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大罪の魔法使い  作者: 紫藤朋己
2章 紫の嫉妬
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2-15






 ◇



 俺たちは村の保護のために、野営をしながら復興支援を行った。

 あれから他に襲撃はなく、数日も経てば村の襲撃騒ぎも一旦は収まっていた。


 候補生たちが手際よく動いていたし、森の中を複数人で巡回も行った。燃えていた家の修復も終わったし、教官は包帯塗れになりながらも罰の悪い顔でそれらの監督をしていた。

 不幸中の幸いにも、今回の戦闘で大きな被害は出なかった。先の戦争の余波では大打撃を受けたこの村も、野盗の襲撃ではそこまでの影響を受けなかった。


 良かった。順調に復興へと向かっている。

 なんて、部外者である俺たちは思う。


「村が燃えた。君たちのせいだ」


 俺たちが予定通りに復興任務を終わらせようとしていると、一人の少年が俺の前に立った。

 初日、俺たちに突っかかってきた少年だった。


「君たちが愚鈍だから、また村が燃えたんだ。きちんと守ってくれよ。何のためにここまで来たんだ」


 問われ、言い返せる言葉はなかった。


「申し訳ございません。謝罪させてください」


 俺は一も二もなく謝った。

 本陣と戦闘狂を追い払った以上、最悪な事態は避けることができた。人死にも出ていない。

 しかし、居住宅に被害が出たのはその通り。被害も何もなく守りきることはできていない。


「なんだよ、それ」


 少年は悔しそうに歯噛みした。


「君らの戦闘にこっちは巻き込まれてばっかりだ。いるんならいるでしっかりその仕事を果たせよ。できることだけやって、迷惑かけて終わりかよ! だから――魔法使いなんか最初っからいない方がいいんだよ!」

「ごめんなさい」


 隣にいたヴァイオレットも項垂れるばかりだった。


「くそ、くそ! 魔法使いなんか自分のことしか考えないやつらの集まりだ。魔法を放てれば満足なんだろ。俺たちよりも上の立場から、人を殺して喜んでんだろ。いいさ、そんなやつらなら、全員、この俺が殺してやる」


 物騒な言葉を吐く。

 流石に看過できなくなってくる。


「魔法使いに喧嘩を売るのはやめておいた方がいい。手痛いしっぺ返しが来るぞ」

「じゃあこのまま黙ってろって?」

「だから、俺たちに任せてくれってことだ。魔法使いには魔法使いをぶつけるしかない」

「じゃあ村を守ってくれよ。できないからこうなってるんだろ。ああ、わかってるよ、魔法使いを殺す方法がないのがいけないんだろ。俺はやってやる。魔法使いを殺す時代を、俺が作ってやるんだ。俺が全部ぶち壊してやる」


 ミノワール、と村の人にそう呼ばれて、少年は走り去っていった。


 俺たちが村人の気持ちも知らずにはしゃぎ過ぎたのだろう。俺たちはもう終わったと思っているけれど、彼らはこれから始まるのだ。


 ヴァイオレットは走り去る村人の背中を見送って、苦い顔を作った。


「魔法使いを憎むあの感じ。私もあんな感じだった?」

「少し前なら意気投合してただろうな」

「気持ちはわかるけどね。ただ、魔法使いでもそうじゃなくても、悪い人はいるんだよね。大事なのはどこに所属しているかどうかじゃなくって、相手がどういう人間なのか、個人を見定めること。どこに所属しているから悪いって決めつけるのは少し怖いよね」


 いくらか丸くなった意見だ。俺と始めて出会ったときと比べて、よくもここまで考え方が変わるものだ。


 やはり孤独は病。一人でいると碌なことを考えない。他者と関わることで自分のことを知っていく。友人がいるから気づかされることは多い。


 それは俺も同じこと。


「そういえば、一個礼を言うのを忘れてた。俺が囲まれた時、障壁魔法を打ってくれたんだろ。ありがとうな」


 野盗たちから囲まれたあの時、魔法以外の物理攻撃も混じっていたら、俺だってただでは済まなかった。俺は魔殺しの魔法を過信し過ぎている。思い返せばありがたい行動だった。


「おまえはもう立派に人を守れてるよ」

「え、なにそれ。私知らないよ」


 ぽかんとした表情のヴァイオレットを見て、俺も茫然とするしかなかった。



 ◇



 無事に学園に帰ってこれたので、事の顛末をブランシュへと報告に向かった。俺のことをどこかで見ていたのか、彼女もどこか満足した顔でそこに立っている。


「おつかれさまでした。ヴァイオレットとも良き友人になれたようで何よりです」

「これでブロンはヴァイオレットに手を出さなくなって、大団円ってか?」

「え? あの男がヴァイオレットに手を出すってどういうことですか?」


 こいつ、初期の設定を忘れているのか。


「おまえ……。ルージュの時はそうやって始まっただろうがよ。もう体裁すらいいのか」

「ああ、そうでしたそうでした。どうも興味のないことだったんで忘れてしまってました」


 ブランシュは今日も月の下で笑っている。

 父の不貞から始まったこの相談事。早々にその化けの皮は剥がれてしまっていた。


「あの男のことなんかどうでもいいです。シエルさんももう忘れてしまっていいですよ」

「ひどいな。あんなんでも父親なんだろ?」

「あんなんは父親ではありません」


 乾いた笑いに、深く追及はしなかった。


「しかし、今回は大立ち回りでしたね。大丈夫でしたか?」

「俺が魔法使いに負けるはずがない」

「そうではなくて、相手の魔法使いを打って殺したんですよね。身体の調子は悪くなっていませんか?」


 どこまで知っているんだ。この俺の弱みについて、今まで誰にも話したこともないのに。


「よくもまあ俺のことを知っているもんだ。未来で俺と出会ってるのか?」

「答えません。しかしまあ、無事なら何よりです。それに、あの『蒼龍』に属する男を殺してくれたおかげで、貴方を取り巻く状況はまた少し変わるでしょう」

「蒼龍?」


「あの魔法使い集団の名前ですよ。あの他にも大勢の構成員がいる、魔法使いのアウトロー集団です。これからどんどん勢力を拡大していきますので、気をつけてくださいね。しかし、実力者である人物を撃ち取ったことで蒼龍の動きは鈍くなるでしょう。

 ヴァイオレットも一般人だけではなく魔法使いも守りたいと思い直した。花丸な結果ではないですか」

「なんでそこまで知ってるんだ。現場で見てきたように語るじゃないか。俺はおまえの知る未来とは違った行動をとってるはずだぞ」


 ブランシュは唇に指を当てた。


「私はいつでも貴方の傍にいますので」

「おまえか、あの障壁魔法を打ったのは」


 ほとんど当てずっぽうだった。あまりにブランシュは俺の周りの物事を知りすぎている。それこそ、本当に近くにいるのではないかと疑いたくもなる。そうであれば、あの時魔法を放つことも容易だ。ヴァイオレットが知らないと言い、他に味方がいなかった状態。こいつならそういった埒外の行動をとってもおかしくはない。


 ブランシュは口角を持ち上げて、口だけで笑った。


「さて、どうでしょう」

「それは犯人の言う言葉だ」

「ヴァイオレットの障壁魔法を、私がどうやって扱うというのですか」


 それはその通りだ。

 ブランシュが障壁魔法を使うことができるのかどうかもわからない。ブロンの娘だというのなら、彼女は時魔法の使い手。障壁魔法を継承しているはずがないのだから。


「では、次に行きましょうか」

「……」

「なんで不服そうな顔をしてるんですか。私の言う通りに友人を増やしていけば、いいことばかりですよね。今回はそれを実感できる良い機会だったのではないでしょうか。騙されたと思って、次の子とも仲良くしてあげてください」


 確かに、ヴァイオレットに起こるであろう未来は予測できて、それを回避できたとも思う。だが、相変わらず手綱はブランシュが握っている状態に変わりはない。彼女がどこに向かいたいのかもわからないのに、唯々諾々と頷くのは違う。

 かといって、これまた強情に首を横に振るのも違うわけで。結局は話を聞いて判断するのが最良になってしまう。


「聞くだけ聞くよ」


 聞いてしまった時点で選択肢は生まれてしまうわけだけれど。


「次に友達になってほしいのは、ヴェール・アヴァリスという少女です。シエルさんとは別のクラスですが、同じ不良仲間同士、仲良くなれると思います。彼女は彼女で、訓練をサボってばかりなんでね」

「そりゃ気が合いそうだ」

「はい。それはもう。ただ、彼女の言う不良と、シエルさんの言う不良は意味合いが異なるかもしれませんけどね」


 含みのある発言。

 まあ今更か。いつものように、とりあえず話してはみるか。


「それで? 次の子は未来で何をやらかすんだ?」


「あまり伝えすぎるとシエルさんの行動を縛ってしまうので、一つだけですよ。

 彼女は、彼女の魔法によって、魔法を特別なものではなくしてしまいました。魔法という”力”があるからこそ魔法使いは優位を保っていたのに、それに代わるものを生み出してしまいました。別の武器を生み出してしてしまい、魔法使いの時代を覆したのです。魔法使いではなくっても、誰もが人を殺せるようにしたのですよ。

 それがどんな未来を導くのかは、想像してみてくださいね」


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