第二話 白き印に導かれ自動車工場へ
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
日本国N県へ続く高速道に、一台の紅き車が走る。
『まだ着かないのか』
その車の内部にて、紅き車が操縦者の女性に語り掛ける。
「うむ。ちょっと遠いな」
操縦者の女性は頷く。女性は凛とした顔と外国風の服装で、紅い目と銀の長髪から彼女が外国の者である事が分かる。
「しかしやはり日本は凄いな。地方にこんな大道路を通しているとは」
『ああ、先ほど山を超えてから米畑しかないのにどれも道路と道灯がある』
「流石は日本だな」
喋る紅き車と女性がそう談笑をする。
『行く先々で写真? を撮られているようだが、何故だ』
紅き車は不思議そうに言う。
その言葉の通り、紅き車を見た者は皆驚き、助手席や後部座席にいる者はスマホのカメラすら向けていた。すぐに通り過ぎるが。
「オズルが貴重な自動車だからだそうだ。鈴岡氏がそう言っていた」
『ふむ? 貴重な車? どういう事だ』
「なんでも、日本がこちらの世界に来る前の世界の、外国の車で、高級な車だったそうな」
『ほう。俺はそんな貴重な車なのか』
少し照れ気味に笑う紅き車。
「知らないで変形しちゃったんですか……」
その様子に少し呆れる女性。
『まぁこの車は俺が言うのもアレだが、恰好良かったからな』
「ああ、本当に恰好良いと思う」
にこやかに笑う女性。
『それにしてもオーディナが目覚めたとはな……』
「魔物化したクマを一撃で屠ったという話だが、どう思う?」
『まぁ周りに損害を出さずに斜め下にブレスを出すとはあいつらしい。相変わらずあいつはあいつのままで安心はした』
「そのオーディナって人、じゃないドラゴン。早く会えるといいな」
女性の言葉に、紅き車は少し悲しそうなそぶりを見せる。
『……あいつの事だ、全部忘れているだろう』
「そう悲観するもんじゃないだろう。むっ、もうすぐ降りる所だ、案内頼んだぞ」
『……ああ、任せろGPS機能? とやらで指定された場所への案内はできる』
かくして1人と1台の車はN県N市へ降りていくのであった。
☆ ☆
「はじめまして、村上涼馬さん。自分は内閣府の世界樹学術調査部の鈴岡洋光です。今回の件で少しお話があるんです」
村上涼馬です。目が覚めたらなんか病院で、医者とその場にいた警察の人から軽い事情聴取がなされた。
要約すると、身体の方は異常はないが、車の方は警察の方で預かっている・調べているとの事で、今後どうなるかはまだ分からないと言われ、とりあえず署まで来てもらいますと言われた。
のだが。
背広を着た男と明らかに外国側の宗教団体の女性が「すみませんお時間いいですか」と言って入って来たのでナンダオメーラと緊迫した空気が立ち込めたが、背広を着た男が説明を行い、警察の人が渋々従う場面となった。
警察の人いわく「こいつら……じゃなくてこの方々は政府の役人であり今回の件で話を聞きたいそうなので話をしてもらいます」と不服な様子で俺に伝えた。
と、言う訳で俺は今、談話室で政府の役人とされる鈴岡と名乗る男性と外国側の宗教団体の女性と対面しているのである。警察の人は部屋の外で待機中との事。
「現在、ユグドラシウル世界全体で飛竜が自動車に変形、および自動車が飛竜に変形する事例が多発しています。その件はニュースにもなっているのでご存じな筈です」
「そ、そうですね……確かにニュースで見ましたが……それは外国の話で日本では……」
確かにこの鈴岡とかいう人の言う通り、数年前からそのような珍妙な怪奇現象が発生しているとニュースやSNSで報道がなされている。
だがここは日本である。
「貴方が初の事例。という事になりますね。現在そのように報道されています」
「これって犯罪になっちゃいますかね……?」
「いえ、こちらとしても事態を把握しきれていなかった以上、貴方が車両の引き渡しを拒否しない限りは全て不問となります。表向きは」
やっぱり国への引き渡しかぁ……って表向きは?
なんだなんだ。きな臭くなってきたぞ。
「村上涼馬さん。あの車両、いえ、あの御方はただの車両でもワイバーンでもありません。ドラゴンなのです」
外国側の宗教法人の女性……見た目はいわゆる神官服であり、シスターの……ヘッドドレス?という奴と一体化している服装である。
宗派は緑を強調しているので、ヴォールヴァ教のようだ。
……ドラゴン?
……?
「あっ。失礼しました。私ヴォールヴァ聖教の神官のソナスと言います。自己紹介が遅れました」
ペコリとイグドラ教神官のソナスさんがお辞儀をする。
「えっと、すみません。ドラゴンってワイバーンじゃ……?」
「えーと……それは」
あっけにとられ質問をする俺に、ソナスさんの目が泳ぎ、鈴岡さんの方を見る。
「あー……まずそこからか。あんまり区別されて報道されないからなぁ……」
俺の言葉に鈴岡さんが頭を掻きながら苦笑いをする。これだからマスコミは……と愚痴も聞こえる。
「この世界においてのワイバーンは小型・中型のドラゴン……小型と言っても成体は4mを超える程だが……まぁ翼が生えた空飛ぶ爬虫類と言っていい。対してドラゴンは少し、いやかなり格が違うんだ」
鈴岡さんがそう説明しだす。
「ドラゴンは太古の昔、マナがこの世に存在しだした頃より生きている生物を超越した存在なのです」
ソナスさんがそう追加で説明する。
「せ、生物を超越……それがドラゴン……」
確かマナって100万年前にこの世界に発生した物質であり、まぁいわゆる魔力・魔素と言ったアレ……だよな。
そんな大昔から存在しているのか、雲雀は。
「簡単に言えば、ワイバーンは喋らないがドラゴンは人語を理解し喋る。この際そういう理解でも構わない」
鈴岡さんはそう簡単に説明をする。それはちょっと簡単にし過ぎてませんか?
「そう単純に言われると困るのですが……まぁこの際仕方ありません」
そう困った顔をするが納得をするソナスさん。
「それで……雲雀、いえ、あの軽トラックはそのドラゴンなんですね」
「あの御方は今ヒバリと名乗っているのですね」
ソナスさんが俺の言葉に答える。
「あの御方は諸事情により記憶を失い、自分を軽量トラックだと信じているようですが……。でも貴方に語り掛けてきたでしょう?」
「はい、めっちゃ喋ってて凄いなぁと思ってました」
「祖父から貰った。という事だが、不思議には思わなかったのかい? ゴーレムにしては受け答えしっかりしてて妙だなとは?」
俺とソナスさんとの会話に鈴岡さんが突っ込む。
「ええと、それなんですが……」
俺は申し訳なさそうにその辺についての説明を行う。信じてもらえるだろうか……
「祖父の家は今は叔父さんが暮らしていて、なんか叔父さんもあそこの近所の人達もなんか当たり前のように受け入れてて、中には子供の頃からずっと一緒だった人も見送りに来る位で……その場の雰囲気? で、そういう事もあるんだなぁと思っちゃって……」
俺は雲雀を貰い受ける時の事を話す。
いや、本当に子どもの頃からずっと一緒にいた近所の人とか居たんだって。泣きこそしなかったけどかなり名残惜しそうに別れを惜しんでたんだって。
そんな場の雰囲気的に、これはそういうもの。と思ってしまったのだ……
「な、なるほど……」
鈴岡さんとソナスさんはそう呆れた様子を見せる。いや本当なんだってば。
「それで……その雲雀様は今どちらに?」
「わかりません。警察の人がなんか工場で調べるって言って……」
「なんだって? それは聞いてないな……」
「ええ……」
ソナスさんの問に答えたら鈴岡さんがそう聞き返して困惑する。横の連携とれてないの……
「この場合どうすれば良いでしょうか……?」
「まぁ地方警察のやるような事です。致し方ないかと……兎にも角にも、場所を把握してその、ヒバリさん? と合流しないとですね……」
鈴岡さんはソナスさんと軽く会話をして廊下で待機している警察の人を捕まえて場所を聞くために談話室を後にする。
残された俺とソナスさん。仕方ないからとりあえず色々聞いてみよう。
「あの、あなた方は一体? 世界樹学術調査部って……」
「私達世界樹学術調査部は今はドラゴンの所在を確認し、把握するのが主な仕事の1つです。私は教会の方から出向という形で協力していますが」
ソナスさんはそう答えた。
「ええと、つまり、ソナスさんは、ヴォールヴァ聖教の神官だけど、今はドラゴンを見つける為に、日本の内閣府の世界樹学術調査部って所に所属して、ドラゴンをこのように探している。って事?」
「はい、そのような理解で正しいかと」
「なんのために?」
「鈴岡氏の言葉を借りるなら、【個人保有しておくにはあまりにも危険だが、かといって奪う訳にもいかないが、まぁ国として把握ぐらいはしておかないと】と言った所です」
「把握……国としては俺から雲雀を奪わないと?」
「はい、しかしそれには幾らか条件がありますし、第一、雲雀様の御意思をまず確認していただかないと……」
状況は大体わかった。
まぁ車がいきなりドラゴンだかワイバーンに変形してしまうとか怖いから国が管理、もとい把握しておかなければならないのは、まぁわかる。
そして今、このように国が動いている。
国がたかだが市民の1人である俺と大それた存在である雲雀との関係を大切にしてくれるのは正直意外というか……まぁ有難い話ではある。
「あの……そいえば、その。この手の模様ってなんだかわかりますか?」
そういって俺は包帯で巻かれた利き手の右手をソナスさんに見せる。
「これは……!」
包帯を外すとそこには白い入れ墨……のような文様が手の甲に刻まれていた。
「医者も調べたけど特に異常はないと……まぁ医者から聞かれたんですよ。入れ墨してないよね? みたいな……」
たはは。と俺は乾いた笑いをするが、ソナスさんは深刻な顔をしている。
「これは……やはり、貴方は雲雀様に選ばれた御人なのですね……」
「ええと、まって。やっぱりこれって、ドラゴンと契約みたいな事しちゃった証って事?」
先ほどの話から、雲雀が何か凄い存在であることは明らかである。
そしてここは現代日本で、俺は25歳である。
曲りなりにも現代日本で育った25歳の正常な男子が、ここまでの話を聞いてピンとこない訳がないのだ。
「そうですね。話が早くて助かります」
「いやあそれほどでも」
そうなると、念じると雲雀の場所が分かったりするだろうか?
「これ、念じると雲雀の場所が分かったりするもんですかね?」
「わかりません。しかしやってみる価値はあるかと」
ソナスさんはそう言うので、試しにやってみる。
雲雀、どこだ。
「駄目です。今担当者が不在らしく、近くの整備業者の店舗へは搬入されたそうですが、それ以上は分からないと」
鈴岡さんがそういいながら入室してくる。その奥で警察の人もいる。
「鈴岡さん、涼馬様はやはり雲雀様から紋章を貰っているようです」
「なんですって、やはり紋章が?」
「はい、今紋章を通して交信と場所の特定を行っています」
ソナスさんと鈴岡さんがそのような会話を行っているが、警察の人が何のことかわかっていなさそうであった。
そんな中、俺は何かを掴めそうだった。
―雲雀、どこだ。
『!?涼馬さん!?』
驚く雲雀。本当に繋がってしまった。すごい。
―なんか手の甲に紋章ができて……いや、それよりも雲雀お前、今どこにいるんだ?
『それが……気が付いたら何やら工場のようで……ここはどこなんでしょうか?』
どうやら雲雀も今気が付いたようで場所が分かっていないようだ。
―そこは雲雀を調べる為に運んだ整備工場らしいんだが。
『整備工場? 解体工場なのでは……? 何やら作業員たちが周りの車たちを破壊しているのですが……』
―なんだって!?
『同胞たちが、作業員によって破壊されています……ハンマーやバットで破壊されています……』
雲雀から恐怖と悲痛な感情が伝わってくる。
無理もない、まだ雲雀は自分を軽トラだと思っているのだ。同じ車が破壊されるのを見ればショックを受けるだろう。
だが話が違う。作業員が車を破壊? 一体何がどうなっているんだ?
―雲雀。作業員に特徴は? 服は何色でロゴはあるか?
『ええと、作業員の服装は青色……ロゴは……何でしょうか。とにかく光景を見た方がいいでしょう』
そう言って雲雀は雲雀が見ている映像を映してくれた。こんなこともできるのか。
―な、なんだこれは……!こんな事が……!
そこには確かに青い作業服を着た作業員達がハンマーやゴルフクラブを持って車を破壊している光景が映されていた。
『明らかな犯罪行為なので先ほどから破壊行動を車載カメラで撮影しています』
―そ、そんな事もできるのか。凄いな……。
『それよりも、涼馬さんには帽子に描かれている文字が見えるでしょうか?』
その言葉に、俺は作業員の帽子に描かれているロゴマークを凝視する。
―GG……?ジャイアント・ジェネレーターか?
『ジャイアント・ジェネレーター?』
―そういう整備・板金屋の会社だ。すぐに向かうから待ってろよ!
『早く来てください……私に積まれている車載カメラは撮影状態になると外部から分かる
そう言って俺は雲雀との交信を止める。
「どうでしたか? 涼馬さん」
「ええと、どうやらGGの整備工場に運ばれているようです」
「GGか……まぁ近場の工場だな……」
ソナスさんに聞かれて俺が答えると鈴岡さんはそう答える。
「でも、なんかおかしいんです。作業員が車を破壊しているって……」
「は?」
鈴岡さんには?と言われてしまった。そうだよな。そういう反応しちゃうよな。
かくして俺は腹をくくって鈴岡さんとソナスさん、そして警察の人に説明を行う事にした。
☆ ☆
ジャイアント・ジェネレーター。
販売から買取・車検・修理・板金塗装・損害保険等、自動車にかかわる全てのサービスを網羅する、いわゆるワンストップショッピング型の企業であり、創業は転移前に遡る事ができるが、急激に事業を拡大したのは転移後であった。
それと同時に「GGは車検の際に車を破壊して保険料を水増し請求している」などと言う黒い噂が立っていた。
『(まさか、噂は本当だったとは)』
田舎に居た時にそんな話を聞いていた雲雀は、目の前のおぞましき光景に言葉を失いつつも、冷静にそう考えていた。
「おい、壊す車を間違えるんじゃないぞ」
「へい。わかってます」
「これをある程度やったら他の車やるぞ」
「へい」
作業員達はそう言ってゴルフクラブやハンマーで別の車両たちを破壊している。
それは自認識を車であると思っている雲雀にとってはおぞましい光景であった。
『(涼馬さん……早く来てください……車載カメラの光で気づかれる……)」
雲雀はそう静かに震えながら涼馬の到着を祈っていた。
雲雀は自意識を車だと思っているので、誰かがキーを回して運転されなければ動けないと思っている。
否、実は自分の意志で動こうと思えば動ける。だから車載カメラを起動させたのだが……しかし車は基本的に無人で発進はしないので、余程の事がなければ発進しないと決めているのである。
それが25年間車として生きていた雲雀の信念であった。
ふと作業員の顔と目が合う。
「ん。おい、あの軽トラの車載カメラ起動してないか」
「おっ本当だ……まぁ次の車やる前にあの軽トラ診るか」
『(まずい。気づかれた……!!)』
このままでは車載カメラのデータを消されてしまう。そうなればこの光景を第三者に見せる事が出来ずに不起訴となってしまう。
それではここで破壊されている同胞たちの無念が浮かばれない。
雲雀は本当にそう思っていた。
「そういやこの軽トラ、なんでも竜になって熊をぶっ倒したそうですよ」
「んな馬鹿な事あるかよ。ん? でもこれ熊に襲われた車だよな?」
「って聞いてますけど」
「その割には綺麗じゃないか? これ……」
そう言って作業員達は雲雀をじっくりと舐めまわすように見て、触る。
『(妙な成り行きになりました……)」
じっくり見られて触られるととやっぱり恥ずかしい雲雀。
「おい、この車体、やけに硬くないか」
「どんな板金使ったんだ?」
「……色々おかしくないっすかこれ」
作業員達の顔が厳しくなっていく。
『(どういう事なんでしょうか、これは……)」
雲雀の車体を撫でまわす作業員達の様子を見て、雲雀は自分の存在に疑問をもつ。
だが、それもすぐに終わりを迎えた。
「おいッ!!!!お前ら何をしているッッ!!!!!」
急な怒鳴り声が作業場に響く。
「!!!!!!??????????」
皆驚愕する。
「社長!!!???何故ここに!!!!???」
「見回りは来週じゃないんですかっ!?」
作業員達は口々にそう尋ねる。その表情は恐怖一色であった。
「五月蠅いっ!!!おいッ警察から回されてきた、例の熊の事件の軽トラックはどこだっ!それかっ!?」
社長と呼ばれる小柄の男は怒鳴りながら作業場の中へ入って来る。
「は、はい。これです。今すぐ検査の方をしますのでっ」
「いや、今すぐぶっ壊せ」
「はい?????????」
『(!!!?)』
社長の言葉に作業員達のみならず雲雀ですら驚愕し混乱した。
「え、いや、あの。これけいさつからしべてくれって、どらごんになるからってあのその」
しどろもどろに説明をする作業員。
「五月蠅い黙れ!!!車がドラゴンになる訳ないだろ!!!!いい加減にしろっ!!!!頭沸いてるんじゃねぇのか!!!!!!!!!!!」
正論を叫ぶ社長。
「し、しかし社長。これは本当に警察からの依頼ですよ。どうすんですか」
「適当にその辺の軽トラ渡せばいいんだよッッ!!!これ以上グダグダ言ったらクビにすっぞ!!!!!いちいち説明しなきゃできねぇのかぁ!!!!!!??????分かったらさっさとぶっ壊せ!!!!!!!!!!!!」
社長の怒鳴り声に皆恐縮するも、しかし同時に皆顔を見合わせ「社長だからしょうがない」という空気が出している。
『(ここは……おかしい!狂っている……!!!)』
その一部始終を間近で見ていた雲雀はそう思わずにはいられなかった。
雲雀の前の持ち主、85歳で亡くなった村上英吉も歳のせいか怒鳴る事もあった。だがこれほど鬼気迫る程の迫力はなかった。
人を殺せる程の強い怒り。
人間と言う生命体はこれほどまでに正当な理由もなしに強い殺気と怒気を出すことができるものなのか。
雲雀は静かに、だが確実に恐怖していた。
「それじゃあ早速……」
そう言って作業員の一人がゴルフクラブを手に持ち雲雀に振り下ろす。
『(!!)』
ガキィン。と強い金属音が響く。そしてゴルフクラブの先端部分が折れていた事実のみが残っていた。
「え?」「は?」「なっ」
作業員達が思い思いに口を開いて驚愕する。
「な、何やってんだ!!!!!!!!!」
「いや、社長!これ軽トラの硬さじゃないですよ!?」
ゴルフクラブを振り下ろした作業員が弁明を図る。
「マジか。ゴルフクラブ折れるとかマジか!?」
「どんだけ硬いんだこいつ!?」
そう言いながら皆手にした獲物を思い思いに振り下ろす。
「うおおお、駄目だ。真面目にこれ軽トラじゃねぇわ」
「鉄パイプが曲がった……」
「ガラスまで硬いぞこれ」
しかし全て雲雀の強度の前に敗れていく。
『(わ、私の身体は一体……!!?)』
並みの車より頑丈という認識はあったものの、ここまで凄い硬度であるとは流石の雲雀も思っていなかっただけに、自分自身に驚いてしまう雲雀。
「お前らさっきから何やってるんだよっっ!!!!???」
「ですから社長!!!これ軽トラの硬さじゃないですってば!!!!」
グダグダぶりに少し狼狽の様子がうかがえる社長だったが、不甲斐ない作業員達に代わり自らバールのようなものを手に取り、雲雀の前に立つ。
「物を壊すってのはこうすんだよッッ!!!!!!!!!!」
社長がバールのようなものを構え、振りかぶった。
さしもの雲雀も破壊を覚悟した。
しかし!
「ここが車両整備場? シャッターあげますね……え!?」
「は???????????」
その時、衝撃的な事が起きた!
お巡りさん数名がなんとシャッターを開けて入ってきたではないか!!
「なんだお前ら!!!!???????」
「N潟県警です。こちらに預けていた軽トラックを回収しに来ました。今すぐ作業を中止してください」
警察は彼らの光景を目の当たりにして戸惑ったが、それでも気を取り戻して指示を行う。
警察は数名ではあったが、それでも彼らの後ろに見慣れた姿、村上涼馬の姿を確認すると、雲雀は安心し、胸を撫でおろす。
☆ ☆
ありのまま起こったことを話すぜ!
俺は世界樹学術調査部の人と警察の人をどうにか説得した。
ソナスさんがなんか魔法制御の新技術の自動車だから位置と状況が分かるんです~みたいな事を言ってくれたのが本当に助かった。
そんな訳でのっぴきならぬ状況である事が警察の人に理解されたらしく、警官数名を引き連れて雲雀の居るジャイアントジェネレーターの店舗へとやってきた訳である。
「預けた軽トラックを引き取りに来ました」と半ば強引に押し入り、保管されている作業場のシャッターを開けてもらったら、なんとそこにはバールを雲雀に振り下ろさんとしているスーツ姿のおっさんが居るではないか!!
なにこのおっさん!!? 他の人は皆作業着着てるのにこの人だけ高そうなスーツ着てる!? 誰!?
「なんだお前ら!!!!???????」
おっさんは叫ぶ、お前がなんだよ。
「N潟県警です。こちらに預けていた軽トラックを回収しに来ました。今すぐ作業を中止してください」
興奮してるおっさんを目尻に淡々と目的を告げる警察の人。
とりあえずおっさんは興奮しているが、俺達は今警察の方々の後方にいて面倒臭いやりとりを聞き流しながら俺は雲雀との交信を再び行う。
「(雲雀、聞こえる?)」
『(涼馬さん!助けに来てくれたんですね!!)』
雲雀の声が聞こえる。良かった。雲雀も嬉しそうである。
「(うん、それなんだけどさ。皆の前でここであった事を説明してほしいんだよね)」
『(えっ。そんな事をしたら私が一般的な軽トラックではないという事がバレてしまいますよ)』
雲雀は驚いた様子で聞き返す。
「(うん、今はそれが一番大事なんだ。警察の人に軽トラックは魔法技術が使われた特別なトラックであり、自我があるからここで行われてる行為がリアルタイムで分かるって説明してここに居る訳だからさ……)」
『(成程、ここでの出来事を言えばいいんですね。私は証人という訳ですね!)』
「(うん、つまりそういう事。お願いします)」
『(わかりました!)』
雲雀はうれし気に交信を切る。
「よし、今から雲雀が喋ります」
「ふう。まったく、とんだ事になったな……」
鈴岡さんは胸を撫でおろす。
「それで……すごい剣幕で怒鳴っているあの方は一体……?」
ソナスさんが尋ねる。確かにスーツ姿でこんな所にいるなんて何者だろうか?
「彼はジャイアントジェネレーターの社長だ。癇癪持ちという話は本当だったらしい」
鈴岡さんは冷めた目で彼を見ている。
『あの、皆さま。私は雲雀と申します。ここであった出来事を全てお話します』
かくして混迷を極めていた一方的な言い争いに、雲雀の声が響く。
「うおおおお車が喋った」
『炊飯器や給湯器が喋るのだから別に珍しくはないのでは……??』
などとトークを挟みながら、赤裸々にジャイアントジェネレーターの作業現場の実態を語り始める雲雀。
「……あのトークは君仕込み?」
「いえ、俺と雲雀は今日出会ったばっかりです。面白いですよね、あの話し方」
「とても今日出会ったばかりじゃない様に見えるが……」
「そうですか?」
「ああ。まるで……あ。いや、うん。確か君の父上は村上 勇樹さんだったね?」
鈴岡さんがいきなり親父の名を口にする。
「はい、勇樹は親父の名前ですが……何故父の名を? いや、なんで今父の名前を?」
「いや、ちょっとね……実は雲雀さんに関してなんだけどね……」
「鈴岡さん。申し訳ないのですが、その件に関してはまだここでは……」
鈴岡さんは何かを言おうとしたが、ソナスさんがそれを止める。
「涼馬様も申し訳ないですが、貴方のお父上の勇樹様に関しては雲雀様を含めて、状況が落ち着いてからお話するので今はまだ……」
「ああ、はい。まぁここ外ですしね」
俺は納得する。
とりあえず、話の流れをみるに俺の親父が雲雀に関して何か関わっているらしい。だが、詳しい事は何もわからない。
俺の親父は大学教授で今はユグドラシウル諸国にある日本の研究大学を飛び回っているのだが、それと雲雀がどう関係しているのだろうか? 謎だ。
「お前らもう死ねええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」
その時であった、ジャイアントジェネレーターの社長が叫んだのだ。
雲雀の方はラジオを応用して車載カメラのデータから音声だけ抜き出して流していた。恐らくそれに耐えきれなくなって叫んでしまったのだろう。
「軽トラの分際で人間を脅すなあああああああああああああ!!!!!!!!」
そう言って懐から何やら注射器を取り出す。
って注射器!?
「やめなさい!」「やめさせろ!!」
周囲に居た警官らが怒鳴るが、社長は注射器を腕に刺す。
「軽トラが喋るのが悪いんだぞ!!!!!!!お前さえいなければ!お前さえ!!!!!!!!!いなければあああああああああああああああああああああ˝あ゛あ゛あ˝あ゛あ゛あ˝あ゛あ゛ア˝ア゛ア゛ア˝ア゛ア゛ア ˝ ア ゛ ア ゛ア ˝ ア ゛ ア ゛」
叫び声はいつしか咆哮へと変貌し、その容姿が変化していく。
その容姿は見る見る内に巨大化し、5mの巨大な巨人……手や頭から触手が伸びており、若干卑猥だが、それ以上に怖さが勝る!
「嘘だろ」
俺の言葉が化け物の叫び声にかき消された。
続く
祖父の葬式や何やらで遅れて大変申し訳ありませんでした。