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大罪の魔法使い  作者: 紫藤朋己
1章 赤い憤怒
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1-3






「ねえ」


 今朝ぶつかってきた少女である。

 赤髪の下の赤い瞳は燃えていて、俺は怒りの感情を受け取ることになった。


「なんだ?」

「貴方たち、いっつもあんなんなの?」


 俺とブロン、両方を交互に見て、これ見よがしのため息を吐く。

 ブロンが不機嫌そうに眉を寄せたのを見て、俺は先んじて口を開いた。


「あんなん、とは?」

「始業式に遅れそうなのに、あんなにゆっくりと歩いて。魔法使い候補生としての責任の欠片もないんじゃないの。恥を知りなさい」


 なるほど。彼女は正義漢の強い性格らしい。不良生徒を矯正しようとしているのだろう。


 今までも彼女のように俺たちを更生させようとするお節介な候補生がいたものだが、その結果が現状を創り出しているわけで。ひねくれものに道理は通じないのである。


「そんな俺たちよりも後ろから颯爽と追い越していったあんたは、さぞかし責任感があるんだろうな」


 俺が肩を竦めると、少女の顔が髪と同じくらい赤く染まった。

 気のせいか、彼女の周囲の温度も上昇しているように感じた。


「だから私は全力で走ってたんじゃない。それなのに、貴方たちはのんびりと歩いてたの見てたわよ。同じにしないで。全然違うわ」

「俺は生まれつき身体が悪くてな。走れないんだ。こいつはそんな俺を介抱しながら一緒に歩いてくれてたんだよ」

「え?」

「そんな俺たちをあんたは突き飛ばして走り去っていったんだ。悪いのはどっちだ?」

「……嘘でしょう?」

「嘘です」


 俺は両手を広げた。手のひらには何も乗っていない。

 少女の怒りが強くなっていく。


「ふざけんのもいい加減に――」

「ふざけてなんかないさ。実際、そうだったらどうするんだ? 俺たちが機密文書を預かっていて他の候補生と別口行動の可能性もあったし、何かを守っていた可能性もある。おまえみたいな遅刻ぎりぎりの候補生を取り締まる目的があったかもしれないし、教官から何か言伝をもらっていたのかもしれない。あんたは俺たちのことを何も知らないだろう?

 そんな自国の兵士をおまえは糾弾するのか?」


 挙げればきりがない。

 しかし、想像することは大切だ。目に見えるものばかり見ていたんでは、何も見えていないのと同じこと。見えていることから情報を集めて考えて行動するのが一流。


 なんて、屁理屈だけど。


「屁理屈ね」

「俺が屁理屈なら、あんたは超理屈だよ。曲がってるか突飛だかの違いしかない」


 正義というのは人それぞれで、他人に強要した途端にわがままに成り下がる。不思議なものだ。


 ちりちりと上がっていく室温。少女の怒りに応じて、熱が上がっているようだ。

 口論に加えて、室温の上昇という異常を感じ、周囲の候補生が俺たちに目を向け始めたところで、ブロンが口を挟んだ。


「まあまあ、お二人さん。今日は新学期で、まだ互いのことも知りえない段階じゃないか。俺の顔に免じて、今日は身を引こう、ね」


 ブロンが微笑みかけると、少女は唇を嚙みながらも身を引いた。周囲の視線を集めすぎたことがわかったのだろう。俺のことを睨みつけながら離れていく。

 背中越しに、


「貴方たちの噂は聞いているわ。この学園の不良債権。訓練を真面目に受けず、へらへらと毎日を過ごす暇人。王国の財源を食いつぶす乞食のような貴方たちは、他の真面目にやってる候補生にとっては害悪ね」

「他人に目が移っている時点で二流だな。本当に真面目なら、俺たちに構わずに訓練に従事するべきだ。俺たちに関わった時点で同じ穴の狢だよ」

「今までの行動を見てきて、そっちの銀髪の方がおかしいんだと思ってたけれど、おかしいのは貴方の方みたいね」


 さもありなん。

 しかし、俺の方は別に怒ってはいないのだ。勝手に彼女が怒っているだけ。


「俺はシエル。これからは同じクラスの仲間だ。あんたの名前だけでも聞かせてくれ」

「ここで聞くの?」

「名前くらいいいだろ」

「……ルージュ。ルージュ・コレール」


 不承不承ながらも応えてくれた。素直でよろしい。


 なるほど、彼女がブランシュの言っていた少女か。確かに喧嘩になってしまった。予言通りといったところか。


 言う通りに口論になってしまったが、どうだろう。これはブランシュが未来から来たという証拠になるだろうか。ルージュという少女の性格を知っていて状況を作り上げれば、こうなるのは誰でも予想できるところではある。


 これだけでは判断がつかないというのが正直なところだ。ブランシュは多くの秘密を有した嘘つきだが、嘘つきだと断言できる証拠がないことも確か。


 他にも聞きたいことができてしまった。話を聞くだけならこっちに不利益は生まれないし、今日も同じ場所に来ると言っていたから行ってみるか。いや、これもあっちの策略なのか?

 なんて考えていると、ブロンが近くに寄ってきて耳元で囁いてきた。


「なああの子、ルージュっつったっけ? 口うるさいし視野が狭そうだけど、可愛くねえか?」

「……おまえ」

「少し声かけてみるか。おまえのおかげで話しかけるための話題には事欠かないしな」


 楽しそうに笑う友人を見て、俺はため息をついた。

 こいつの娘というのが本当であれば、ブランシュという少女はかなり大変な人生を歩むことになるだろう。



 ◇



 昨日と同じ場所で星を見ていると、同じ時間にブランシュが顔を出した。


「私の予言はいかがでしたか?」

「合ってたよ。俺はルージュ・コレールと会って喧嘩をした」

「そうでしょうそうでしょう」


 ほっと安堵の息を吐くブランシュ。


「なんだ、自分で言った予言を信じられなかったのか?」

「いえ、予言は本当ですが、貴方がどう行動するかは読めなかったので。未来を知った人間は、予言通りに動くか、別の道を歩むか、二択を選ぶことができます。貴方が予言を信じて、なおかつ私を信じなければ、喧嘩の未来を知った上で喧嘩をしないという選択肢をとることができましたから」


 確かに。

 知っているからこそ回避できた可能性もあるということか。俺がブランシュのことを信じていたら、ルージュとの喧嘩は回避していたかもな。しかしそれはブランシュを疑うという目的とは反していて、複雑なものになる。


 どっちにしたって、俺がするべきことはまず、状況の精査。ブランシュという少女の目的と、俺の取るべき指針の確認。そのためにとりあえず乗っかっただけだ。いまはまだ、信じる信じないの議論にも達してはいない。


「ブロンの継承魔法は時に関するものだ。そういう意味では、あんたがブロンの娘で、時魔法を使えるという点は何もおかしくない。

 だが、ブロンに聞いたら時魔法にはそんな効力はないと言っていたぞ。二十年も前に戻すなんて、対価も力もないと言っていた」

「あんな男の言う事を信じるんですか?」

「……」


 問われ、簡単には頷けなかった。

 あいつが真面目なのは女の子が絡んだ時だけ。訓練もサボってばかりだし、そもそも自分の魔法についてすべてを把握しているかも怪しい。


「あの人にはできなくても、私にはできました。私とあの人では同じ血が流れていても、天と地ほどに才能の差が存在しています。

 私は未来から来たんです。貴方に予言をしてそれも正しかった。私の言葉を肯定する事実はあれど、否定する事実はありますか?」


 現実的ではないという良識のみが俺の否定材料。少なくとも今の俺にそれ以上に根拠は出せない。

 お手上げだ。

 これが与太話だとしても、乗っかっていくしかない。


「あいつの娘の癖に、いやに理詰めをするね」

「ああはなりたくなかった結果です。良い育ち方をしたと自分でも思います」

「反面教師か。そういう意味ではブロンは親として成功していたのかもな」

「私は私で生きてきたんです。あれの生き方は私の人生に一厘も影響していない」


 あれ、だの、あの男、だの、父親へのヘイトがすごい。ブロンは未来でも何も変わっていないのだろうか。あのまんま生きていたのでは、確かに文句の一つも出るだろうけど。


「まあいい。とりあえずあんたを信じることにしよう。その嘘が剥がれるまでは信じることにする」

「良かったです。シエルさんならそう決断してくれると信じていました」


 過分な評価だね。学園始まって以来のひねくれものとして名高い俺をして、信じていましたとは。


 逆にブランシュが俺を一切疑っていないのは、俺の身辺整理がすでに済んでいるということだろうか。だとすればすでに俺の行動は読まれていて、先手を打たれている可能性もある。普段の俺とは異なる選択をする必要もあって――

 いや、そこまで深く考えると、ドツボに嵌まりそうだ。一旦考えるのはよそう。


「にしても、あんたも苦労しただろう。あんな男が親だなんて」

「その通りです。まさに、その通りなんです」


 ずい、と顔を寄せてくる。

 端正の整った顔は親父譲りだろうか。ブロンに比べていくらか柔和な表情に見えるのは、母親の遺伝なのかもしれない。


 ブロンよりも幾分綺麗な瞳で俺のことを覗いてくる。


「昨日お伝えできなかったお願いというのは、他でもありません。父の女癖をどうにかしてほしいんです」

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