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大罪の魔法使い  作者: 紫藤朋己
1章 赤い憤怒
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 ◇



 救護室につくと、ルージュは恐ろしいことを口走った。


「魔法が使えないわ」


 二本指を立てるが、魔法が放たれることはない。


 俺とクレイは真っ青な顔で見つめ合った。

 この国を支える最強の魔法使いの誕生。それを見たはずだったのに。ルージュの魔法が失われることがどれほどの損害を王国に与えるかはわからない。下手をすればこの国の敗因の一つになりかねない。


「と、とりあえず安静にしていて。僕は担当の人間を呼んできて、後は各所に説明してくるから」


 慌てた様子でクレイが走り去っていく。

 救護担当の人間も出払っているようで、俺とルージュは二人きりとなった。


「大丈夫か。魔法が使えないんじゃやばいんじゃないのか。反動もあっただろうし、どこか痛めたりしたのか?」

「嘘よ」

「はあ?」


 ぱち、と火花が散るような音がして、ルージュの指には焔が灯る。その顔にはいたずらっ子の笑み。


「まだまだ何発も打てるって言ったでしょ」

「おまえ……」

「貴方の青い顔は見ものだったわ」


 けらけらと笑いだす。

 安心はしたけれど、冗談にしては悪質だ。俺の影響だと言われてしまえばそれまでだが。


「なんでそんなことしたんだ」

「貴方からはサボリの極意を学んだからね」


 ルージュは俺の目を覗いてくる。


「自分の目的を達成するためには、サボりも一つの選択肢でしょう。貴方に言わせれば、私はまだ卒業要綱を満たしていないみたいだし、それじゃ卒業はできないわ」


 このまま行けば、ルージュは間違いなく昇級して魔法使いとなる。そうすれば学園に戻ってくることはない。その力を戦場で振るう事になる。


 しかし、魔法に不具合が出ていれば? 療養という名目で学園に一度戻されるかもしれない。魔法が打てなくなるという事例は多くないが、精神面から発せなくなるということは過去に例がある。


「もう少しだけ、友達と一緒にいたいの」


 ルージュの意志はわかったが、怒るべき案件だ。

 王国に属する以上、その力を振るわないのは間違い。ルージュの場合はそれは顕著で、彼女が戦場にいるだけで救える命の数にも変化が出てくる。大勢の味方を救う事にも繋がっていく。倫理的にも合理的にも、その道を歩んでいくべきだ。


 王国のために活動する俺のような存在は、彼女の嘘を容易には認可できない。


 だから。

 何か――ないだろうか。彼女の選択を後押しする理由が。


「ああ、そういえばブランシュが言っていた」


 脳を介さずに言葉が漏れる。


 ルージュ・コレールは戦場にて大罪を背負うと。それが一つの地獄を導き出すと。その内容はわからない。けれど、地獄は引き起こしてはいけない。


 なぜそれが起こるのかと言えば、彼女の直情的な性格のせいだろう。真っすぐに進む性格は、道中を燃やして進むことも厭わない。それは駄目だ。さっきも俺たちが止めなければ魔法を乱発し、味方すらもその火焔の中に巻き込んでいたかもしれない。


 だからルージュは一度学園に戻らないといけない。もっと精神的に成長してからでないと、戦場に出てはならない。

 俺たちのためではなく、王国のために。その才能をより正確に操るために、ルージュはまだまだ学ばなければいけないのだ。


「ブランシュ? 誰それ」

「ああ、こっちの話だ」


 適当に躱して、息をついた。


 だから、ルージュは嘘をついてでも、学園に戻らないといけない。

 別に俺たちがまだ友達をやっていたいというわけではない。


 いや、そもそも、何を真面目に考えているんだか。したい方をする。それだけでいいじゃないか。真面目に別の道を探して、サボり以外を語るなんて、俺らしくもない。


 倫理よりも合理よりも優先されるのはワガママ。

 サボってばかりの不良生徒の意見は、それがふさわしい。


「わかった。言っていくが、これは機密だぞ。俺以外に絶対に言うなよ」

「わかってるわ。貴方の無効魔法と同じよね」

「お互いに秘密を握り合ったってことか」

「友達らしいわ」


 あるいは、弱みを握り合った関係。敵にならないことを祈っているよ。


「にしても、サボり方がうまくなったな」

「誰かさんのおかげでね」


 歯を見せて笑うルージュを見れば、俺がこんなところまで出張った甲斐もあったというものだった。



 ◇



 ルージュ・コレールの昇級は確定した。第七階級に至り、卒業を待つのみとする。


 しかし、急な戦場への投入で過度の緊張状態となり、魔法の発現が従来と異なり、常軌を逸した無理なものとなる。それにより、魔法の発現に不備が発生。しばらく学園で休養することとなった。


 それに伴い、卒業は見送り。魔法の発現を確認した後、卒業という運びになった。

 クレイを初めとするイコリアの魔法使いたちはルージュが戦場に来れないことを悔しがっていたが、目下の敵がいなくなったことは事実であり、ルージュがいなくとも徐々に戦線を押し上げられるとの話だった。


 あれから数日を駐屯地で過ごした。帝国の魔法使いはルージュの魔法がよほど応えたのか、及び腰で応戦していた。反面、こちらは脅威が消え去ったことで押せ押せのムードとなる。前線を押し上げることに成功し、元の戦場まで戻ることになった。


 俺たち候補生は後方支援に徹し、テントの移動や一部戦闘の参加に従事した。相手が弱っていたこともあり、死者もなく怪我人もなく切り抜けることができた。


 アルジャンをはじめとして、日を追うごとに候補生の顔つきも変わっていく。恐れや不安が覚悟に変わっていっただけで重畳だろう。

 ルージュに魔法が戻ってこないことを確認して訓練の終了となり、学園に戻ってこれることになった。


 ルージュの活躍は学園にも伝わっていたらしい。

 帰りの列車が学園の最寄りに停まると、大勢の候補生が駆けつけていた。


 ルージュ他の候補生にも人が群がり、彼らはまるで英雄のような扱いを受けていた。実際、帝国に向きかけていた戦場の風向きをこちらに引き戻したのだ。その功績は大きい。魔法使いの面目躍如といったところだ。学園を挙げての慰労会が開催されるという話も小耳に挟んだ。


 が、俺には関係のない話。

 俺は予定通り、騒ぎ立てる正面とは真逆の裏から外に出て、誰にも会わないように迂回して学園に戻っていった。


 木々の間を抜け、獣道を行く。

 寮まで辿り着くと、ほっと一息をついた。


「なにしてんだ」


 と思ったら声がかかってきて吃驚した。


 今は真昼間。他の候補生は訓練を受けているか、英雄たちを迎えに行っているかの二択のはずなのに、こんなところでサボってるやつは誰だ。

 一人しかいないか。


「ブロンか」

「澄ました顔してんじゃねえよ。どこに行ってたんだ、この数日間」


 ブロンは寮の前で壁に背を預けて立っている。いつからそこにいて足踏みしていたのか、その足元は靴の跡でいっぱいだった。

 俺は手を挙げて挨拶するも、返っては来なかった。すっごく不機嫌そうだ。


「悪いな。少し戦場に行ってきた」

「ルージュの後を追い掛けていったのかよ。そんなにあいつのことが好きなのか?」

「友達だからな」

「戦場までついていくとか、馬鹿じゃねえの。おまえの感覚はおかしいんだよ」


 大きなため息を吐かれた。


 別に俺もただ友達だから助けたというわけじゃない。

 ルージュの有する過酷な未来をどうにかしようと思っただけで――まあ、このあたりは伝えなくてもいいか。

 色々と考えた結果動いてみて、良い結果になったと思っている。


「おまえはこの数日間何をしてたんだ? 俺がいなくて寂しかったのか?」

「いいか。サボリってのは、一人でやると目立つんだ。目立つし、屁理屈をこねる役のおまえがいねえと、俺はひたすら怒られるだけなんだよ」

「そこは頑張れよ」


「ルージュのことを友達だって理由で助けるんなら、俺のことも友達だってんで助けろ。サボった罰で反省文を書かされるんだ。どうにかしてくれ」

「馬鹿か。おまえは変なところで素直なんだよ。反省文だって言われてそのまま受け取るからそうなるんだ。こいつめんどくせえなって思われるようにぐだぐだ適当なことを並び立てて、諦めさせろ。それが真のサボりプロだ」

「ち、めんどくせえなあ」


 ブロンは舌打ちして、背を向けた。


「ほら、荷物を置いたら、さっさと学園に行くぞ」

「誰が言ってるんだ」

「うっせえ。反省文が山ほど溜まってんだ。手伝え」


「わかった。じゃあ俺がこれから言われるであろう、学園を勝手に抜けた事に対する数多の小言にも付き合ってくれ」

「それの方がやべえだろ。自分一人で処理しろ」

「おい」


 俺たちは歩き出す。

 いつもの通学路。


「まあなんだ。無事で良かったよ。おまえがいないとつまんねえ」

「照れるな」

「怒られる際の生贄は多い方がいい」

「生贄が多い方が、強いモンスター教官を召喚できるもんな」

「それはいらん」


 下らない会話だった。

 久々なのにくだらなかった。

 あるいは、久々でもくだらなかった。


 そういうもので、日常に帰ってきたように感じられた。


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