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大罪の魔法使い  作者: 紫藤朋己
2章 紫の嫉妬
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2-4





 ◇



 たまたま廊下でヴァイオレットと会った。昨日ぶりである。

 別に教室でも全然会っているのだが、目が合った以上会話の始まりだ。昨日の今日ということもあり、無視するのも違うと思い声をかけると、渋面を返された。


「なに」

「いや、昨日の一件で、友達……とまでは行かなくても、知り合いまでにはなったからな。挨拶くらいはしておこうかと」

「いらないよ。昨日のは昨日ので終わり。私たちの関係はそこで終わり」


 ぞんざいな扱いだ。友達になろうと声をかけたらすぐに尻尾を振っていたルージュとはまるで勝手が違う。


「悪かったな。確かに、一人が好きな人間ってのはいるもんだ。余計なお節介をかけたな」

「君は違うの?」


 ヴァイオレットは真っすぐに俺を見据えてくる。


 済んだ瞳は美しい湖畔のようで、同時に、切れ味の鋭い刃物のようだった。見惚れているうちに切り裂かれてもおかしくはなかった。

 理知的。ここもルージュとは異なっている。同じやり方を続けていたのでは通じないということだな。


「君と私は似ていると思ってた」

「急にどうした」

「失礼に思うかもしれないけど、君は他大勢の魔法使いとは違うなって感じてる。私はまだ魔法を手にして短いからそのあたりの文化はわからないけれど、何と言うか、君は魔法を怖がってるように見える。訓練をサボってるのも、そのあたりが理由なんじゃないの?」


 ずけずけと人の領地に入ってくる女だ。

 でもまあ、そのあたりも俺と似ているのかもしれない。自分の土地は荒されたくないけれど、相手の土地には飄々と入っていく。我ながらひどい話だ。同じくらい自分勝手で、だからこそ、相性が良いとは言えない。


「魔法が恐ろしいなんて、そんなこと当たり前だろ。俺とおまえはこうして向かい合っているが、俺が構えて魔法を放てば、この瞬間に命を奪う事もできる。普通の人間にはない武器を内包している以上、その扱いに慎重になるのは当然だ」

「他の子に聞かせてあげたいね。君のように考えている子は少数派だと思うよ」


 ヴァイオレットは壁に背を預けた。

 眉を寄せて、


「魔法使い候補生はただ戦場に出ていないだけで、一般人からすれば魔法使いも同然だよ。彼らには責任感がない。訓練中には自分の魔法しか見ていない。その魔法が何を奪うものなのか、どこに向かうものなのか、考えもしていない。そりゃ、私たちは軍人の卵だし、人の命を奪うときに余計なことを考える必要はないっていうのはわかるよ。

 でも、私はそんな簡単な話にしちゃいけないって思ってる。私たちは魔法使いの前に、人間なんだから。人としての道理ってものが最初に来るべきだよ。私が魔法を得たのは最近だから、特にそう思えちゃうのかもしれないけどさ」


 ヴァイオレットは後天性の魔法使い。

 一般人の目線がまだ抜け切れてはいないようだった。


 その思想が良いものなのか悪いものなのか。他の魔法使いにとって毒になるのか薬になるのか、今の段階ではわからない。


「その点、君は他の子とは違う。そのあたりの分別があると思ってるんだ。魔法を簡単なものとして扱っちゃいけないと思っている。もしくは、魔法を正しく”恐れている”」

「意外とおしゃべりなんだな。俺たちの関係は昨日で終わってるんじゃないのか?」

「……そうだったね」


 言ってから、失敗したと思った。

 せっかくヴァイオレットが寄ってきてくれたのに、余計なことを言った。彼女はわかってやっているのかいないのか、人の内面に勝手に入り込んでくるきらいがある。

 俺の入り込んできてほしくないところに入ってくる。


「おまえの言いたいことはわかった。魔法は子供の玩具じゃないってことだろ」

「そうだね。私には、魔法に振り回されている周りの候補生が子供に見える。本質は魔法の威力じゃない。どう使うかなんだから、そのあたりの考えをしっかり補正してくれないと、彼らが大人になった時が怖い。このまま私たちの世代が戦場で指揮をとるような立場になったとき――力の振りどころを間違えるんじゃないか、って」


 痛いところを突いてくる。

 それこそ、ルージュ・コレール。彼女はヴァイオレットの言った魔法使いの最たる例。強大な力を有して、力に振り回されて、眼前の敵を屠ることが至上命題になってしまう可能性がある。そのあたりの修正は俺の仕事だろう。


 何故訓練をするか。戦場で敵の魔法使いを殺すため。戦争に勝利するため。そのためならば何をしてもいい。そんな考えに支配されてしまえば、それこそ人ではなく、兵器のようなものだろう。

 求められたからそうなった、では少し寂しい。


「それがおまえが群れない理由か」

「魔法の威力で一喜一憂してさ。話が合わないんだもん、一緒にいても意味がないよね」


 ヴァイオレットは肩を竦めた。


「君も同じでしょ」


 問われ、答えに困った。

 俺が友人を作らないのは、そんな仰々しい話じゃない。もっと単純な、俺の弱さから来るものだ。


「だから君は私と友達になりたいと思った。同じ視点で会話できる相手がほしかった。そういうことでしょう?」


 ヴァイオレットは得意げに笑う。

 またまた答えに困る質問だ。俺が心の底からヴァイオレットと仲良くしたいかと言えば、今のところ肯定するものではない。ブランシュの意図を探ることが優先されている。


「どうだろうな」

「いいよ。君となら、友達になっても」


 棚から餅。

 特に意識していなかったが、相手が勝手に俺を解釈して、同類だと思ってくれたようだ。


「実は私は、一人が好きってわけでもないの。どうでもいい周りに合わせるのが嫌だから一人でいただけ。同じように考えられる人がいるんなら、別にそっちに合わせてもいい」

「それは何より」

「……お母さんも心配するし」


 小さい声で。情が薄いというわけでもないらしい。


 しかし、彼女の考え方はなかなかに厄介だ。

 魔法使いでいながら、魔法使いの存在に疑問を持つ者。大勢に群れない独自の思想は、着眼点を変えるのにはもってこい。しかし、群れの中にいる意義を見出せなければ、逆走を始めるかもしれない。羊の群れを破壊する狼になるかもしれない。


 俺に似ている、か。

 群れの中にいて群れの動向を確認する役割を担っている俺とは、確かに似ている。


 黒い羊と羊飼い。

 同じ柵の中にいて、白い羊との違和感を持ちながら生きている点では同じだろう。


 なるほど、ヴァイオレットの思想はわかった。

 確かにどこかで爆発しそうな雰囲気は感じられる。これはこれで放っておけるわけもない。将来彼女が何を引き起こすかは想像もできないが、何かを引き起こしそうな怪しさは感じる。


「君の周りは楽しそうだしね」

「そうか?」

「うん。君が思っている以上に、君は楽しそうにしてるよ。私と似た考えをしてる子たちなら、私も受け入れてもらえるかなって、少し期待してる」


 友人。

 その中にいるのは確かに楽しい。ブロンもルージュも良いやつらだ。


 でも、俺はこのまま進んでいいのだろうか。このまま進んで、もしも彼らが道を違えた時、俺は彼らを打ち抜くことができるのだろうか。


 二者択一。これもまた選択肢。

 片方を選ぶのには、理由と覚悟が必要だ。俺は俺で、外れることのできないレールの上に乗っている。

 その運命が嫌なら、友人が道を違えないように誘導していくしかない。ルージュも、ブランシュが殺したいと思うような存在にならないようにしてやればいい。


 友情の対価は、重い。

 少し前の俺はその対価に見合う努力をしたいとは思えなかった。


 今は?

 それでも得たいと思うかどうかは、今の俺にはまだわからなかった。


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