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大罪の魔法使い  作者: 紫藤朋己
2章 紫の嫉妬
31/185

2-14






 ◇


 教官を背負って村に戻ったとき、いくつかの建物が炎をあげていた。すでに敵はすべて撤収した後だったが、村にも被害が出てしまっていたようだ。


 残っていた魔法使い候補生が必死に火を消し止めようとしている。水魔法を操る生徒を中心に、被害を最小限にするよう動いている。また襲撃されては敵わないと、数人の候補生は村の周囲を囲んで臨戦態勢をとっていた。決死の瞳は、すでに戦闘を経験したからこそのもの。


 彼らは彼らできちんと戦って、野盗を追い払っていた。頼りないなんて言葉、前言撤回する。彼らは立派な魔法使いだ。


 森の中から俺たちが顔を見せたのを見て、最初は指先を向けられる。しかし、それが同じ候補生と教官であることを確認すると、安堵と恐怖とが一緒くたになった声が漏れた。


「誰か救護の経験があるやつはいるか。教官が怪我をしている」


 手を挙げて寄ってきた候補生に教官を任せる。教官に残っていた傷はルージュの見立て通り、表面上の怪我ばかりのようで、大事には至らないと診断されていた。休養が必要とのこと。手際よく応急手当が始まっているので、教官のことはその候補生に任せることにした。


 森の中で何かあったのか、他にも敵が残っているのか、ルージュとヴァイオレットが質問を受けている。回答に窮しているその脇を通り抜けて、俺は俺で人気のない端っこに歩いていき腰を降ろした。


 身体が重い。

 手が震えていた。


 あれは悪だ。まごうことなき悪だ。だから、打つことに躊躇いはなかった。

 しかし、悪は悪でも、人は人だ。俺の魔法が人を穿つ瞬間は何回見ても慣れることがない。


 あらゆる魔法を無効化し、防核を貫通する魔法。それは魔法使いを”絶対に殺すことができる”魔法。だからこそ、天運も何もない。偶然もなく他の思いに阻害されることなく、ただ俺が相手を殺そうと思うか思わないか、それだけが結果となる。

 ゼロかイチか、殺すか殺さないか、それしかない。ゆえに、責任は実直にのしかかってくる。


 俺が、殺したのだ。

 人殺しに抵抗があるわけでもない。

 初めてというわけでもない。

 敵は悪であり後悔もない。


 ただ、俺の中にこんな恐ろしい力があると自覚するだけで気分が憂鬱になる。絶対だからこそ、この魔法は怖い。十字架は自分だけに降りかかる。


 大きく息を吐くと、何者かが俺にぶつかってきた。魔法を無効化する魔法の話をした手前恥ずかしいが、これは流石に物理攻撃までもは防ぐことはできない。勢いそのまま仰向けに倒れこむ。

 俺を押し倒しているのは、ルージュだった。少しばかり涙目だった。


「心配した心配した心配した!」

「何を心配するんだよ。俺に魔法が効かないことは知ってるだろ」

「それでも。心配だったの」


 俺の心臓に耳を当てて、「ちゃんと動いているわね」と頷いている。


「そりゃ動くだろ。そうじゃなくちゃ生きてない」

「その減らず口は閉じる。心臓に魔法が直撃していたんだから、何が起こるかわからないでしょう。とにかく、教官と一緒に貴方も安静よ。飲み物とってきてあげるから、ここを動かないこと」


 俺に人差し指を突き付けた後、荷物が集まっているところに駆けて行ってしまった。


「せわしないね」


 ヴァイオレットも近くに来ていた。

 他の候補生からの質問攻めは抜けることができたようだ。


「あれがあいつの悪いところで、良いところだ」

「ルージュも君も素敵だね。相手を理解し合える関係は理想だよ」

「おまえも同じだ。良いところと悪いところがある。思慮深いところがおまえの良いところだが、今回は冷静さを欠きすぎだ。おまえがあいつに勝てるはずもない。力関係を理解したほうがいい」


 直接伝えると、ヴァイオレットは唇を噛んだ。


「……だってあいつ、私のお父さんを殺したんだ。護衛をしてくれていた魔法使いのおじさんも殺した。ただ、愉悦のために殺したんだ。それを反省もしないでまた同じことをしているなんて、許せないよ。

 でも、何よりも、私のお父さんのことを何も覚えていなかったことが悔しい。あんなに良い人で、みんなから慕われていたのに、魔法使いであるあいつは魔無しだって馬鹿にするだけで、殺したかどうかも覚えていなかった。お父さんの死はあいつにとって何の意味もなかった。魔法使いにとって、魔法を使えない人間は虫も同じなんだ」


 ヴァイオレットは悔しさのあまり涙を流していた。


 魔法使いはただ魔法を使えるだけの人間なのに、勘違いをする者が出てくる。強大な魔法を手にしたことで全知全能であるかのように振舞う。

 力を持った者がおかしくなるのはいつの時代も同じことだ。割を食うのはいつだって周囲の人間。


 だからこそ、俺のような人間がいるのだろう。

 俺は着ていた制服を脱いだ。穴や焼損だらけですでにぼろぼろ、衣服としての機能は有していない。それを一部切り裂いて、ただの布地にする。ヴァイオレットに手渡した。


「涙吹けよ」

「……これで?」

「何もないよりはマシだろ」


 汚い布地を受け取った後、ヴァイオレットはそれをじっと見つめて鼻で笑った。


「これで拭いたらもっと汚くなりそう」

「顔が汚れてしまえば涙が目立たなくなるから、それはそれでいいだろ」

「……ふ、面白いこと言うじゃん」


 ヴァイオレットは噴き出して、指で涙を払った。


「わかってるよ。泣いてばかりもいられない。もう何年も前の話だし、お父さんの死自体にはもう納得してるつもりだったんだけど、あんなやつに殺されたんだと思うとちょっとね。ありがと。ごめんね、さっきは取り乱しちゃって」

「なんだかんだ言ったけど、親の仇が相手だ。ああなるのも無理はないさ」

「シエルがいてくれてよかったよ。いなかったら、私はどうなってたかわからないもんね」


 その言葉を受けて、複雑な感情に駆られた。


 実際、俺がいなかったらどうなっていたんだろうか。まず、敵を探しに行くという選択肢は出ないだろう。しかし、やつらは村にちょっかいを出す。村で防衛する際にでもヴァイオレットはあの男に見つかるだろう。そして、先と同じ会話になる。


 異なるのは、俺がいなければ誰もあの男を止められないということだ。教官も倒され、候補生では手も足も出ない強大な相手。ヴァイオレットは立ち向かっていって、それでも勝つことはできなくて、ただただ敗北感と憎悪に塗れながら生き残り、新たな方向へと視線を向ける。


 つまりは、魔法使いを憎む方向に。


 その結果が、将来的なルージュとの対立。魔法使いからすれば死ななければいけない相手の保護に至る。それがどういった人物なのかはまだ判然としないが、同じように戦争を利用している人間なのだろう。

 魔法使いを殺すための組織だと言えば、精神状態の悪いヴァイオレットは頷いて仲間になっていたかもしれない。


 今、彼女の心境はどちらなんだろう。


「魔法使いには腐ったやつも多い。でも、全員がそうじゃない」

「あいつみたいなやつは許せない。

 でも、シエルのようなお人よしもいるし、ルージュのように情に厚い子もいる。魔法使いというレッテルだけで決めつけるのは違うよね。魔法使いって括りで語るのはやめるようにする。あの男のようなクズは何も魔法使いに限ったことじゃないし」


 ヴァイオレットの目は冷静だ。

 今のヴァイオレットであれば、魔法使いというだけで相手を憎むようなことはない。きちんと相手を見て判断してくれる。ブランシュの言う地獄への加担は行わないだろう。


 また一つ、地獄から遠ざかった。

 ……ということでいいのだろうか。


 ブランシュに聞かないとわからないが、とりあえず俺のやるべきことは終わった。息をつく。


 ヴァイオレットは俺の周囲をぐるぐると回って、下着姿の俺の身体を隅々まで見回してくる。それから、自身の制服の上着を脱いで放り投げた。


「寒いでしょ。私の上着を着なよ」

「いいのか?」

「交換。私ももらったから」


 俺の制服の切れ端を手に、笑顔で笑う。


「俺の汚い上着は役に立ってないだろ」

「ううん。ここにあるだけで意味があるよ」


 それならそれでいい。

 俺は貰った上着を羽織った。


「ありがとな」

「礼を言うのはこっちの方でしょ。あいつから守ってくれてありがとう。あいつに魔法を打ってくれてありがとうね」

「別にいいさ。こんなになってるのだって、俺の弱さのせいだからな」

「そうなの? 魔法の代償で震えているわけでもないの?」

「ああ。違うね」


 そうであれば、もう少し俺も器用に立ち回れただろう。この魔法の代償で何らかの痛みでも及ぼされるのなら、こっちも痛いんだとか言って免罪符を得ることができた。

 何もない。何も言い訳することができないから、すべてを背負わないといけないんだ。


 ヴァイオレットは俺の隣に座った。


「君のこと、少しわかった。私と同じかなと思ったけど、全然違ったのかも。君は私と違ってお人よしなんだなって、思ったよ」

「おまえも大概お人好しだろ」

「私は人を選ぶから」

「俺だってそうだ。自分のために動いただけの、ただの不良生徒だよ」

「魔殺し、っていうのは、これ以上聞かない方がいいの?」


 俺の立場。それは他言できるものではない。

 ヴァイオレットにも魔法を見られていた。俺の魔法が相手の防核を食い破ったところは、しっかりと目に収められてしまっている。


「秘密にしておいてくれ」

「いいよ。秘密ね」


 あっさりと頷く。ヴァイオレットであればやたらめったらに他言することはないだろう。

 他人に対して俺がそう思えるようになったこと。それが一番の収穫かもしれない。


「あと、一個だけ聞きたい。お人好しなシエルは、あいつを殺したことを後悔してる? あんなやつでも生きていた方がいいって、そう思える?」


 それはいつかの問いだった。

 死んだ方が良い人間はいるかどうか。

 俺はブランシュに対してもヴァイオレットに対しても、質問に答えられなかった。


 今は。


「俺に殺されるくらいなら、死んだ方がいいんじゃないか」

「それはどっち?」

「どっちもさ」


 魔法使いと魔殺しとの戦闘は、戦闘ではない。

 選択権は常にこちら側にあって、こっちが殺すか見逃すか、それしかありえない。


「俺は落ちこぼれだからな。そんなやつに殺されるのは、どうしようもない悪でしかない。それなら、死んだ方が良い人間ってことだろう」

「どういう回答? 君ってめんどくさいね」

「うるさい」

「でも、そういうのは別に嫌いじゃない。私もそんなんだしね」


 ヴァイオレットはくすりと笑った。

 彼女の穏やかな微笑みというのは、初めて見たかもしれない。


「私も迷ってる。ずっと、迷ってる。さっきあいつに言われて、はっとしたよ。私は魔法を継承したけれど、この学園に通わないという選択肢もあった。魔法を貰ったうえでも、魔法使いとしてではなくて、一般人の中に混じるって選択肢もあった」


 魔法を使わなければ魔法使いだとは思われない。同じ人間なのだから当然といえば当然だ。ここぞの時のために秘匿して、一般人の中で生きてもいい。魔法使いを憎むのならばそうするべきだ。


「でも、私はこの学園に通ってる。魔法使いとして生きるために、毎日を生きている。多分、私にこの力をくれたおじさんの言葉が根付いてるんだ」

「なんて言ってたんだ?」

「魔法を受け継ぐことで君を取り巻く運命はその形を大きく変える。荒波に飲まれないで、自分の意志を持つんだ。他の魔法使いと同じ道を選ばなくてもいい。魔法使いと対立してもいい。でも、君がどこにいたって、この力は君を助けてくれるから」


 すらすらと言葉に出せるくらいには、彼女の根幹にある。


 魔法使いと対立しても。

 ブランシュの言っていたのルージュとどこかでぶつかるという未来は、この言葉が起源だったのだろうか。


「やっぱり私は、守りたい。さっき君が私の前に立ってくれて、猶更そう思ったよ。私は守られるより、守りたい。それはきっと一般人も魔法使いも変わらない。だから、魔法使いとして強くなって、皆を守れるようになりたい。魔法使いとして胸を張って生きていくよ」


 少しだけ以前よりも晴れた顔で、笑うのだった。


「何よりも、友達を守れるくらいには、強くなりたいもんね」

 

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