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その光景を観ている者にとって、その姿が何なのかは理解出来た。
国民的どころか世界的人気を誇り、アニメ化もされた漫画「羅刹狩り」の登場人物である諂曲炎槌のコスプレをした2人の男だ。
彼女自身は、日本国民の3人に1人は読んだと言われるその漫画に何の興味も無かったが、ネットや映画の宣伝やコンビニに置いてあるタイアップ商品で何度も見た事が有った。
諂曲とは、仏教で六道の内の修羅道に対応する煩悩または心の状態だ。
その奇妙な名前は、諂曲炎槌というキャラクターの作中での別名が「爆炎の阿修羅」である事にちなんだものだろう。
関東大震災直後の混乱状態の東京を舞台にした話なのに、白い学生服風の上下に、遥か後の時代のナチスのSSでも着ていそうな黒革のコート。
同じ格好、ほぼ同じ顔の2人が、鏡に写したように、ほぼ同時に、ほぼ同じ速度、左右逆転している以外はほぼ同じ軌道で模擬刀で袈裟懸けの斬撃を放ち……。
そして……。
何が起きているか見当は付いた……。
しかし……。
妙だ……。
この現象には第3者が関与している筈なのに……そいつの気配が異様なほど……もしくは、そいつの気配は有るのに感じられない非人間的なまでに透明な……表面的な禍々しささえ欠如しているが故に逆に禍々しい……。
「なぁ……何か判ったか?」
その光景を観ていた者は、自分と同じく野次馬を装っていた、動画配信者の声で我に返った。
「冗談じゃない。こんな件に関わったら、命がいくつ有っても足りない。他を当って」
「いや、つれねえなぁ……長い付き合いじゃ……」
「あのさ、たった1年半、一〇回以下しか実際に会ってないのに、何が『長い付き合い』? あたしは、そんな奴の為に命を賭けられるほど、お人好しじゃない」
その時……。
「あの……」
声の主は……普段着らしい事を除けば、五〇代のサラリーマンに見える、背は高めだが痩せた男だった。
服も眼鏡も野暮ったい……5分後には、会った事さえ忘れそうな感じの中年と初老の間ぐらいの男。
「ひょっとしたら、私の勘違いかも知れませんが……警察の現場検証を隠し撮りされてませんか?」