第一話 はじまり
「いや~まさか車が喋るだなんて流石に予想外すぎるだろ!」
『お風呂の給湯器すら喋るのだから自動車が喋ってもいいのではないのですか?涼馬さん』
俺の名は村上 涼馬。
今日は死んだ爺ちゃんが保有していた軽トラを譲り受けに来たのだがその軽トラがなんと喋ったのだ。
最初は驚いたが、今はこうして田舎道を走りながら会話をするまでの仲になった。
確かに「爺ちゃんの車凄いよ」とは聞いていた。だがまさか喋るだなんて予想外すぎる。
「それは……まぁそうだけど!でもこんなに意志を持ってペラペラ喋るなんて予想外すぎる!君葬式の時に会場の駐車場にもいたよね!? まさかその時ずっと黙ってたの!?」
『はい、火葬場も一緒でした。初めてのマスターの英吉様の死はとても悲しかったです……』
そう悲しそうに答えるのは爺ちゃんの村上 英吉(故85)の遺品の一つである軽トラックのマツタンボ・スクラムトラックMark4だ。キスズ製だと思ったらマツタンボ製だった。
AIとかそんなハイテクなモノではない。いわゆる魔法という奴だ。
俺はびっくりした、魔法なんて本当にあるんだ。いや、あるんだろうけどさ。
「うん……俺も爺ちゃんが死んで悲しかったけど……えっと確認なんだけど、君本当に魔法、というかゴーレム的な存在でいいんだよね?」
ここで、いいえ私はキスズ製の運転サポートAIです。と言ったらそれはそれでいいんだけどさ。
『はい、私はいわゆる魔法で作られた喋るゴーレムだと英吉様から聞かされています』
「どこで作られたの?」
『ごめんなさい。そこまでは……』
「そうか……もう爺ちゃん家から遠い所来ちゃったし、まぁ別にいいか」
爺ちゃんの家を貰ってる叔父さんなら何か知っているかも知れないが、既に引き返すには遠くに来てしまっている。まあ自分ちもここから遠いんだが!
そう思っている俺の前に倉庫前に置かれている自販機に目が留まり、そこで停止する。
『どうしましたか?』
「喉乾いたからジュース飲もうと」
そういって外へ出て自販機で目当ての物を購入する。今は炭酸の気分だ。
目当ての炭酸を購入すると俺は彼女の近くで開けて飲む。窓は開けてある。
『見慣れない缶ですね。赤くて大きい……』
「ああ。爺ちゃんこういうの買わないからね」
しかも今時珍しい大容量の缶だ。爺ちゃんは絶対に買わないだろう。
『何か文字が書かれてますね、何語でしょう?』
「アメリカの文字らしい」
『アメリカ?』
「30年前日本が此方へ転移する前に同盟国だった強い国だったらしい」
『ああ、聞いた事があります。今は日本しか強い国が居ないから頑張らないといけないと英吉様も言っていました』
「強い国かぁ。今の日本より強い国ってどんだけ強いんだよって」
『なんでも戦闘機?の非稼働?の物だけで30年前の日本の戦闘機の総数くらいはあったそうです』
「それは多すぎじゃない?」
等と話をしていると、ふいに倉庫から物音が聞こえる。
否、物音ではない。シャッターが破壊され、中からアライグマが飛び出してきた。
ひょっとしたらタヌキかも知れないが、どちらにせよこちらを確認するとフシャアと威嚇をしている。その目は魔物化特有の紫の眼をしている。
「アライグマだ。魔物化している」
日本がこの世界に転移してから30年、色々あったもののゴブリン等の定番とされている魔物はあんまり住み着かなかった。
その理由の一つが、在来動物の存在である。
他にも色々理由はあるし、魔物化について色々雲雀に語りたいのだが、今はそういう場合ではない。
『アライグマ……』
「そうアライグマ。今朝こっちに来る時は警報は出ていなかったのになぁ」
運転中もラジオを流さずにいたのがよくなかったのか。とにもかくにも魔物を見たからには放置はまずい。色々と。
『?何をするつもりで?』
「何って……冒険者専門学校で所得した冒険者資格があるから退治するつもりだが……?」
そう言って俺は助手席にある自分の十手を取る。
そう、時代劇で岡っ引とよばれる警察みたいなのが持ってるアレである。俺のは50cmの鞘付きである。
こちらの世界へ転移してから、本物の剣が出回る可能性がある事から、この形状の護身用の武器が出回るようになったらしい。
『冒険者資格……』
「そ、昔は準ハンターだの言われてたけど、15年前から世界基準に合わせて冒険者って呼ばれるようになったんだ」
幸い腕に籠手を仕込んでいるし、ベストも助手席に置いてあるので着こむだけである。
「今は資格は3級だけど、3級でも勝手に駆除しても警察には捕まらないから大丈夫だよ」
『いえ、そういう問題では』
彼女はさらに聞きたかった様だが、だがアライグマたちは待ってはくれない。
武装しながら彼女と話をしていたらアライグマは既に3匹増えていた。
痺れを切らしたアライグマ達が襲い掛かる!
「フシャアア!!!」
「おっと危ないっ」
そう言って俺は襲い掛かって来たアライグマを避ける。
『痛っ』
「ごめん」
当然、彼女に当たる。
しかし、アライグマは3匹いる。間髪入れずにもう1匹が嚙みついてくる。
これを籠手装備の左腕で防ぐ。痛みはないが衝撃はある。
『大丈夫ですか!?』
「税込み1万8千円の籠手だ!大丈夫だ!」
そう言って俺は左腕に噛みつかれたまま彼女にぶつかったアライグマAをぶん殴り絶命させる。ちなみにベストは1万2千円だ。
「どりゃ」
返し刀(?)で腕に噛みついてるアライグマBをぶっ叩いて絶命させる。
「さて、次は……ありゃ逃げてる」
いつの間にかアライグマCがどこかに消えていた。まぁそういう事もある。
『!何か来ます!!!』
「え」
その言葉に身構えた瞬間、倉庫の壁が破壊され、先ほど買った自販機も倒れる。
「グルアアアアアア!!!!!!!」
倉庫内部に居た存在。そこに居たのは熊だった。胸の模様が特徴的なツキノワグマだ。
でかい。2mはある。プラス目が紫色で、額にはツノが生えている。
ソレを認識した瞬間、俺は彼女に飛び乗る。
「雲雀ッッ逃げるぞ」
『えっ』
「十手でどうにかなる相手じゃねぇだろ!!!」
熊には勝てない。
それは日本が転移する前から決まっている節理。
人間がまともに対抗するには銃が必要だ。だが俺にはない。
ましてや相手は魔物化している熊だ。
――熊の魔物化は洒落にならない。
冒険者資格所得の為に専門学校へ通い、魔物について軽く学んだのだが、生物学的な議論はどうであれ、そう結論づけざるを得ない。
そもそも日本の魔物は、野生動物が大気中のマナを摂取……というか吸う事によりマナ中毒が起こり、それにより狂暴化……まぁ酩酊状態に近い状態になる。あのアライグマ達はマナで気が大きくなり調子に乗って町へ下り暴れていたにすぎない。別に殺すことはないが、まぁ役所に出せば数千円くらいにはなるので……。
だがあの熊の場合は少し違う。
マナ中毒の症状は時の経過で落ち着いてくる……というよりかは身体が慣れてくる。大抵の場合はそれで落ち着くのだが、個体によっては身体に変化が見られる。単純に身体能力が向上したり、牙や爪が鋭くなったり、ツノが生えたり鱗が生えたりと様々な変化が見られる。
熊の場合、その習性から、そのどれかでも強化された場合「俺TUEEEEE!」ってなってしまい、手が付けられない。
マジで手が付けられない。
なのでこういうヤバいのは逃げるに限る。
なのだが。
「うわっ突っ込んでくる」
2mはあるであろうツキノワグマが突っ込んで来たのである。
『キャアアアア!!!!』
軽トラである雲雀も成す術もなくひっくり返されてしまう。
嗚呼、俺達はここで死ぬのか!!?
「ああ…ぐぐ……」
くるりと一回転。屋根が地面につき、成す術もなく天井に堕ちる俺。
「があああ!!!があああああ!!!!」
熊が口から涎を垂らしながら硬い殻(雲雀)から柔らかい中身(俺)を取り出そうと顎や爪でガリガリしている。幸いツノが邪魔で車内に首が入ってこない。
『来ないで……』
雲雀の恐怖に怯えた声が聞こえる。
『来ないでえええええええええ!!!!!!!!』
恐怖が限界に達した雲雀が叫んだその瞬間。不思議な事がおこった。
ガシャリガシャリと機械が変形するような音と共に、気が付くと俺は車外に居たのだ。
「え? これは……」
車外。というよりかは、車の上、というより、これは……!!
「雲雀……お前ドラゴンだったのか!?」
『これは一体……!?』
驚愕する雲雀。
無理もない。軽トラだとばかり思っていたらドラゴンだったのだ。
何を言っているかわからないだろうが、とにかく、ドラゴンだ。多少メカニカルだが……。
翼がある、顔もある、手足もある。胴体はずんぐりとしているが……とにかく白いドラゴンだ。
大きさはざっと2・3メートルほど。熊よりかは大きい。
「とにかく、これで熊から……」
『はいっ倒しますね!』
えっ、そこは逃げて欲しい……俺ケガしてるし……。別に依頼を受けてる訳でもないし、ここは警察や猟師等に任せても大丈夫であろう。
『ここで逃げたら人々に危害が出るでしょう!!』
うぉっ心が読まれているのか。まぁ確かに危ないからここで倒すというのも分かる話だが……。
その瞬間、雲雀の感情、心? ともいえるビジョンが流れ込む。
それは恐らく、雲雀が今まで居た爺ちゃんの村での生活。そこで生きる人々の笑顔が走馬灯のように流れ込んでくる。
「成程な……。確かに、こいつから逃げれば警察や猟師、それに町の人達に被害が出るよな……そうだよな。逃げちゃあ駄目だよな……!」
だが……相手はツノすら生えてるような正真正銘の化け物クマだ。……倒せるのか?
「がああああ!!!」
そんな焦りをよそに、ツノ熊は襲い掛かってくる。先ほどまで少し後退りをしていたが、気を取り直してしまったらしい。
組み合うドラゴンと化した雲雀とツノ熊。
『くっ!強い!!!』
組み合う雲雀がそう叫ぶ。
ドラゴンが熊に負ける。
にわか信じがたいが、雲雀本人もドラゴン形態に慣れておらず、相手が魔物化している熊という事もあり、分が悪い。
「雲雀ッ、何か火は吹けるか!?」
『火!?』
「ドラゴンといえば火だろ!」
『さっきまで軽トラだった私には……!!』
雲雀はそう苦渋の声をあげる。うん、確かにさっきまで軽トラだったからな、火気厳禁だよな……!!
くそっ。せめて極ゴズラみたいにビームのようなモノを出せれば……!
俺は昔見た怪獣映画の光景を強く思い描く。
『!涼馬さんのイメージが伝わってきました!これならば!!』
「いけるのか!?」
俺がそう叫ぶと、雲雀は口を大きく開けて何やら魔法陣が描かれる。
「魔法!?」
そう認識すると共に、瞬時にあの極ゴズラの様な全大臣抹殺ビームが脳裏に過る。
全大臣抹殺ビームとは、極ゴズラの名シーンの一つで、その名の通り口からビームを出してヘリで避難をしている大臣達を全て抹殺してしまう残虐極まわりないビームである!
あんなヤバいものを吐かれては!町が破壊されてしまう!!
熊を倒しても町を破壊しては意味がない!!!!!!!!!
「雲雀!町の損害を出すな!」
『え』
雲雀がわたわたとするが、熊の肩をガシリとつかむ。
この構えは、ハリウッド版2作品目映画のGOZURAゴズラのラストシーンだ!
「よしいけえ!」
瞬間、雲雀から魔法が発射され、ツノ熊を貫通し地面に突き刺さる。抉れる地面。
それはまさしくGOZURAゴズラのラストバトルシーン、飛び回る敵怪獣の肩をがっちりとホールドして相手の口に直接流し込む残虐ビームだ。
その敵怪獣と同じように、ツノ熊は粉々に砕け散った。
雲雀が全ての力を出し尽くした時、雲雀は倒れ俺も気を喪う。
遠くでサイレンの音が木霊しているのを聞きつつ俺は目を閉じた。