩く道も良い方に変わるって言うんなら、私はシエルを応援するかな」
全部ブランシュが先導したことだとは言えないな。
俺は何もしていない。ただ、彼女に誘導されただけ。今だって、ブランシュに提案をされただけで、ヴェールと友人になることが正しいのかもわかっていない。
ただ、あんな腐った目をしている彼女を放っておくのは違うと思った。何も接することなくただ排除するなんていうのは、倫理に反していると思っただけだ。
「俺は何も考えてない。あまり大げさなこと言わないでくれ」
「……兄さんは」
俺が自分の過大すぎる評価を下げようとすると、アルコがぽつりと呟いた。
四人からの視線を受けて、珍しくもはっとした顔になるアルコ。言葉を口に出した自覚はなかったらしい。改めて、口を開いた。
「言われたことをすぐに実行に移しません。色々と考えて、それが自分で納得できないと、何もできないんです」
「そういうことだ。俺は大した人間じゃない。だからあんまり変なことを言わないでくれ」
「そうじゃなくて、兄さんは他人の言葉には迷わされるけれど、結局は自分の意志をもって事に臨んでいるんです。そんな兄さんは尊敬に値します。ヴェールのことだって、私だったら違うやり方をとっているでしょう。……これは失言でした。とにかく、私は変なことではなく、本心で兄さんのこと尊敬しているんです」
……。
「あ、シエルが照れてる」
ヴァイオレットに指さされて、俺は視線を明後日の方向に向けた。
俺が尊敬されるような人間なわけはない。妹に戦場を任せて学園で油を売っているような男だ。妹だって、これは俺の友人に対してのリップサービスのつもりなんだろう。
いや、アルコがそんな迂遠なことをするわけもない。じゃあやっぱり俺のことを尊敬して……。
それは認めちゃいけないな。何もしていない俺に与えられる栄誉なんて存在しない。妹からの讃辞は、社交辞令として受け取っておこう。
◇
「で、妹ちゃんは寮にまで押し掛けてくんのか」
その日の夜、寝る時になってもアルコの姿は俺の近くにあった。厳密には、男子寮、俺とブロンと同じ部屋にいた。
「フラム様には今日一日、兄さんと一緒にいろと命令されたので」
「あれはそういう言い方をしただけだろ。学園に泊まるのはいいとしても、同じ女子のルージュやヴァイオレットと一緒に行けば良かったのに」
「しかし、命令なので」
頑として譲る気配はない。こうなると譲らないのがアルコである。
ベッドは一つしかないので、仕方なしに俺と同じベッドで寝るしかない。
「妹ちゃんに手を出すなよ」
「うるさいな」
ブロンの軽口に応えながらも、妹と同じ布団を被る。背中合わせになると、人の温もりを感じられた。
「兄さん」
小さい声。俺にだけ届く言葉で。
「ヴェールのこと、どうするつもりですか」
「まだ判断はつかない。悪だと判断できれば殺すさ。安心してくれ」
「そうでない場合は?」
「……彼女の生きる道を探すさ。彼女の罪状は武器の量産。今からでも止まってくれれば、まだ釈明の余地はある。要は彼女の存在が王国の魔法使いにとって有益だと思わせるようにできればいい。そう、変わってくれることを祈る」
「変わると思いますか?」
「それこそわからない。俺にそんな力はないし」
この判断だって、問題の先送りだと言われてしまえばその通りだ。ヴェールがどれほどの部品を複製していたのかもわからない。すでに戦争に足る量が引き渡されていた場合、彼女は魔法使いを殺した戦犯となる。今更止めたってもう間に合わない。
そうなったら、今度は彼女を生かす方法を考えないといけない。生成魔法を王国に利のある方向へと向かわせる必要がある。
「生かすという判断は遠い先にあるように思えます」
「なるようになるさ」
「どうしてそういう判断ができるのでしょう。彼女は変われないと思いますよ。腐った土壌に綺麗な華は咲かないのです」
「同じように、綺麗な土壌に綺麗な華が咲くとも限らない」
才能に塗れた魔法でも、扱う人間次第では無意味にも成り下がる。
「その綺麗という認識も、自己判断でしかない。どう見るか。見る人間の目次第でもあるんだよ」
それっぽいことを言って、俺は会話を打ち切った。




