6・許された令嬢、恋をしたい(前)
久しぶりに前世の夢を見た。
しかも初めて見た記憶。やはり「彼」に会えたからかと、フィーネは顔を赤らめる。
『例え義父君が──大地に住まう者全てが許さなくとも、私が許す。君は何も間違っていない、フィーネ』
フェローは許してくれた。軽率な事をして別の相手と婚約してしまった事も、「彼」だと気付かずに恋をしてしまった事も。
きっと本当はまだ正体を明かすつもりはなかっただろうに、フィーネが勝手に恋をして泣き出してしまったから、慌てて抱き締めに来てくれた。直接的な言葉などなくとも、彼がフィーネを愛してくれている事は明らかだった。
彼の腕の中で散々泣いていたと思ったら、気付けば教会の奥にある一室のベッドの上だった。
部屋を出ると神官のハルモニが居て、なぜかフィーネがテラスに置いてきたはずの荷物を持っていた。
『積もる話もあるでしょうが、明日にしましょう。もう遅いので送ります』
『フェ──神父様は?』
せめて一言だけでもと思ったが、フィーネの問いに神官は首を横に振った。
『今日はもう会わない方がいい。お互いが辛くなるだけです』
そう言われると何も答えられなかった。あのままフェローに抱き締められていたら、帰れと言われてもフィーネは泣いて拒んだだろう。自分にはまだ婚約者がいることも忘れて。
きっと一番辛いのはフェローだ。フィーネではない。ハルモニに促され、大人しく寮へと戻った。
それが昨日。今日は幸い休日だ。身支度を整えて教会へ行こう。
ベッドから降りて着替えていると、窓を叩く音が聞こえた。振り返れば見慣れた白鳩が窓枠に留まっている。
「お父様とお母様からね、ありがとう。……あら、昨日から待っていてくれたのね。ごめんなさい」
窓を開けて白鳩を部屋に招き、手紙を受けとってお礼の餌を渡す。鳩は食べ終えると部屋から出て行った。
天使の一族の連絡は伝書鳩を使っている。不思議な事に夜でも飛ぶらしいので、姉妹の誰かの能力なのかもしれない。
ベッドに腰かけ、両親の手紙を読む。どうやらフェローは先にフィーネの両親へ会いに行ったようだ。
フィーネより先というのが少し釈然としないが、婚約の事は両親の方が気に揉んでいたし、今後の事について話し合いもあるだろうから、当然と言えば当然かもしれない。
「”あの方が来てくれたならもう大丈夫だ。お前は結婚式に着るドレスのデザインでも考えていなさい”……流石に気が早すぎるわ」
でも確かに不安はない。
フェローなら必ず助けてくれると、信じているから。
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「おはよう、フィーネ」
「お……おはよう」
再び訪れた教会。礼拝堂にいたハルモニに挨拶をして、懺悔室へ足を踏み入れた。
格子の向こう側から響く声に、フィーネは顔を赤らめる。分かってはいるが、やはり昨日の事は夢ではなかった。
椅子に腰かけると、再びフェローの声が届く。
「さて……何から説明しようか。知りたい事はあるかい?」
「……モクレンの木はどこへ行ったの?」
「ああ……。どうしてもここに置いておきたくなくて、別の場所に移したんだよ。寿命でもう枯れてしまったけど種は残っていてね、一昨日あの場所に苗木を植えてみたんだ。あの木ほど大きくならないかもしれないが、君が卒業する頃には花も咲くだろう」
「まあ! 楽しみだわ」
フェローとの思い出の木だが、前世のフィーネにとって大地で初めて出来た友達でもある。何百年の時を越えて同じ場所に集まるなんて夢のようだ。